後日談 モニカ・バルベリの真実の愛
久しぶりの更新なので、あらすじと登場人物まとめです!
〈あらすじ〉
婚約破棄されて森に追放されたフラヴィア。妖精たちの集落で過ごすうちに、傲慢な性格がなりを潜めていく。そんなある日、森で元婚約者の弟・第二王子クラウスを拾う。
二人は王都に戻り、兄王子たちを告発した。
〈おもな登場人物〉
・フラヴィア・ミューヴィセン
公爵令嬢。後に妖精の愛し子だとわかる。
・クラウス
第2王子。後にフラヴィアと結婚する。
・ギデオン
王太子。フラヴィアの元婚約者。妖精の番だったが……
・アダム・ミューヴィセン
フラヴィアの父親。
・モニカ・バルベリ
城の見習い侍女。クラウスとフラヴィアの婚約を破棄させる。
『ルスリエース王国物語』は、あたしの一番好きなゲームだった。
主人公のララリアラは王城の見習い侍女。
攻略対象は五人いるけれど、ララリアラのステータスを最大値まで上げることができれば、隠しキャラが登場する。
この国の三人の王子たちだ。
中でも第二王子のジェムリヒトが好きで、彼のルートをいったい何周やり込んだことか。
だからこそ、この世界のしがない男爵家の娘として生を受け、前世の記憶が蘇ったとき、あたしは絶望した。ーーこの世界には、ジェムリヒトが居ない。
ここは、ララリアラや攻略対象の、親世代の世界だ。
切り替えが早いのがあたしのいいところなの。
とりあえず、侍女を目指すことに決めた。
この国の侍女制度はかなり変わっている。
「赤侍女」「青侍女」「黄侍女」「緑侍女」とクラス分けされていて、それぞれ決められた仕事を行なっていくのだ。
ひとことで言うと、王族のサポート。
ちなみに、誰が何侍女なのか、誰が見てもすぐにわかるよう、制服の色が決められている。
あたしの今の制服は白。見習い侍女の色だ。
見習い侍女は、ほかの侍女たちの仕事を手伝いながら、自分の適性を探す。研修期間みたいなものなのだと思う。
あたしは絶対に黄侍女になると決めている!
たんぽぽ色の制服を纏った黄侍女。彼女たちだけが、王族と直接関われるからだ。
侍女になるときには、選別の儀というものがあった。庭園に変な木があり、それに手をかざすというもの。
木は、葉っぱの形が一枚いちまい全然違うから、なんだか不気味。それから、木の周りをご丁寧に守るかのように、ドーム状の結界のようなものが貼られている。
手をかざしたとき、このドームが白く光れば合格ということだ。
あたしが手をかざしたときは、弱々しくだけどなんとか光った。
白侍女としての生活は、思っていた以上に楽しかった。さすがは王城。高位貴族と知り合う機会が増えたのだ。なにより、王子たちを間近で見ることもできた!
第二王子クラウスは美形だけど、堅物すぎて苦手。あたしの仕事ぶりにも何度か口出しをされたことがある。
王太子ギデオンは、中性的な美貌に優しげな瞳が魅力的。ひと目で彼の虜になった。
でも、彼のそばには婚約者がいて--。きっとあれは"悪役令嬢"なのだ。あたしはひと目で理解した。
ゆるく巻いた豪奢な金髪。意地が悪そうな青い目。美人だけど、表情がほとんど動かないし、ほかの侍女たちもあの人の傲慢さには困っていた。
「ギデオンさまぁー!」
あたしは今日も彼に挨拶をする。待っていたかいがあった。
「そこのおまえ。王太子殿下をそのように呼ぶとは何事?」
冷たい声がぴしゃりと降ってきた。
「げっ、悪役令嬢」
「あくやく?」
公爵令嬢フラヴィア・ミューヴィセンは眉をひそめた。あたしは戦略的撤退を決意する。
しかし、それからというもの、すっかり目をつけられて、罵倒されたり、服にワインをかけられたりするようになった。
正統派の悪役令嬢だった。
そんなある日、中庭でエプロンについた染みを落とそうとしていたら、目の前に新品のエプロンが差し出された。
そこに立っていたのは、色気のある四十代前後の男性。この顔はどこかで……そう思っていると、彼はくしゃりと苦笑して見せた。
「娘がすまないね……」
「あ、悪役令嬢の父親!」
「あくやく?」
男性がきょとんとする。あたしは相手が超のつく高位貴族だと気がついて、真っ青になる。
「ああ、そんなに畏まらなくていいんだ。気を楽にしてくれ」
フラヴィアの父親は、色気のある風貌からは意外なほど腰が低く、娘の横暴をあたしに謝ってくれた。
それからというもの、あたしは彼、アダムさんとたまに会うようになった。
アダムさんはいつも素敵なお土産を持ってきてくれた。
人気の菓子店の宝石みたいな虹色キャンディや、妖精モチーフの刺繍が入ったハンカチ、魚のきらきらした飾りを閉じ込めた水槽みたいなガラスペン。
あたしはだんだんアダムさんに心を許していった。
ある日、裏庭でいっしょにランチをしていると、遠くをギデオン王子とフラヴィアが歩いていくのが見えた。
アダムさんが緊張した様子で訊いた。
「--その、モニカ嬢は、ギデオン殿下に思いを寄せているのでは……?」
あたしは飲んでいたレモン水を噴き出した。
アダムさんはおろおろしながら、自分のほうが汚れているのに、あたしの顔を拭いてくれた。
その不器用な感じに、どきりとした。
アダムさんは、ラベルのない香水びんをあたしに差し出す。
「この間領地に行ってきてね。これはそのおみやげ。恋が叶う香水なんだってさ」
にこにこと無邪気に笑うアダムさんを見ていたら、胸が締め付けられた。
「アダムさんは使わないの?」
「え?」
「奥さま、亡くなられてるんでしょ? 高位貴族の人は後妻を迎えることが多いって聞いたわ」
後妻なら、多少爵位が劣っても問題ない。奥さんがいないなら、なにも問題ないじゃない。
あたしが聞くとアダムさんはほほ笑んだ。
けれども、一瞬だけ表情が抜け落ちたことに、気がついてしまった。
翌朝、あたしはもらったいつも通り白侍女の制服に身を包み、香水を身につけた。
とろりと甘い、重めの香りだ。
「モニカ嬢、おはよう」
声をかけてきたのは、シュリー伯爵家の次男。名前は確かニルス。
城で働くようになってはじめに話した人だ。少し地味でまじめな性格。
いつもなら愛想良く雑談に付き合うのだけれど、あたしはそのとき急いでいた。アダムさんがいつも中庭にいる時間が近づいていたからだ。
ところが、彼の横を通り抜けようとしたら、ふいにぐっと腕をつかまれて、近くの部屋に連れ込まれた。
「……な、なに?」
ニルスの目はぎらぎらしている。
あたしは追い詰められるように窓際に逃げた。そこはちょうど裏庭で……アダムさんがいる。
「アダムさん……っ!」
聞こえるわけなどないとわかっているのに、あたしは彼の名を呼んだ。
アダムさんは、なぜか身を潜めるようにして遠くを見ていた。
視線の先にいるのはギデオンとフラヴィア。アダムさんのフラヴィアを見る目が、……あたしを見るものとは違った。
そういえば、フラヴィアは亡くなった奥さんにそっくりなのだと、誰かが言っていた。
そのとき、心の中に黒いものが広がっていくのがわかった。
「モニカ嬢……」
ニルスの顔が迫ってくる。くちびるが触れそうになった直前、彼は「え! あれっ?」などと狼狽えはじめた。
「す、すみません……! 俺、なんでこんなこと……」
ニルスは顔を真っ赤にしている。
あたしは、何もかもどうでもよくなって、ニルスの襟元を掴み、背伸びをすると、自分から彼に口づけた。
香水の効果は面白いほどだった。ニルスをはじめ、高位貴族の見目麗しい男の人を侍らせるのは楽しかった。
いつのまにか、ギデオン王子まであたしに夢中になっていた。
でも、あたしの目は、いつもアダムさんを探していた。
彼は男の人たちに囲まれた私に焼きもちをやくことなどなく、にこにこと満足そうな笑みを浮かべていた。
だから、--あたしは、フラヴィアを森へと追放したのだ。貴族令嬢どころか、森に慣れた猟師でも細心の注意を払う妖精たちの住む森へ。
アダムさんが言っていたのを思い出したのだ。
「貴族令嬢なら、まず一人で森に入れば出てこられないだろう。きみは決して一人で行かないようにね、と」
あれからすべてが変わった。フラヴィアは、舞い戻ってきた。
アダムさんにもらった香水は、違法性のある薬物だったのだと知った。確かに、ギデオン王子も、ニルスも、皆少しずつ短慮に、粗暴になっていくのが不思議だと思っていた。
アダムさんはそれを知っていてあたしに渡したのだろうか?
ううん、きっと知らなかっただけだよね。
辺境の地へとあたしたちは護送されていく。真面目に働くなら結婚も平穏な生活もできるとか。
なんでもフラヴィアの温情らしい。ばかばかしい。
村での生活はきつかった。でも、畑仕事のように体を動かしていると、気分がスッキリと晴れていくのを感じた。
あたしは自分でも驚くほど真面目に働いた。
そして、一緒に連れてこられた中でも、ニルスと結婚することになった。そうして、二人目の子を産んだ。
子どもの夜泣きに、日々の家の事、そして村での仕事。三足のわらじはむずかしく、あたしは日に日に窶れ、一方でいらいらしていった。
ニルスと衝突することも増えた。以前はあんなに真面目で穏やかだったのに。
ある日、ニルスが村の女を抱きしめているのを見つけた。そのとき、全身の血が沸騰するような感覚に沸き立った。そして、手近にあったものを持って、駆け出した。
女が悲鳴を上げる。ニルスは目を見開いている。そして、なにかをあたしに向けて突き出した。
その中に映る顔、--どこかで見たなぁとぼんやり思った。
そうだ、あたしが死ぬ前。
付き合っていた人の奥さんがこんな顔をして走ってきて、それからお腹が熱くなって……。あれ? また、似たような感覚があるなぁ。
闇の中でクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「あーぁ、せっかくフリフラヴィアリアが恩情をかけてやったのにね」
「おいおい、おまえが幻惑魔法をかけるからだろ?」
「だってさ、身内を貶められたんだから。許せると思うか?」
「まあね。でも、あの男よりはましな末路だと思わない?」
「たしかに」
そういえば、妖精たちは身内を何よりも大事にするのだと、白侍女になったときの講義で聞かされた。
妖精たちの価値観はあたしたちとは違うんだって。あと、なんだったかな……。ねむくなってきちゃった……。
新作『ラベンダー! ~森の妖精魔道士が捨てたもの~』が本日完結します。
〈あらすじ〉───────
ラヴェンディアは、森の奥にある屋敷で住み込みの家政婦として働いている。
ところがある日、とつぜん雇い主である妖精魔道士・エリアルに求婚され、妻に。
じつはラヴェンディアには、自分でも知らなかった秘密があって……。
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