2.兄と弟
「兄上、婚約解消をなさったというのは本当ですか」
荒々しく扉が開いたかと思うと、ギデオンは弟であるクラウスに詰め寄られた。
二人の王子はよく似ていた。いずれも艶やかな黒髪に、薄いくちびる、すっと通った鼻筋をもつ美丈夫であった。
クラウスは、ギデオンよりも五つ年下の十六歳だ。
父に似て鋭い目をしているが、やや華奢なたちで、とてもではないが騎士団を統率しているようには見えない。
ギデオンは気圧されたように身体を引きながらも、こくりと深く頷く。
クラウスは満足そうに微笑んで「ご英断でした」と告げる。
「あの女はあまりにも傲慢でした。王妃たる資質はありません」
「--あ、ああ。おまえは兼ねてからそう進言していたな」
ギデオンはたじろいだ。
クラウスがいつになく興奮し、すみれ色の瞳を目をきらきらさせていたからだ。
弟はひどく潔癖で生真面目なところがある。
特に、一度こうと思い込んだら決して考えを曲げない頑固さは、王族としては致命的であった。
「はい。この国を担うべき兄上のとなりに並び立つには、あの女では足りません」
純粋すぎる気質が心配ではあるものの、幼いころから、いつもギデオンの後をついてまわるこの弟のことが、彼はかわいくて仕方がなかった。
「そうだろう」
ギデオンは満足げに笑う。
「次の婚約の手続きも進めているところだ。
それが終わったら、次はおまえの番だな」
ギデオンはにこにこして言った。ところが、クラウスはぴくりと眉根を寄せた。
「もう次の婚約を?」
「--あ、ああ。バルベリ男爵家の長女、モニカ嬢だ」
クラウスの目に、剣呑な光が宿った。
「--失礼ながら、モニカ嬢でも不足かと」
クラウスの言葉に、ギデオンはさっと顔を赤くした。
この王国では、恋愛結婚が主流であり、王族であっても相手の身分は問わない。
ただし、王妃としての資質は厳しく審査され、教育をほどこされるのだ。
クラウスが告げたのはまさにそのことであり、騎士団だけでなく諜報をも束ねる彼がそう言うのならば、--ほぼ間違いはない。
「彼女と私は愛を誓った。そのためにも、教育に勤しんでくれるだろう」
ギデオンは、少し不安を感じながら言った。
そのときクラウスの瞳からなにかが失われたことに、彼は気がつかなかった。