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5.シブレベリー

「おまえ、わたくしに召使いの仕事をしろというの?」


 フラヴィアは、目の前に立つ妖精に詰め寄った。


「ここでは、働かぬ者に与える食料などないのだよ。怠け者などお断りさ」


 この集落の代表者だというその妖精は、見た目は人間の老女のようであった。


 薄紫と金色が混ざったような髪色。肌には木のような深い皺が刻まれており、鎖の着いた片眼鏡をかけた、厳しい雰囲気の女性である。



 ざわめきと戸惑いが広がっていく。


 妖精たちは皆、フラヴィアと同じくらいの背丈だったが、複雑に混ざりあった色彩の髪や瞳に、半透明の翅を持っていた。


 背中から四枚の翅が生えており、それは見る方向によって違う色をして見えた。


 乳白色や水色、黄色とさまざまな色が絡み合い、虹のような輝きを放っている。



 場を変えたのは、妙に明るい声だった。


「あら、召使いってなあに? 」


 にこにこと無邪気に笑う妖精に、フラヴィアは毒気を抜かれる。





 この集落へたどり着いた翌日の事だった。フラヴィアは思いのほか歓待されていた。


 たどり着いたその時には、妖精たちがわらわらと集まってきて、フラヴィアを労り、食事や飲み物に服、寝床まで与えられた。




 そうして朝、目覚めてみると、集落の責任者と思しき老婆から、ひとりの妖精の元について仕事をするように言われたのだった。



 それは農作業や煮炊き、洗濯だと言う。


そのようなものは下々のする仕事であって、自分のような貴族令嬢のすることではない。


 それがフラヴィアの言い分であった。



「きぞくって、なにかしら。甘いの?」


 先程の妖精がうっとりした顔でいう。


 フラヴィアがそれ以上文句を言うことは無かった。





「それじゃあ、きょうは、ベリーの収穫をするよ」


 フラヴィアは、妖精たちと同じ、花びらでつくられた青い服を纏い、粗末なかごを持っていた。


 長い髪の毛は、先ほど引き合わされたとぼけた妖精が複雑に編み込み、小花を散らしてくれた。


このような髪型は、どんなきらびやかな夜会でも見たことがなく、フラヴィアは満足した。



 妖精の名は、エカチェリナリアといった。


長くて聞いたことの無い発音に戸惑っていると、彼女は「チェリーでいいよ」と笑った。



 チェリーは、十四歳ほどの少女のような見た目をした可憐な妖精だった。


 長くふわふわとした髪を、横に寄せるようにして高い位置で結わえていた。


 その髪色はとても不思議で、頭頂部からは泉が流れるような透き通った青色をしており、それがだんだんと色を変えていき、毛先のあたりは薔薇色になっている。


 瞳はまさに果実のチェリーのような色。


赤と緑が混ざり合い、ほんのりと黄色が添えられている、そんな色である。





 集落のはずれには、美しく整備された農園があった。


 一列ごとにさまざまな作物が植わっており、その日はシブレベリーの収穫をするようにとのことだった。


「なにか手袋のようなものはないの?」


 フラヴィアが尋ねると、チェリーは首を傾げる。


「まさか、このような土のついたものに直接触れるわけではないでしょう?」


「やだなあ、フリフラヴィアリア」



 チェリーはころころと笑いながら言う。


フラヴィアはここへ来てから皆にそのように呼ばれていた。


 妖精名のようなものを与えられたのかもしれない。



「棘のある実でもないんだから、手で摘み取るのよ。……あ、待って。

なんでも摘めばいいというわけではないわ。

 見て、こっちの実はピンクで、こっちは深い青色をしているでしょう? 食べごろなのは青いほうよ」


 フラヴィアは、恐る恐る目の前の果実に手を伸ばした。


 それは指でつまめるほど小さく、すべすべとした触り心地で、瑞々しい香りがした。


フラヴィアはてのひらにころりと乗せて、その実をじっと観察する。


「フリフラヴィアリアったらおもしろい! もしかしてシブレベリーを見たことがないの?」


 フラヴィアはむっとしてチェリーに向き直る。


「もちろん、何度も食べたことがあるわ。

でも、なぜだかわたくしが見知っているものとは違う気がするのよ」


「ふうん。……それじゃあ、おひさまに透かして見てごらん」


 笑いすぎて目尻の涙を押さえるチェリーに、ふたたび苛立ちながらも、フラヴィアは素直にシブレベリーの実を空にかざしてみた。


 チカチカと光が目を刺す。


「透けてるでしょう?」


 チェリーが得意げに聞く。一方のフラヴィアは言葉を失っていた。




「これはまさか……ジュエラベリー……?」


 フラヴィアがつぶやくと、チェリーはつまらなそうに口をとがらせた。


「なあんだ、知ってるんじゃない」


「これはとても希少なものなのよ。ああ、これを売ったならドレスが買えるわ!」


 フラヴィアは歓喜した。


 ジュエラベリーは、王城北側のこの森で、ごく稀に見つかるものだ。



 ふつうに植わっている木の実の中にひっそりとひと粒混ざっていることがあるが、こうして日に透かしてみないと断言はできない。


 そのため、とても高値で取り引きされていた。


 チェリーは肩をすくめる。


「そんなもの、そこらじゅうにあるんだけどなあ」


 フラヴィアは目の色を変えて周囲の様子をうかがう。


手近にあった青いシブレベリーをいくつか摘み取ると、日に透かして確認する。


 そんな作業を百回ほど繰り返してみたが、ジュエラベリーではないもののほうが圧倒的に多かった。



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