13.悪役の末路
二人は、迫り来る危機に気づかぬまま、ふたたび馬車に乗り、城へと向かった。彼らは、悪役の末路を知らない。
「おまえ、あたしのフリフラヴィアリアになにをするの?」
馬車の陰に潜んでいた男は、困惑していた。
気がつくと森の中に移動していたのだ。
夕日の沈む平原にいたはずが、巨大なきのこや、大木に囲まれたその場所の様子に見覚えはなかった。
「もう一度聞くわ。
おまえは、フリフラヴィアリアをどうしようとした?」
男は、はっと振り返った。
そこには、かつて一度だけ捕まえた蝶に似た、美しい生き物が立っていた。
へらへらと笑いながら答えようとして、声が出ないことに気がつく。はくはくと息の漏れる音だけがこぼれた。
なんでも自給自足のこの村にいたフラヴィアはよく知らなかったが、本来、妖精という生き物は、強力な魔法の力を持っている。
男は首元を苦しそうに掻きむしった。
苦しさとともに、意思に反して勝手に言葉がぼろぼろとこぼれてくる。
自分はフラヴィアの父であること。
亡き妻に瓜二つの彼女を女として見ていること。
それに勘づいたフラヴィアの祖父が、男には手の出せぬ王太子の婚約者に彼女を据えてしまったこと。
「--穢らわしい」
エカチェリナリアの瞳に昏い光が宿った。男の顔色が土気色になっていく。
「おやめ」
嗄れた声が響き、男は呼吸を取り戻した。そこに居たのは、老齢の妖精であった。
男が助かったと思ったのもつかの間。
彼女は「すぐに殺してはつまらないでしょう」と、嗤った。
すでに日は落ちており、森の木々が闇を濃く縁どっている。
家々の前に置かれたランタンくらいしか光源のないその場所で、男の目には、暗がりの中に無数の、宝石のような目が現れたように見えた。
フラヴィアは知らない。
妖精は本来、魔の者に近く、人間とは善悪の判断が違うということを。
「ふうん、あの男が手引きしたのかい」
老妖精はため息をついた。
「--だが、チェリーにとっては僥倖だったのかもしれないね」
男は、フラヴィアを王城から自分の元に連れ戻すために今回の騒動を起こしたのだと自白した。
自分の息のかかった貴族に養女を取らせ、領地にひっそりと生える、誰も知らない違法な薬物を調合した香を持たせて。
モニカ・バルベリは、目論見通り王太子を篭絡した。
香には、正常な思考力を少しずつ奪っていく効果があった。王太子は少しづつ粗暴になり、短慮になっていった。
ついにはモニカの、そしてフラヴィアとしての父の思惑通り、ギデオンは彼女を森へと放逐した。
奴の誤算は、フリフラヴィアリアが街道を目指さなかったことだったと言う。森の奥深くへ進むなど、考えもしなかったのだろう。
その正しい選択は、前世の記憶がもたらしてくれたものならばいい。
エカチェリナリアは、そう願いながら、あの少年--王太子ギデオンをはじめて見たときのことを思い出した。
そのときも、幼かったフリフラヴィアリアが、森の奥地へと迷い込んだ彼を拾ってきたのだ。
あの子はまだたったの三十歳で、翅もまだ二枚しか生えていなかった。
見た目だけならば王太子より少しばかり年下に見えた。
彼らは初々しいはつ恋をした。
幼子ふたりの約束した「おとなになったらけっこんしよう」という言葉は、無情にも契約として成立してしまった。
それは恋とも呼べないような淡い代物であったのに。
まずいと思ったときには、もう遅かった。
母を呼びながらかけてきたかわいいあの子は、この腕に抱きとめる前に、とぷりと雫になって消えた。
夫は、人間として生まれ変わったはずのあの子を探しに行った。
そうしてもう戻らなかった。
少しずつ身体が弱っていくことが、つがいの死をまざまざとエカチェリナリアに突きつけていた。
エカチェリナリアは、男が隠し持っていた羽ペンを胸に抱いた。
この檸檬色と新緑を混ぜたような色合いは、愛するつがいの翅で間違いなかった。そして、その下に飾られた宝石は。
翅をもがれた妖精は、石になって死んでしまうのだ。
エカチェリナリアは一人になると、さめざめと泣いた。




