3.鉱物の門
その頃、フラヴィアは、森の奥に進みつつあった。
踵の高い靴で歩くには、あまりにも足場が悪い。
奥地には人の手が入っていないので、蛇や獣を恐れながら薮をかき分け、ふいに低い位置に伸びている枝の下をくぐり、ぼろぼろになりながら進む。
フラヴィアは、はじめてギデオンと引き合わされたときのことを思い出していた。
それは、フラヴィアが5歳になった頃であった。五つ年上のギデオンは、紳士的で優しく、穏やかな湖のような瞳が愛おしかった。
はじめて彼を見たときに、心の中に走ったぴりっとした痺れを、今でも覚えている。
それはまるで命令のように、フラヴィアに目の前の相手を愛するように示唆しているのがわかった。
彼を前にした途端、真っ赤になり、その瞳を食い入るように見つめたフラヴィアを見て、今は亡き祖父は安堵したようにほほ笑んでいた。
今思うと、あの婚約は、フラヴィアの身を守るためでもあったのかもしれない。そう思えてならなかった。
フラヴィアは順調に森の奥へと進んでいた。
森で迷子になったら飲み込まれてしまうよ、と、このあたりの子どもたちは脅されて育つ。
だが、実際にこうして歩いていると、不思議と恐怖はない。
不思議と獣に行き合うことも無く、近づくにつれて身体が軽くなっていくような高揚感さえ覚える。
まるで、帰ってきた、とでもいうような。
そこは不思議な空間だった。
茂みに隠されるように、トンネルがあったのだ。
それは鉱物を積み上げてつくられている。
いずれも半透明で、赤や青、紫、緑といった色とりどりの鉱物が、美しく配置されていた。
触れてみると、表面はすべすべしている。
トンネルの向こうには灯りが見えた。
フラヴィアはなんだかわくわくしてきて、足が痛むのもすっかり忘れて、そのトンネルをくぐってみることにした。
穴の前に立つと、なぜだか、身なりをきちんとしなければという思いに駆られた。
蜘蛛の巣に何度もぶつかった頭から恐る恐る糸を取り払い、転んで薄汚れた顔を手の甲で拭う。
枝に引っかかって引きつれたドレスは、今一度整える。
たった一日で淑女から野生動物のような見た目へと変わってしまった自分に苦笑しながら、フラヴィアは、トンネルの中へと足を踏み入れた。