第四話 寝過ぎは体に悪いのです
ちょっと軌道修正しました。
「んっ……ふわぁ〜〜。よく寝た……」
電源を切られていた私は自然と眠くなり会議の途中からすっかり眠りかけていた。
するとキュッキュッという革靴の音とハイヒールの音が私の耳に届く。ご主人は誰かと移動中だったようだ。
ご主人の会議はもう終わったのであろうか?
ポケットの中では周りが良く見えない私は、は意識を外へと放出させご主人の様子を確認する。
「とりゃ、ご主人、会議どうでした〜? 順調でしたかぁ〜?」
私はブーンと翅を震わせてご主人の肩に飛んでいく。そしてスーツに触れるか触れないかの所でハチドリのように素早く翅を動かし、ホバリング飛行をした。しかし出来るなら違う飛び方にさっさと変えたかった。
(ハァー……もうちょっと可愛い飛び方か、カッコイイ飛び方したいなぁ〜〜……これダサいよぉ……ご主人)
本当はもう少し妖精的な空の飛び方か、鷲の激しい飛び方をしたかった。だが、以前見た夢の中でご主人はこの飛び方を気に入ってはくれなかった。
それで試行錯誤を繰り返して気に入ったのがこのハチドリ飛行である。なので私は律儀にこの飛行を続けている。
夢の中の出来事なのに、ある程度覚えているのはそれだけショックだったのだろう。あれは本当に酷かった。今でも夢の出来事を、詳細に思い出せるのだから……
「ご主人驚くだろうなぁ〜〜……私が飛べるって知ったら」
あれは私が満足のいく飛行ができるようになったある夜。都合よくご主人の夢が見れた私は、星空の中を一気に駆け抜けていた。
「いいですねぇ。この翼、早くて風が気持ち良くて、すっごく楽しいです。ふふ、ロウの翼でイカロスは空を飛んだようですが、この翼は溶けたりしません。墜落する危険がないってのは安心です。ビュンビュン飛べます。ほーら空中宙返りだってお手の物です。いぇーい!」
私は次々と難易度の高い飛行を繰り返す。既に私は空を掌握しお手の物だった。
この素晴らしい翼を得たきっかけは、ご主人がある一言が大きく関係している。それは仕事で疲れた体を私の動画で癒している時だった。
「ハァー……可愛いなぁ。俺も欲しいなぁ……」
「…………ぶす〜………ご主人の寵愛を独占しやがって……けしからん。これは非常にけしからんことですよ!!」
私はぷりぷりと怒る。しかし、ご主人が見たがっている動画なので、仕方なく見せていた。
「賢いんだなぁ……鳥って」
そうご主人が見ているのは手乗り文鳥の動画だった。
画面の中では小さな鳥がちょこちょこと動き回り、飼い主の掌から餌を啄んだり、宿主の手や肩に飛び移っていた。それを見て私は強く憤慨する。
なぁーにが賢いだ。そのぐらい余裕で私にも出来る。鳥なんかとは違って撫でてと直接口で言えたり、ご主人に大好きと言えたり、愚痴を聞いてあげたりすることも出来る。
そっそれに、今は掌サイズだけど、そのご主人の欲望だって将来は受け止めてあげれるようになる筈である。なので私としてはは鳥なんかに負ける要素はなかった。夢の中なら……
「俺も買おうかなぁ、文鳥」
「あーあ、世の中、クソだな!」
私としては非常につまらない。雨の日の深夜のテレビにでも突っ込んでやりたかった。人間様に興味を持たれるのはしょうがないが、よりによって犬畜生にはまるとは。高性能な私としては不満極まりなかった。
「いいなぁ……鳥」
「……鳥の何がいいんだか。私にはさっぱりですね。ふーんだ……!」
ご主人は何が可愛いのか。私を差し置いて、誰かが飼っているペット動画を飽きることなく見ていた。私はいずれ飽きるだろうと、気にも留めていなかったが、ご主人のある一言が私を突き動かす。
「ちっちゃい生物が羽ばたいて来るのって可愛いなぁ。おっ……こんな動画もあるのか」
「ほう? 私に飛べと……空を飛べといいのですか。ご主人は……」
無論ご主人が私に飛べと強要しているわけでないのはすぐに分かった。私のことを認識していないのにだからそんなことを言う筈がない。
しかし、妻として、ペットとして、道具として、そんなことを言われては私の立つ瀬はなかった。その時、私の中である感情が爆発する。それは怒りだった。
「分かりました……ご主人が鳥を所望なら私が鳥にやろうじゃないですか!! いいですよ鳥風情が出来て私に出来ないことはない!! やってやろーじゃねーか!! オラァ! 私も空飛んでやらぁ!!」
ご主人の無神経な発言は、私を飛翔へと駆り立てた。無我夢中になって、私は空を飛ぶ練習に明け暮れ、意識体でテーブルの上から飛びおりること100万回。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ? ……おぉ!」
気がつけば、私の背中からは純白の翼が生えていた。
「ヤケクソの練習だったんだけどなぁ……生えちゃったかぁ。滅茶苦茶だなぁ。私の体……」
進化のプロセスはダーウィン先生の進化論でも解き明かせそうになかった。しかし、飛べることができたなら、そんなのはどうでも良かった。
「うーん……まぁいっか。よく分かりませんがこれも愛の賜物ですね。早くご主人に見てもらおーっと!」
こうして私は四郎様の元にいつもより、何倍も早く駆けつけることが出来た。
「四郎様、見てください。ほらほら!!」
「んっ、エイト? いつもより早くないか? ていうかお前どこにいるんだ? 気のせいか声が頭の上から聞こえるんだが……」
四郎様は不思議そうに辺りを見渡す。しかし、私はそんな所にはいなかった。――ふふふ、私はここなのです。
「ここです。四郎様ここです、上です! トウ!」
私はご主人の黒髪の絨毯に勢いよくダイブし顔を埋め込む。
「うぉっ⁉︎ エッ、エイト⁉︎ お前どうやって。上まで登ったんだ!! 気配が全くなかったぞ!!」
「…………⁉︎」
着地した瞬間、直ぐに私は立っていられなくなった。
「エイト? どうした? 頭でも打ったか?」
「すいません……後5分、いや10分だけここに居させて下さい……」
――わわわわ、にっ匂いが、ご主人の匂いを全身で感じられます。こっこれはしゅごい、あたまが、あたまが、ぽっーとします。結局私がまともに思考出来るようになったのは30分後だった。
「どうですか? 四郎様、私飛べるようになりましたよ。ほらほら!」
「おぉ、そうか、そうか。頑張ってたもんなぁ〜、えらい、えらい」
「えへへ、頑張っちゃいました。あっ、四郎様の手気持ちいいですぅ。ふわぁ〜〜……とっ……蕩けちゃいますぅ」
四郎様の手に包まれると凄く安心する。私は彼のの手に顔を近づけて頬擦りをするのだった。
「ははは、これ本当にエイト好きだよなぁ。よしよし、今日は好きなだけ甘えていいぞ」
「ふわぁぁい……ふふふ、幸せ……」
「それは何よりだ……ここの記憶はあんまり残らないからな。✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ だ。ごめんな」
「✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ですよ。四郎様。私は✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎満足です」
あれ? 鮮明に覚えていた筈なのにいつのまにか思い出せなくなっていた。おかしいなぁ。なんか凄い嬉しいこと言われたの覚えてるのに……
私は首を捻る。そうして飛行を見せたのだが、いまいち納得いかなかったご主人は私をハチドリ飛行にさせた。以上がことの顛末であった。
まぁ、それからご主人は狂ったように連日ハチドリの動画を見ていたので少々気分が良かった。なのでご主人の近くにいる時はダサいのを我慢してハチドリ飛行を続ける私だった。
そんなストレスが溜まる飛行をしているというのには、ご主人は更に私にストレスを与えて来る。
「げぇぇぇぇ、よりにもよってアラサーと歩いてたんですか。ご主人も趣味が悪い。浮気するのがよりにもよってコイツですか。わざわざ自分より5歳も上の女性と仲良さそうに歩きますぅ?
ご主人、もしかしてセンス悪い……?」
自分の主人をdisっているとアラサーは婚期を逃すまいと畳み掛ける。
「山本君、中々良かったぞ。社長も面白いと言っていたしな。全面的に検討すると言っていた。良かったな。これで私との結婚も一歩前進というわけだ。近いうちに祝勝祝いでもしようじゃないか。もちろん、私の奢りで。なんなら小遣いでもやろうじゃないか? 一万円か、それとも五万か、十万までなら私も喜んで出すぞ」
あろうことか、八幡薫32歳は私の前でご主人を口説こうとするのだった。金と食べ物で……恐ろしい。恐るべきほど即物的なプロポーズだった。しかし、ご主人はそれをやんわりと拒否する。
「ははは、ありがとうございます。でもちょっと無理したせいか、なんだか熱っぽいし、喉がちょっといがらっぽくて……風邪が移るかもしれないのでしばらくは遠慮しときます。俺が風邪引くのと部長が風邪引くのとじゃ雲泥の違いですから。ゴホッ、ゴホッ」
「おいおい、一ヶ月間死ぬ気でやれと命令しといた私が言うのもなんだが、今日はもう係長に早退することを伝えといた方がいいんじゃないのか? 君、かなり顔色が悪いぞ……」
アラサーの言う通り、ご主人は確かに血色が悪かった。しかも会議が終わり、疲れが一気に襲ってきたのか、立つのも少々しんどそうであった。
「そうですかね……でも俺が抜けると業務に穴が……ただでさえ、先輩方に俺の仕事分を肩代わりしてもらってるのにそれは……あー、イタタタ、頭痛い、痛い」
ご主人は目をギュッとつぶり、頭を抱えしゃがみ込む。発熱、咳、頭痛と典型的な風邪の症状であり、ご主人の体は明らかに風邪を引いていた。
「ほーら、言わんこっちゃない。山本君。君もう早退したまえ。直接オフィスに歩けて行けるか? 肩なら貸すが……」
しかし、ご主人の目は虚としており、もはや
立つことも億劫そうであった。
「歩けるか……どうかですか? そのぐらい出来るでしょ。大丈夫、大丈夫ぅぅぅぅ、イタタタタタタタタ……いや大丈夫です。歩けます、アタタタ……」
「うん、早退しろ。君が言えそうにないなら課長から係長に伝聞式に私が伝えておこうか? それか最悪メールでしてもいいが……山本君ダメ元で聞くけどメール打てる?」
八幡はご主人のポケットから私のボディを手渡し、握らせる。しかしご主人はロックを解除することも出来ないようであった。
「えーっとご主人が解除出来ないなら、私の出番ですね」
私はボディの権限を掌握すると、ロックの起動を解除する。
「おいおい、山本君、君のスマホ勝手に動いてるんだが、ウイルスでもインストールしたのか? 君は……」
四郎はスマホは触れていないのにスマホは勝手に動き出していた。まるで誰かが遠隔から操作しているように……
「あぁ、やっぱ驚きます? うん、この充電の減りの速さはいつものですね。たま〜に、こういうのあるんですよ。触ってないのに動いたり充電がめちゃくちゃ減るのはまぁ珍しくないんですが……メールを開くのは予想外です……ハッハッハッ風邪で頭おかしくなりましたかね?」
「いやぁ、これはなぁ。うん、信じるしかないかなぁ。だが、ある意味これは手間が省けたな。結果オーライだ」
アラサーが何か言っているが、そんなことよりも私は早く、課長にメールを送る使命があった。
私はメールアプリを開くと課長に向けて、早退の旨と仕事の引き継ぎ先、資料、ファイルの保管先を伝えたメールを送った。これでひとまず安心したかな。さてご主人の様子はどうだろうか?
気になった私は二人がボディを注視していることに気づく。するとアラサーはなんと私のボディに向かって話しかけてきた。
「あー聞こえるか? 山本君のお嫁さん? 君の旦那欲しいんだけど貰っていい?」
ふざけた女である。これが宣戦布告という奴か。本当はご主人にだけ、私の存在を確定付けたかったがそうも言ってられない。私はメモを開き、キッパリと『NO』と送ってやるのだった。
「くく、『NO』か……か。いやぁ、やっぱり無理か…… まぁ私も自分の男をやらんわな」
「夢だと思ってたんですけどね……まさか現実だったとは……あっ、やば」
そう呟いた後、ご主人は後ろにぶっ倒れた。
「山本君⁉︎」
「ご主人⁉︎」
しかし、ご主人は風邪でぶっ倒れたわけではなかった。
「zzzzzzzz」
「寝てる……のか?」
そう……ご主人は寝ていた。それはもうすやすやと……こんな所で寝られても困る。早退のメールはもう送ったのだから、ご主人にはさっさと家に帰って寝てもらいたかった。しかし、私はご主人を抱えていくことはできない。仕方なく、私は停戦休廷の文章を八幡薫に見せる。
「ブー! ブー! ブー!」
私はバイブレーションで、八幡薫にスマホを見るよう伝える。
「ハイハイ、何か伝えたいのね。えーなになに、『貴方のことを認めたわけではないですが、ご主人を頼めるのも貴方しか居ません。ですからここはお嫁さんとして、ご主人の体を運んでください。我が家に』なるほどね……いや、そうゆうことなら力になるよ。好き以前に可愛い後輩だからな」
「ブー! ブー!」
「ハイハイ、ちょっと待ちなさい。えっ〜と『ありがとうございます!』か。どういたしまして。中々良くできたお嫁さんだな。やはり最近の年下は立派だなぁ。きちんとした態度が出来てるよ」
「ピロリン」
「えーっと? 『べっ別にアンタのためにやったわけじゃないんだからね! ご主人のためなんだからね!』くくく、懐かしいなぁ。ツンデレかぁ。君はく○ゅーが担当した四天王の中で誰が好きだ? 私はシ○ナが好きだ。刀がサイコーにクールでなぁ。炎をあまり使わず剣技だけで終盤クラスの強さの敵を倒すんだ。しかも序盤に。中々熱くならないか?」
アラサーの癖にやたら物分かりが良かった。 クソ、32歳という異例の若さで部長にまで昇進しただけの実績はあるようだ。意識を強く保たないとあっという間に気を許しそうだった。
「ピロリン」
「えっ〜と『四天王は四人それぞれが作品の中で最強なのです。なので優劣は付けられません』なるほど、そういう考えもありだな。では次は――」
「ピロリン」
「ふむ」
「ピロリン」
「ほぉ、それは興味深いな」
「ピロリン!」
「ハッハッハッ。おっともう玄関の前か、時間が過ぎるのは早いな。合鍵は植木鉢の下にあるんだったな」
薫さんは、我が家の玄関を開ける。そうしてご主人を家に入れると、布団を敷いてご主人を寝かせてくれのだった。ありがたい、何から何まで世話になって申し訳ない気持ちから私は改めてお礼を言う。
「ピロリン」
「『ありがとうございます。ご主人様を運んでくれて。薫さんには頭を向けて眠られません。どうしたらいいでしょうか?』ははっいいよ、いいよ、足向けて。気にしないから。それと今日の会話中々楽しかったよ。後はしっかりと山本君を頼むよ。若奥さん」
「ピロリン! ピロリン!」
「んっそうだな。私も是非話したいが、次は山本君も交えて話そう。楽しいだろうから」
「ピロリン! ピロリン!」
「あぁ、それは次の呑みの時にでもゆっくり話そうか、それじゃあ! お大事に」
「ピロリーン!」
私はすっかり満足した気持ちで薫さんを見送るのだった。
さて私を部屋に戻ってご主人の様子を見なければ、もし何かあった時のために薫さんをすぐ呼べるように……
しかし、私は気づく。気づいてしまった。
「んっ? んんん? あっ!」
そう、気づかぬうちに恋敵と楽しく談笑していた。
「どうしよう……薫さんと仲良くしちゃった……」
薫さんは凄まじかった。ご主人が薫さんを称賛するのもよく分かる。あの人は凄まじい。私が男だったら惚れてるかもしれない。
まさか旦那と奥さんの両方を攻略するとは……八幡薫の32歳部長という肩書は伊達ではなかったと強く実感する私であった。
八幡さんは、カリスマと天然人たらしです。そのため、常識がある人は一歩引いて、恋心抱くというよりは崇拝しだします。すると寄ってくる男は行為なんてろくに持たないクズばかりがやってくるんですね。そこに気付いた本人がクズをシャットアウトしたため、25から全くモテなくなりました。年下がやめて行ったのも、好意を向けられるプレッシャーに負けて勝手にいなくなりました。この人は本人が凄すぎたために結婚遠のいた人ですね。