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後日談 夜の国

 その世界には、秘密があった。

 だれかが生み出した物語が力を持ち、現実になったのである。虚構世界は、元の世界へと無数の通路を伸ばしていた。それはすべて、同じ時代、同じ時へ向かって集約していく。まるで"母”を求めるかのように──。




「死んだ者の魂には、三つの末路がある。

 ひとつめは、この世界にふたたび生まれること。

 ふたつめは、別な世界へと飛んでいくこと。

 そしてみっつめは……」


 そんなことを話していたのは、妖精長老だっただろうか。エカチェリナリアは、ぼんやりとした意識のまま青い世界を歩いていた。そこは上も下も夜空でできているような場所だった。


 時折流れていく星。あれは、いったい何なのだろう──。


 真っ暗なのだけれど、不思議とそこにあるものを見ることはできる。エカチェリナリアは、光に導かれるようにして進んでいた。彼女はすでにぼんやりとした意識のかたまりになっており、自分が死んだことにも気がついていない。


 しかしふと、いやな匂いを嗅ぎ取った。ぶわりと体中の血が煮えたぎった。報復しても消えなかった怒りが再燃した。


 そこには、ぼろぼろの服をまとった一人の男がしゃがみ込んでいたのである。その目には生気がない。()()()()()()()()()()()()()()()()、なにかをぶつぶつと呟いている。

 けれどもエカチェリナリアにはそんなことはどうでもよくて、目の前にいるこの男を地獄に引きずり落としたいという気持ちしか残っていなかった。


「こんなはずじゃなかった……」


 男がつぶやく。それはこちらのほうだ! 心の中でなにかが叫ぶ。エカチェリナリアの少女めいた容姿がみるみる変化していく。片方の口が裂け、つり上がった目は蛇のようなそれに変わり、魔に転化していく。


『そちらに行ってはいけない』


 それは誰の声だったのか。エカチェリナリアは、森の中を飛び回っているときのようなやわらかい風に包まれて、ふと意識をそらした。ふわりふわりと花の香りが漂ってくる。


『あなたには新しい生き方をあげる。でも、時期が悪いわ。今転生しても、先にあの世界へ寄り道しても、きっと巡り会えない……。それにこのままだと憎しみも消えないわ。どうしたら……。そうね、──あなたには語り部になってもらおう。きっと、それがいいわ』


 少女の声だった。

 エカチェリナリアはとろりと眠たそうな目になって、夜の国を進んでいく。その先には二つの入口があった。片方には大勢の者が列をなしている。そしてもう片方は扉を固く閉ざしている。


『開けて』


 ふたたび少女の声が響く。

 巨大な扉がギィギぃと音を立てて開き、エカチェリナリアはふわふわとその中に吸い込まれていった。


『あちらに転生するわけじゃない。ただ、見てきてほしい。私の人生を。私の代わりに覚えていてほしい』


 そのとき、列に並んでいた者たちが数人、扉のほうへと吸い寄せられていった。ややあって扉が閉まり、元のように静寂が訪れた。




 男は今もまだ、ぶつぶつとなにかを呟いている。かと思うと奇声をあげたり、愛の言葉を告げたり、にやにやと笑っていたりする。

 彼はそこでずっとこれまでの人生を追体験していた。動くことはできず、ただ目の前にその情景が現れるだけ──。


『おまえのことは許さない。迷い子は二度とここから出さないわ』


 少女は先ほどとは違って、冷徹な声で言った。




 エカチェリナリアは忘れてしまった。かつて長老が言っていた話を。


「死んだ者の魂には、三つの末路がある。

 ひとつめは、この世界にふたたび生まれること。

 ふたつめは、別な世界へと飛んでいくこと。

 そしてみっつめは、迷い子となって永遠に夜の国にとらわれること……」



 夜の国には地面がない。ただ、星空がどこまでも続いているだけ。


 けれども、その奥底にはひとりの少女が眠っている。頭の中に膨大な物語を描きながら。

 そして何に魅入られたのか、それを現実へと変えながら。神のように、悪魔のように、その時々で気まぐれに振る舞いながら──。




お久しぶりです!


同じ世界観の短編2編を書きました♪


『ちょいたし令嬢のおいしい牢屋生活』

『ビジュエルディアの嫌がらせ王子』です。



活動報告にレシピ等も更新しています。

よければそちらもどうぞ♡

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