表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

9


「背筋を伸ばして、顎を引いて。ほら、気を緩めないで……まだ授業は終わってませんよ?」

「は、はひ」


 食事に対するマナー指導を受けているはずなのに、肩を抱かれ耳に囁かれる声で意識が全部もっていかれるんだが。

 どうしてこうなった。

 私がウィルソンに講師を頼んでから三日後、彼女は屋敷に現れた。そう、彼女ーー女性である。

 頼んだ翌日に、王族が信頼する凄腕の講師が来ると聞いたときは意識を失うかと思った。

 どうやって見つけたのか、なぜ受けてもらえたのか、たくさんの疑問が頭の中に過ぎったけれど、なによりも私は講師料が幾らなのかが気になって気になって仕方がなかった。

 恐る恐るウィルソンに聞いたら「アイラ様はお気になさらずに」と笑顔で言われた。

 ……父よ、すまないが大金の用意を頼む。

 もしかしたら一生かけても返せないかもしれない。私が絶望している中、追い打ちをかけるようにウィルソンは講師が来る日を告げてきてーー。


「ラウィ先生……」

「なんですか?」

「ち、近くないですか?」

「ああ、あなたの反応が近くで見たくて」


 笑顔が眩しい。

 おかしいな、遠征に行ったはずのカイラスが目の前にいるんだが。いや、この場合女性版カイラスか。ーーなにそれこわい。


「私相手でこれでは、彼はさぞ大変でしょうね」

「うぅ、」

「彼の婚約者となったからには、これくらいは早く慣れなければいけませんよ? アイラ様」

「ひゃい」


 ラウィに優しく髪を撫でられて、私は肩が震えた。

 女性相手になにビビってるのかと思われるかもしれないが、端正な美しい顔が間近に来てみろ、男女関係なくときめくに決まってんだからな。

 ラウィが来る当日、ウィルソンから雇った講師はカイラスの同級生で、エルストに住んでいる友人だと聞かされた。

 ああ、だから講師を頼めたんだなと納得して、でも王族が信頼する相手だということを思い出したら結局絶望した。

 どちらにせよ、私には一生かけても手が届かない。なにもかもカイラスのおかげだ、本当に。

 そんな彼と相手は同級生と言っていたが。

 では同じ四十二歳ということか、どんな人かなと内心楽しみに待っていたら、馬車から降りてきた人物を見て思わず呟いたよね。


「詐欺やん」


 どう見たって四十二歳じゃないし、めっちゃ若いし、なんならカイラスと並ぶ美丈夫ーー違う、美形じゃないか。

 美丈夫と言いかけたのは、ラウィの顔があまりに中性的だったからだ。

 背も高く、髪も肩につくくらいの長さで、切れ長の目は年相応の色気を含ませ、その上に眼鏡をかけているからとても知的に見えて。

 着ている飾り気のない黒一色のドレスで、ようやく女性なんだなとはっきりするような、それくらいラウィはどちらとも見れる綺麗な人だった。

 声も女性にしては少し低く、カイラス同様この人も見た目を裏切らないのかと思って、私はすでに嫌な予感がしていた。

 カイラスの同級生で友人、そしてこの美しい顔に期待を裏切らない声。


「初めまして、ラウィ・シュバルツと申します。ああ、こんな可愛いらしい方を指導できるなんて光栄です。……よろしくお願いしますね? アイラ様」


 無理です。おうち帰る。私、おうち帰る。

 ここに来て初めて私は家に帰りたくなった。

 やはりと言うべきか。

 カイラスですでに限界だったのに、なんで休む間もなく第二弾よろしくみたいな感じで襲ってくるの。

 おかしいでしょ。類は友を呼ぶ的なあれか。カイラスの友人はみんな美形で年齢不詳みたいな人しかいないのか。

 すでに半泣きな私をよそに、ラウィはなぜか呆然とする私の手を取ると、慣れたようにそこへキスをしてーー、

「いやぁー!」と叫んで逃げたのは仕方がないと思うの。

 それがラウィなりの挨拶で、王族の令嬢には大変喜ばれていたとしても。

 あとで土下座して謝りました。床に額打ちつけて謝りました。王族が信頼する方を怒らせるなどと。頼むから慰謝料だけは勘弁してください。

 私の土下座に、ラウィは怒るどころか笑うのを必死に堪えていた。いや、それならいっそ笑ってくださいよ。

 そして、私が婚約者であるカイラスにも同じような態度をしていると知ったら爆笑した。もう堪えるのは無理だったらしい。

 私がいたたまれなくなるくらいにひとしきり笑い続けたラウィは、姿勢を正すと綺麗な笑みで「では」と、ひとつの提案を持ちかけた。


「彼が戻るまでに慣れましょうか。ちょうどいいじゃないですか、私でいくらでも練習してください。ほら、触れながら……ね?」


 こうして、私の拒否は当然のごとく無視され、ラウィからマナーだけでなく、カイラスとの接し方の練習まで教わることになったわけだが。

 ラウィが屋敷に来てから今日で二日、朝から晩までのスパルタ教育に加え、甘い言葉と隙を見ては触れてくるやり方に、なるほどこれが飴と鞭か……と、私からしたら鞭と鞭なんだが。泣きたい。


「そろそろ休憩にしましょうか」

「……はい」


 助かった。ようやく訪れた休憩にホッと息を吐くと、なぜか手を握られて。ーーえ?

 石のように固まった私を見て、ラウィは微笑むと握った手を引いて歩き出した。

 強くない力なのに、私の足はなぜこんなにも素直に動くのか。


「ラ、ラウィ先生?」

「ソファに座るほうがいいかと思って。あのテーブルでは授業を思い出して落ち着かないでしょう?」


 手を握られるほうが落ち着かないのですが。

 カイラスよりは小さく、けれど綺麗な手に自分の手が包まれているのが恥ずかしい。

 母よりも年上なのに、なんでこんなにドキドキしなければならないのか。相手は女性だぞ。


「アイラ様」

「は、はい」

「まだ緊張は解けませんか?」

「……っ」


 握っていない手で、私の頬にかかった髪を後ろへと流してラウィが笑う。

 その顔に見とれていると、ウィルソンが「どうぞ」とお茶とお菓子を用意してくれた。

 私が大袈裟に肩を揺らすと、ラウィは吹き出して顔を背けてしまった。いや、もう笑ってるのバレているので今さら隠さなくても。

 意外にラウィはよく笑う人だった。私が挙動不審なせいもあるかもしれないが。


「ラウィ先生って、からかうの好きですよね」

「そんなことないですよ」

「…………」

「どちらかというと可愛いものは愛でるタイプですから、私」


 カイラス二号かよ。

 私は反応せず、無言でウィルソンが用意したクッキーを手に取りひとくち食べた。ああ、美味しい。

 隣の存在は忘れよう、今だけはお茶の時間を楽しむんだ。無になれ、アイラ。


「アイラ様」

「……はい」


 ですよね。無視なんてできませんよね。知ってた。


「あなたの反応を見る限り、カイラスとはまだそこまで親しくないのでしょうか?」

「えっ」

「不躾ですみません。友人として、彼が婚約したというのがまだ信じられなくて……」


 それは、つまり。婚約を疑われている?

 ラウィが優雅にお茶を飲んだ。

 さすがマナーの講師、飲む姿が絵になりすぎる。と、見とれている場合じゃなかった。


「そ、そうですね……出会って間もないですし」

「間もない?」

「カイラス様に縁談の話を受けてもらったのが最近なので」

「……なるほど。アイラ様のほうから縁談を」

「いいえ、縁談を持ちかけたのは父です。私はなにも聞かされず家を追い出されたので」

「え……なにも聞かされず?」

「はい。私、相手が誰かも知らずにここに来たんです」


 ラウィが目を丸くして固まった。

 あれ、ちょっと待って。この言い方だとますます婚約を疑われるのでは?

 カイラスは、結婚を急かしてくる周りを黙らせたくて婚約をしたいと言っていた。周りというのは、もしかして友人であるラウィも含まれるんじゃないか。

 だったら、疑われては非常にまずい。

 私がこの婚約を同意の上で確実にしていると見せなければ、カイラスにまた迷惑をかけてしまう。

 そんなの、絶対にダメだ。


「あっ、で、でも! 初めて会ったときからカイラス様はとても優しくて、この屋敷に住んだあとも不慣れな私のことをずっと気にかけてくれて、先日も新しいドレスを一緒に選んでくれたんです。忙しいのに、ずっと待っててくれて……。仕事も、私が寂しくないようにとできるだけ外に出るのを抑えてくれたりしてて、本当に、本当に大事にしてくれてるんです。だから、その、私はカイラス様を」

「…………」

「すごく、素敵な人だなって……思って」


 どうしよう、顔が熱くてたまらない。

 上手く言葉にできないのがもどかしくて、私は膝の上に置いた手を握り締めた。

 こういうとき、カイラスならスラスラとなんでも言えたはずだ。ああ、どうして私は。

 せめて好きという一言が、嘘でも言えていたらよかったのかもしれない。

 でも、それだけは簡単に言ってはダメなような気がして。


「彼は、さぞかし今回の遠征が嫌でたまらなかったでしょうね」

「……え?」

「こんなにも自分を想ってくれる可愛い婚約者を、置いて行かなければならなかったのですから」

「……っ」


 私の頬に触れて、極上の笑みでラウィは言った。相手が同性とわかっていてもこの破壊力。

 悲鳴を上げそうになった私の反応は、決して間違っていないはずだ。気づけば「違う」という否定も飲み込んでしまっていた。


「彼とは親しくないのではなく、アイラ様が単にこういった触れることに関して慣れていないだけなのですね」

「あ、う」

「まあ、彼の場合とことん尽くすタイプでもありますし、極めつけは……あの容姿ですからね。恥ずかしがってしまうのも無理はないでしょう」


 よくご存知で。

 でも、それ自分にも当てはまってること気づいてくれませんかね。あなたも同類だからね?


「わかりました。話せたおかげで私もさらに気合いが入りました」

「え?」

「いつまでここに滞在できるかはわかりませんが、精一杯務めさせていただきますので……改めてよろしくお願いしますね? アイラ様」

「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします」

「彼の婚約者だからといって、手は抜きませんのでご心配なく。どの令嬢にも劣らない立派なレディにして差し上げますよ」


 眼鏡の奥にある目が妖艶に光った気がした。

 もしかしなくても、頼む相手を間違えたのでは?

 カイラスのときにも思ったが、こういう人は本気になると危ない。いろいろと。そう、いろいろと。

 だってほら、ラウィが私のほうに顔を近づけて、耳に唇を寄せてーー、


「こんなに可愛くて初々しいあなたが、彼の手でどれだけ大人になるか……見るのが楽しみです」


 あまりの色香に腰抜かしましたがなにか?

 カイラス、早く帰ってきて。いや、ダメだ。

 二人が並んだら私が死ぬ。顔面の威力が強すぎて目が死ぬ。

 傍にいたウィルソンを見ると、生暖かい目で私を見ていた。

 とりあえず、私の味方になってくれる人を至急募集したい。











出したかったキャラがようやく。

もう一人ほど新キャラ続くかな、多分。

カイラスが不在でも、アイラの周りは賑やかです^^

私がそんな簡単に落ち着かせるわけなかろうて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ