11.噂
ルスリエース王国は、豊穣の王国だ。
年中気持ちの良いからりとした晴天が続き、たまに降る雨には栄養分が凝縮されているのか、少なくても植物がすくすくと育った。
王国の中心とも言えるのが、広大な森。だが、その食料庫ともいえる森で異常が見られるようになっていたのだ。
雨が降りやまないのを筆頭に、木の実が森から消えたり、浅い層に入ったはずの者が惑わされて森から出てこなかったりもした。
同じころ、不穏な噂が流れはじめた。
曰く、王子が婚約者である貴族令嬢を森の奥に捨てただとか、その令嬢は妖精の愛し子であったとか。
だからこそ妖精が怒り狂っているのだ、とも。
平民たちは苦悩し、ざわめいていた。
「最近、森の木の実がほとんど消えてしまったのだ」
「雨などほとんど降らなかったのに、ずっと長雨が続いているのも不吉だ」
「もしや、妖精が怒っているのでは」
「--そういえば、第二王子が森の調査に出たきり、行方不明だとか」
「クラウスさまは平民の俺にも分け隔てなく接してくださったのに……」
貴族たちは、平民からの風当たりの強さに辟易し、その捌け口を求めた。
「そういえば、モニカ嬢ったら、また新しい殿方に粉をかけているそうよ」
「常識をお持ちではないのね、きっと」
「--ここだけの話なのだけれど」
ある令嬢が声を潜める。
「もうずっとフラヴィア様をお見かけしないでしょう?」
「--ああ、病に倒れられたとかで婚約者の変更があったのよね」
「実は行方がわからないのですって。平民たちのあの噂には信ぴょう性がありそうよ」
「そういえば、うちの領地の商人が、森でミューヴィセン公爵家の紋章が入った、婦人靴を見つけたのよ」
膨らみ上がった不満は、すべて、王太子とモニカに向けられた。
王城には、ギデオンを蟄居させるべきだとか、モニカを王太子妃にしてはならぬといった陳情が多数寄せられた。
また、平民を中心とした有志たちが、行方知れずとなった元王太子妃候補と第二王子を捜索するために、森の中へと足を踏み入れるようになったのだ。
すると不思議な事が起こった。
捜索に入った有志たちは、必ずと言っていいほど、豊かな森の恵みを見つけたのだ。
それはまるで贈り物のように、彼らの休憩場所に忽然と現れる。
妖精の森からすっかり消えてしまったとされる、たくさんの木の実を、彼らは奇跡だと喜んで持ち帰った。
その逸話は、またたくまに国中へ広がった。
大きなうねりを止めることはもう、王太子といえども、できることではなかった。
彼らは少しづつ、追い詰められていた。
「人間というのは愚かなものね」
森の一番高い木の上から、地上を見渡してフラヴィアは言った。
「君だって人間じゃないか」
「--そういえばそうね」
フラヴィアは首を傾げる。
「あとは、わたくしたちが現れるだけでいい。でも、あなたは本当にいいの?」
「なにが?」
聞き返すクラウスの目には、かすかに翳りがある。フラヴィアはおや、と思った。
この人はいつでもまっすぐ過ぎる目をしていたのに、と。
それはもう、危うすぎるくらいに。
「大好きな兄を断罪することになるのよ」
しばらくの間、沈黙が落ちた。
「正直に言おう。--今でも計画を取りやめたいと思っている」
フラヴィアは予想通りだなと思った。
この人は、土壇場でそう言い出すかもしれないと考えていた。
けれども、フラヴィアにはもう、彼を邪魔だと切り捨てることは出来ない。
--どうしてだか、不器用なこの男が可愛く思えてしまったから。
「だが」
フラヴィアが次なる計画を頭の中で目まぐるしく立てていると、クラウスは決意の目を向けた。
「それでも僕は、やらなければならないのだ」
それは、彼がはじめて見せた、為政者としての顔であった。
綺麗事だけでも真っ直ぐさだけでも王者としては足りぬ。少しの冷徹さが、この男の中にも育ちつつあったのだろう。
「それでは行きましょう。幕を引きに」




