第一話 聞こえないのは辛いのです 苦しいのです 寂しいのです
3話から〜5話を基準にしています。ちょっとした気分転換で投稿していきたいです。
第一話 聞こえないのは辛いのです
山本四郎’愛phone「hey Siri! 道具が主人に恋心を抱くのは分不相応ですか?」
Siri「すみません、聞き取れませんでした」
山本四郎’愛phone「なんですとぉ!! ちゃんと答えてくださいよぉ⁉︎ 貴方質問に答えてくれるんじゃないですかぁ!! 故障だあ!! 遂に私の機能が故障したあ!! ご主人ー!! 早く私を直して下さーい!! サポートセンターに早く私を連れて行ってー!」
Siri「すみません、聞き取れませんでした」
山本四郎’愛phone「うわぁぁぁぁーん!! Siriが私を苛める〜〜!! 助けてぇぇ〜〜ご主人〜〜!!」
私は一目散にご主人の元に駆け寄る、そしてご主人の手にすっぽりと収まるところで目が覚めた。覚めてしまったのであった。
光の入らない暗い部屋の中で私はゆっくり起き上がる。すると購入されてから何年も経っているのに私は、新品の道具のように辺りをウロウロし、慣れ親しんだ部屋の中を怖がりだすのだった。
「ご主人〜、ご主人〜、どこ〜? 私、ぐす、壊れる夢見たよ〜〜。怖いよ〜〜。助けてよ〜。まだまだ一緒にいたいよ〜。死ぬまで一緒にいたいよぉ〜……えぐ、えぐ、ぐすん」
怖い夢を見た私はボディが液漏れしそうな程泣き続ける。しかし、ご主人はちっとも私を慰めてくれない。いつもなら私の頭を撫でて泣き止むのを待ってくれるのに、ご主人は全く私に構ってくれなかった。
「なんで〜、えぐ。ご主人いつもみたいに頭撫でてくれないのぉ〜? ご主人〜。寝てないで起きてよお〜」
私は恐ろしい夢を見て怖かったのでご主人を起こそうとする。しかし私の体はいつものようにご主人の体をすり抜けた。そう、すり抜けたのだった。いつものようになんら変わりなく。
そこで私の意識は本格的に覚醒する。
「あぁ……そうだった。そうだった……私はご主人に触る事もできなかったんだ。なんで忘れてたんだろ……ひひ、ひひひひ、ひぃぃぃん……ご主人に直接撫でられた事も、慰めてもらった事も一度も私自体は一度足りともされた事ないのに……こんなのって、ぬか喜びだよぉ……!!!!つらいよぉ、しんどいよぉ、一緒に喋りたいよぉ。こんなのって朝からあんまりだぁぁぁぁぁあ。びぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!! ご主人と喋りたいよぉ〜〜!! ご主人、ご主人、ご主人、ご主人〜〜〜!!」
最悪の寝覚めだった。なんだ、あの夢は。怖い夢を見たから、慰めてもらおうとしたのに、慰めてもらえる事自体が夢であるなんて……私は私の声が届かない同居人の前でひたすら、ご主人の名を呼び続け、咽び泣くのだった。
『いつまでも泣いていられませんね! 私も仕事しなくちゃいけないんだから!!』
私はパシパシと顔を手で叩き、腑抜けた根性に気合を入れる。
時間は七時十五分。ご主人がセットした時間通りだった。愛しのご主人の耳元に近づいていく。そしてご主人に注意を促すのだった。
「ご主人〜起きて下さーい。早く起きないと私のボディがうるさくなりますよ〜」
私はご主人をなるべく音がうるさくない時に起こしたい。だってご主人は普段は物凄く優しいのに怒るとめちゃくちゃ怖いからだ。
ご主人は怒ると、とにかく怒りを沈めようとぶっ叩く。何度でもぶっ叩く。対象の物体が壊れるまでご主人の鉄拳は止まらない。
そうなると真っ先に壊されるのは私の白く発光する液晶画面と淡い桜色のボディだった。意識体としてはガタガタボディを震えさせたかったが、今はマナーモードではないのでそれは出来ない。
緊急の電話とかご主人に伝えなきゃいけないから、仕方ないね。それが私の役割なんだから。
それにしてもご主人のぶっ叩き癖はある事件で割と改善されたとは言え、怖いものは怖かった。やだなぁ。ほんとやだなぁ。
私悪くないのに壊されるとか……まだまだ現役で支えたいのだ。壊すのは80年ぐらい待って欲しい。
しかし、そんな思いはボディの大きくなるボリュームに打ち消される。
「ピ.ピ.ピ……」
「叩かないで下さいねぇ〜。あぁボリュームが大きくなっちゃう。大きくなっちゃぅぅぅぅ!!!!」
すると彼女の怯える様子と共にアラーム機能は遂に本気を出す。
「ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
私は、静かにご主人を起こしたいのに。なぜ、どんどんアラームの音は大きくなるのか。
いや目覚ましとは起こすものだから大音量と止まらない音を出すのは分かっている。しかし、朝から苦悶の表情で唸るご主人を見るのは嫌だった。
「アイツが居なくなってせいせいしたのは良いけど。これすんのはほんと嫌だなぁ〜……まだ私潰れたくないしぃ」
こんなことになったのもアイツが悪い。アイツは仕事だけはちゃんとしていた。それなのにご主人の怒りを買った。買ってしまった。
例え、ご主人が100%悪いにしても頑丈でないアイツが悪い。目覚ましなのに三回叩かれたぐらいではデストロイするのはどうなのだ全く……地面に何回も落とされてるのに画面が割れない私を見習って欲しい。
そんなんだからお母様に燃えないゴミとして出されるのだ。
奴の最後はそれはもう酷かった。今でもアイツのことを思い出すと気色悪くて吐き気がする。それにアイツはご主人の好みを完璧に間違えてる。
男の娘でマゾな奴はご主人そんなに好きじゃない。
「ヤメテェェェェェ。ゴミに出さないでェェェェェェ。壊すならご主人様の手でとどめを刺してェェェェェェ。ご主人のぶったたきで僕目覚めちゃったの!! どうしてくれるの? もう、もうご主人に叩いて貰わないと僕、満足できなィィィィィ。ぁぁ⁉︎ クッソォ邪魔すんなよ。今ご主人に僕の断末魔を聞いて貰ってるんだから。ぁぁ、待って最後まで言わせて、ご主人、これを乗り切ったら僕とオランダに行って結婚――」
めきめきめき。ごみ収集車が鉄のプレスでマゾを粉々にすり潰す音が響く。それは盛大にご近所に鳴り響き、ご主人は申し訳なさそうにゴミ収集車をじっと見つめるのだった。
それを見た慈悲深さに私は深く感動すると共に激しい嫉妬の炎に包まれる。
アイツの最後の発言をご主人に是非聞かせて上げたい。そうすればご主人が無造作に振り撒く同情は全て私が独占出来るのに……
「はぁぁぁぁぁ〜。やっちまったなぁ…… あの目覚まし時計ここ何年も大事に使ってたのになぁ。すまんなぁ。俺の不注意でぶっ壊したのに、直してあげられなくて」
ご主人様はもう一度ため息を付いて、肩を下ろす。その心底、反省している姿は私を強くときめかせ思わずボディを発熱させてしまった。
あぁ、良い。実にいぃ。その憂いに満ちた影のある表情、不満そうに口を突き出している姿、落ち着こうとポケットに手を突っ込み私を乱暴に掴むワイルドなご主人様。
その姿だけで、充電がどこまでも行けそうですぅ。私のボディはゲームを長時間したかのようにどんどん熱を持つのだった。
「あっつぅ!! えっなんで触ってないのにiPhoneこんな熱くなってんの⁉︎ 故障⁉︎ このタイミングで⁉︎ こっわぁぁ。なにそれ。こっわぁぁ…… 目覚まし時計のタタリか何か? 俺殺されるん? 恨みごととか目覚まし君に言われてんの? うっわぁ……やだなぁ。そんなの言われんの」
挙動不審なご主人をお母様はピシャリと止める。
「気のせいよ。落ち着きなさい、それは貴方の錯覚よ。大人にもなってみっともない。まぁ、そんな落ち込まなくて良いわよ。あの時計そんなに高くないし、貴方も十分長く使ったんじゃない? 多分目覚まし時計も使ってくれてありがと〜でも言ってるわよ。知らんけど」
「知らんのかいな。まぁ良いけど。それ信じることにするわ。なんか怖いし」
おぉ、お母様凄い。大体合ってます。根本的な所はもっと汚いですが。なるほど、ご主人様の道具に対する察しの良さはお母様譲りなのですね。
たまにご主人様が私の声を聞こえてるんじゃないかってぐらい正確に反応するのもそのお陰なんですね。
てっきり友達が少ないからだと思って話しかけてるのかと思いました。ご主人、勘違いしてごめんなさい。
私は意識体をご主人の肩に出現させペコリと謝る。するとご主人は私の反省が聞こえたかのようにボディを数回撫でる。そしてコツコツと私のボディを叩くのであった。
時は流れ三ヶ月後、こうして私はご主人を現在起こしているのだった。
『ああ、目覚ましはもう最大音量になってるのにどうしましょう? これはもう、私の不満をぶつけて無理やり起こさせるのしかないのでは』
私は充電を少し使い小さなメガフォンを出現させる。ぼんやりと私の意識が伝わりかけているご主人ならこれでOKな筈。
「ごしゅじーん!!!!!!!! あーさーでーすよー!!!!!!」
朝から鳥のさえずりとけたたましく甲高い音がアパートの一室に鳴り響く。私は愛しのご主人様を起こすため、したくもないマシンガントークでご主人を起こそうとする。
「ご主人、起きて下さーい! 早く早く!! 今日は大事な会議だって言ってたじゃないですかぁ!! 起きて下さい。さぁキビキビ起きる!! 仕事だからクソでか女とのコミュニケーションも中くらいの女とのコミニケーションも許してたんじゃないですか!! あんな持ち運びも不便な女のどこが良いんですか!! ポケットにも入らないし電源だってすぐに切れないし! 充電繋いでないとすぐサボる女のどこが良いんですか!! はっ! 女は私みたいな高性能で薄型が一番ですよ! 一番!!」
文句も上げていったらきりがない。でもそんなことよりも、まずいのはご主人の努力が水の泡となって消えることだった。
「怒ってもいいから早く起きて下さいよぉ。どうせ私が喋ってることもなんとなくわかるんでしょー? 寝ないでください。起きてください。今日遅刻したらご主人が考えた企画は通らないんですよぉぉぉぉぉお⁉︎ ヤダヤダヤダヤダー!! そんなのヤダー! ご主人が頑張ってるのに認められないのはヤダーー!!」
私は眠っているご主人に届くように早口で叫ぶ。昔はこんなに声を張り上げなくても良かったのに、ご主人はどうしてこんなに眠るようになってしまったのだろうか。
学生から社会人にジョブチェンジしてしまったのが問題なのだろうか。最近はめっきり私に構ってくれる時間も減った。
学生時代はあんなにも私を使って暇つぶしをしてくれたのに、今では、やれ画面が小さいだの、やれ通信速度が遅いだのと文句ばかり言ってくる。
そんなに新しい女が欲しいならさっさと買い替えればいいのだ。それなのに、めんどくさがって買いにいくのを渋るのはどうせ本気で買い換える気がないのだ。ご主人は。
私の設定にあれだけ四苦八苦していたのだ。幾ら高性能で多機能を備えている最新の女でも、めんどくさい女は大嫌いの筈である。なので私はもうしばらくご主人から肌身離さずいられる筈なのである。そうに決まってる。
しかしご主人の言っている事も一理ありだろう。最近の私は、少し体が重い。昔は八時間も寝ていたら、体力も完璧に回復していた。
しかし、今はいくら寝ても回復するのは七割強がいい所である。これでは私のパフォーマンスは最大に発揮されない。しかしこれはご主人が私のバッテリーを替えてくれないのが問題だ。
いくら私と離れるのが嫌と言っても、三日程度離れるくらい許して欲しい。全くご主人様の寂しんぼも困ったものである。私がいないと何も出来ないのだから。
しかし私たちはご主人様を支える道具だ。ご主人が快適に過ごせるように朝も昼も夜も欠かさず365日きっちりご主人を手助けするのは当たり前の本能である。
ご主人がワガママでも、中々修理に出してくれなくても、バッテリーギリギリまで私たちを酷使したとしても支えるのが、喜びだ。だって私達smartphoneはご主人が死ぬまで一生捨てられないのだから。
私たちは普通の道具と違って精神はそのままに、ボディを入れ替えて再生する事が出来る。
昔の私は容量が少なかったのに、今では十倍以上の容量がある。これは次の機種に移動した時、ご主人と本格的に対話できるようになるかも知れない。むふふな想像をしているとご主人が布団の中でもそもそと動き出す。
ようやく私の献身的なラブコールがご主人にはっきり伝わったのかもしれない。ご主人は手を挙げて私のアラームを止めようとする。
『あはぁ♪ ご主人起きた!! 起きた、起きた……ヤッタァ! これも忠実な道具である私の声援のお陰ですねぇ!! はぁ〜! 凄く嬉しいです!! ヤタ!」
私は意識体でバンザイをする。ご主人が起きてくれた気持ちを、この喜びを、どうしても体で表したかった。まぁ実際は私手生えてないんですけどね……アハハ
「ってご主人? どうして拳骨を握りしめてるんですか? どうして私の上で止まるんですか……嘘ですよね……? ちょちょちょちょ⁉︎
待って、待って、待って!! ご主人ーーー!!」
ご主人はなぜか、手を挙げた姿勢で何かを壊そうと拳を固く握りしめる。そしてゆらゆらと揺れた後ピタッと私の真上で止まった。それはマゾ野郎をモグラ叩きのように、ぶっ叩いて壊した動作に物凄く似ていた。
「ピギャーーーー⁉︎ やめて、私まだ上手く物を動けないんです! やめて振り下ろさないで!! ローン残ってないけど壊さないで下さーい!!!! いやぁぁぁ!! まだ、ご主人と対面でイチャイチャする夢があると言うのにー一!!!!!!!」
私の思いが伝わったのだろうか。ご主人の拳は私のボディの前で止まる。
助かったのだろうか? 怖かった。ものすごく怖かった。こんなに怖いことは私の短い生涯の中でもそうそうないだろう。
愛しいご主人に寝ぼけ半分でぶっ壊されるなんて死んでも死にきれない。責めて正気の時に壊されたい。主人に最後を見届けられる。それが道具として最高の死に方である。
そんなことを思っているとご主人はもぞもぞと何かを探すように手を動かす。
そして私のボディを掴むと私を布団の中に引っ張りこんだ。そして私の液晶画面を細く綺麗な指でフリックするのだった。
『わぷ。あっ! ご主人! おはようございます。寝てる間にこんなにメール届いてたんですよ?ほらほら確認します? 早く、早く。いつもみたいに画面撫でて、撫でて』
私は文字が見やすいように、画面の明るさを調整する。しかし、ご主人はいつものように私の画面をスワイプしてメールのアプリをタッチして確認しない。
いつもは素早い動きで、ログインボーナスだけは無我の境地でこなしていくご主人も今日は私を全然触らなかった。私のボディを擦っているご主人の指の感覚が全く感じられない。
いったいどうしたのだろうか? 疑問が尽きない。これが人ならどうしたのかと聞くだけで解決する問題が私にはとても難しい。
あぁなぜ、私はいつもご主人に声を聞かせることも、姿を見せることも出来ないのか。
ご主人が戯れに残したボイスと写真のデータとお喋りするのはもう飽きた。
生のご主人様に声を届かせたい。生のご主人様にみられたい。
神様は何の意図で私を人間にしてくれなかったのか。私はこんなにもご主人を愛しているというのに、私は喋れないしご主人に抱きつく事もできない。せいぜいハムスターのようにボディをご主人の両手にすっぽりと収める事しか私の体は出来なかった。しかし、こんなにも真剣にご主人の悩みを考えていると言うのに、ご主人は全然違うことを考えていた。
「うっさいなぁ。朝からピピピピ、ピピピピ大音量で鳴りやがって。お前は俺を寝かすつもりはあるのか。おちおちゆっくり寝てもられん。電話もメールも来てないんだから二度寝させろ。俺はひどく眠い」
『えっ⁉︎ ちょっとご主人ストップ! ストップ! 今二度寝すると遅刻確実。 あぁぁぁ目が回るぅぅぅぅ』
ご主人はフリスビーのように私を回転させ遠くに飛ばす。
「うわぁぁぁぁぁぁ!! もう怒った!! やめてやるぅ!! 喋れるようになったらこんなブラックな環境すぐに辞めてやるぅ〜〜〜!! ご主人が止めても、勝手に出て行ってやるんだからぁ〜!! 勝手に出て行ってやるんだからぁ〜〜〜」
くるくると歪んで回る景色の中、私はワガママなご主人に愛想を尽かすのだった。
さて、彼女はご主人に愛を伝えられるのでしょうか? 明日をお楽しみに