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10.妖精の愛し子

「フリフラヴィアリア。

 おまえにとっては辛い話になるだろうが、……知らねばきっと後悔するだろう」


 青白い顔のチェリーは、集落でもっとも大きな家に運び込まれた。


 そこにはこの村の代表である、妖精族の長老が住んでいる。


 はじめてこの集落に迷い込んで来た時に、フラヴィアに働くようにと諭した老婆であった。




 爽やかな初夏の風が、レースのカーテンを揺らしていた。


 長老の家は、ほかの妖精たちのものとは異なり、貴族の屋敷のようなつくりをしていた。


 外から見ると巨大な切り株にしか見えない。


 妖精たちの集落は実は、虫たちが住むような小さなものである。それを知ったのは、ここに来てずいぶんと経ったあとのことだった。


 はじめに通ってきた鉱物のトンネルだけが、人間を誘い込めるようになっており、そこを通った者は、妖精と同じように縮むのだ。


 元の大きさに戻りたい時は、そこを通って集落から奥地へと出ればいいだけ。




「何から話したらいいのか……」


 長老は頭に手をやり考える仕草を見せた。それから冷たいミントティーをこくりと喉に流した。


 ややあって、長老は切り出した。


「そなたは、妖精の愛し子なのだ」


「--妖精の愛し子だと?」


 なぜか付き添ってくれていた、第二王子のクラウスが、弾かれたようにこちらを見た。


 そのすみれ色の瞳に、困惑した表情の自分が映っていることに、フラヴィアは気づいた。




「おまえたちは、妖精の愛し子がなにかを知っているか?」


 長老が訊く。


「--初代王妃が愛し子で、そのため、妖精たちによる恩恵があったとしか……」


「人間たちに伝わっているのはそうであろうな。だが、実際には、違う意味合いを持つのだ。

 妖精の愛し子とは、もともと妖精であった者。そして、人間と番うために長い生を捨て、その人間のそばへと生まれた者を指す」


「ではつまり、フラヴィア嬢は」


「もともとは妖精であったということさ」


 フラヴィアは、予想だにしなかった真実に唖然としていた。一方で、この棲み家にたどり着くまでに感じた懐かしさを思い起こし、すとんと落ちるものもあった。


「だが、それでは辻褄が合わぬだろう。初代王妃は異界の者であったと聞く」


「--ああ」


 長老は、懐かしそうに眩しそうに、目を細めた。


「あの子は私の妹だ」



 長老の言葉に、クラウスもまたぴしりと固まった。


「--あなたはもう千年以上も生きている、と?」


「正確にはその十倍ほどは生きていると思うよ」


 そう言うと長老は、か、か、と豪快に笑った。


 確かに集落の者たちはみな見た目が若く、皆数百年という時を生きているというが、フラヴィアと同じような年代のものが多かった。


 このように老成するまでには、いったいどれほどの時を生きてきたのだろう、と、フラヴィアは少し怖くなった。




「妹はね、この地に迷い込んだ若者に恋をしたのだ。だがあまりにも深手を負っていたので、妹の治癒魔術のかいなく、命を落とした。

 その間際に契約を結んだのさ。来世ではともに、とね。

 だからあの子は、妖精としての生を捨て、異界へと生まれ変わった。

 ところが、男の方が、召喚の儀式でこちらへと呼ばれてしまったものだから、あの子は自力でこちらへ来たのだろうよ。--そうしないと、すぐに死んでしまうからね」


「死んでしまう?」


「--ああ。愛し子はね、契約魔法によって人間へと生まれ変わるのだ。

 だから、その相手に捨てられたり、喪ってしまったりすると、反動で命がどんどん削られていくのだよ」


 長老はフラヴィアのほうへと向き直った。


 フラヴィアは、クラウスの顔が青ざめていることには気づかなかった。


「妖精たちが愛し子を贔屓するかのように恩恵をさずけるのは、長い生を手放した同胞の余生を、すこしでも幸せにしてやりたいからなのだよ。

 妖精族は身内の絆が固いのだ。その分、敵対する相手には苛烈な報復も忘れないがね」


 長老の瞳が妖しく光る。


「では、妖精の森の異常事態は……」

「あんなもの、ささやかな報復のひとつに過ぎぬ。

 契約を破り、あまつさえ大切な愛し子を森の奥に捨てた愚か者へのね。

 じわじわと苦しむがいい」


 長老は口を三日月のように歪めてにいっと笑った。


「だが、それでは無辜の民はどうなる! 平民などにとって、この森は大切な食料庫なのだ。

 行方知れずの者たちも大勢いると聞くぞ」


 クラウスが青い顔をしたまま言い募ると、長老は肩を竦めた。


「そんなの、私たちには関係の無いことさ。

 妖精は人間と同じ基準を持たぬ。善悪もまた異なるのだよ」




「--あの、話が見えないのだけれど……」


 フラヴィアは恐る恐る話に割り込んだ。


 一触即発の雰囲気になっていた二人は、顔を突き合わせ、それから困ったようにくしゃりと笑った。



「つまりね、フラヴィア嬢。君は妖精の愛し子なのだ。

 契約者は恐らく兄のギデオン。幼き頃に……、森で出会った少女と結婚の約束をしたと無邪気に話していたのを覚えている……」


 クラウスは、後半を言い淀んだ。そしてフラヴィアは、ようやく理解した。


「それでは、--婚約破棄をされたわたくしは、まもなく死ぬ、ということですね」





「ねえ、フリフラヴィアリア。あんた、本当に出て行くの?」


 ベッドの上に起き上がり、チェリーが言った。その顔は青白い。


「ここにさえいれば……」


 チェリーは言い淀む。フラヴィアは彼女の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「時間の流れの緩やかなここにいれば、わたくしの寿命は少し伸びるのでしょう?」


「どうしてそれを……」


 フラヴィアの言葉に、チェリーの顔がさっと青ざめる。



「長老に聞きました。愛し子のこと、わたくしの契約のこと、そして、--あなたのこと」


「フリフラヴィアリア」


「愛し子に限らず、妖精族の者は、つがいを失うと長くは生きられないのでしょう?

 つがいを持たなかったのが長生きの秘訣だと長老が」




 チェリーの家には、椅子も歯ブラシも食器もコップも、すべてが三つずつあった。


 その沈黙こそが答えであった。


「わたくしね、負けるのと諦めるのが何よりもきらいなの」


 フラヴィアは、そう言うと傲慢な笑みを見せた。


「だから、フリフラヴィアリアは行って参ります。

 --おかあさま。

 必ずあなたを迎えに来るから、信じていて」


・他作品もそうですが、完結後も不定期で後日談・番外編を載せていきます。

更新情報はTwitter(@Rinca_366)にて。

(※本業が実用書作家なので小説以外のツイートが多め)




・同じ世界観の異世界恋愛作品は

『はずれ王子の初恋』(完結)

『黒の侍女と魔法の手帳(ルスリエース王国少し先の未来)』

『憑かれ聖女は国を消す』(完結)

『追放公女は砂漠の隠れ家を目指す』(短編)

です。(2021/07/08 現在)


・活動報告でおまけ情報を載せています。この作品だと“妖精のレシピ”として作中に登場した料理を紹介予定。

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