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7


 庭に行くまでに、すれ違った使用人たちの視線が凄まじかった。

 これは外で話して正解だったかもしれない。

 部屋でも良かったけれど、そうすると執事のウィルソンやリラが一緒にいることになったかもしれないから。

 カイラスの案内で外に出ると、少し冷たい風が頬を掠めた。

 ああ、もう秋が近いのか。

 婚約を破棄されて家に籠っていたから、季節の変わり目なんて気にもしなかった。

 なにも考えずついて行けば、なぜか屋敷の裏に来ていた。

 そして、色とりどりの花に迎えられて圧倒される。

 なにこれーー。

 パチパチと瞬きを繰り返していると、カイラスが「綺麗だろう?」と言って笑った。

 私は素直に頷いていた。

 聞けば年中季節の花が咲くようにしているらしい。庭師のこだわりが詰まったお庭だと言う。広いだけじゃなく、こんなに美しい場所もあるなんて。


「表も綺麗だったけど、私……裏庭のほうが好きだわ」

「表はね、お客様も迎えるから、なるべくすっきりして見えるよう整えるだけにしているんだ。見応えがあると、足が止まってしまって玄関になかなか辿り着けないだろう?」


 カイラスが楽しそうに笑う。

 確かに、そうかもしれない。


「だから、裏は屋敷の者しか見ることができない特別なものになっているんだ」

「特別……」

「アイラもこの家の人間だからね、見放題だよ。温室もあるから、また今度見に行こう」


 さりげなく言ったカイラスの言葉に、少し泣きそうになった。

 私、この家の人間なのか。婚約者だから。ああ、そうか。

 じわりと胸に広がるのは、紛れもなく嬉しさだった。


「あそこに座ろうか」

「……あれ、もしかしてブランコですか?」

「そうだよ。もう古いけどね。サーシャが小さい頃、遊びに来たときによく使っていたんだ」


 お洒落なテーブルと椅子の近くに大きな木があって、そこには古びたブランコがぶらさがっていた。

 サーシャが楽しそうに遊ぶ姿が目に浮かんだ。

 ぼうっと眺めていると、カイラスが「おいで」と私に手招きをした。

 反応する前に、彼は綺麗なハンカチを椅子の上に置いて、そこへ座れと促した。

 私は少し畏まってからその椅子に座った。


「さあ、話をしようか」

「…………」


 向かい合うように座って、カイラスが私を見つめた。

 いざ話すとなると、どうも切り出しにくい。

 目を合わせられなくて視線が泳いでいると、やっぱりと言うべきか。

 私が話しやすいように、彼は「廊下での話、聞いてたの?」と優しい声で聞いた。


「ごめんなさい、聞くつもりはなくて……」

「うん、わかってるよ。あそこで話していた私たちが悪いから」

「……ねぇ、どうしてですか?」

「ん?」

「どうして、私が来てから遠くに行かないんですか? いつも仕事のときは、数日屋敷を留守にしても普通だったんでしょう?」

「……それは、」

「私、一人でも待てます。ちゃんと、留守番できますよ?」


 少し拗ねた調子で言えば、カイラスは少しだけ目を見開いてはにかんだ。それは少し困ったようにも見えて、私は首を傾げた。


「仕事で出ると、一週間以上屋敷に帰らないこともざらなんだけど……いいの?」

「……お仕事なら、仕方ないと思います」

「……待っててくれるの? ここで?」

「え……? もちろんです」

「怒って実家に帰ったりしない?」

「な、……そんなことしません」

「寂しく、ない?」


 それはーー。どうだろう。

 そういえば、私この数日屋敷にいるけれど、実家に帰りたいとか寂しいとか思ったことがない。

 なんで。と考えて、目の前の人の顔を見て気づく。

 カイラスが、いたから?


「私は、キミをできるだけ寂しい思いをさせないようにしたいんだ。約束のこともあるからね」

「……約束?」

「キミをいい女にするという約束さ。期限は二年しかないんだ。それなのに仕事で離れる期間ばかり増やしたら意味がないだろう?」

「それは……。でも、そんな約束であなたの仕事の邪魔なんてできません。約束はなかったことにしてもらっても、」

「それは婚約の話はナシにしたいということかな?」

「ち、ちが……」

「そうじゃないと、この婚約は私しか得にならないよ?」


 違う。どんな条件になろうと、得になるのは私のほうだ。

 カイラスは年が上なだけで、あとはすべてにおいて完璧と言ってもいい。翻弄されてばかりだけど、女性に対しての扱いも手馴れている。

 こんな子供をときめかせるのだってお手の物だ。そして、なにより彼は優しい。

 

「キミは元婚約者を後悔させたいんだろう?」

「ーーっ」


 脳裏に、あの人が鮮やかに浮かんだ。

 ああ、忘れていなかったのか。

 まだ、こんなにもはっきりと思い出せるなんて。

 そう、後悔させたいと思った。

 私を捨てたことを、少しでも悔やんでくれたらと。

 だって、突然だった。なんの前触れもなくーー、


『俺、おまえと結婚できない……』


 どんな顔で言われたんだっけ。

 笑っていたのか、悲しげだったのか。

 目の前が真っ暗で、見えてなかったな。

 別に結婚したい相手がいると聞いて時間(とき)が止まり、ごめんと言われた瞬間に手が出ていた。

 痛かったな。手も、心も。


「アイラ」

「……ぁ」

「大丈夫かい?」


 一瞬焦点が合わなくて顔を顰めた。

 カイラスは、こんなときでも律儀に触れかけた手をギリギリで止めてくれて「アイラ」と優しく名前を呼んだ。


「大丈夫です。ごめんなさい、ちょっと……思い出してしまって」

「……今のは私が悪かったね。すまない、辛いことを思い出させて」


 首を横に振る。カイラスは悪くない。

 毎日のようにあの過去を思い出していたのが、彼のおかげで数日でも忘れていられたのだから。

 確実に、傷は癒えてきている……はずだ。


「やっぱり、しばらくは屋敷を離れないようにするよ」

「ど、どうして?」

「私がアイラを一人にさせたくないんだ」

「…………私のせいで誰かに迷惑がかかるなんて嫌です」

「じゃあ、一緒に行くかい?」

「……は?」

「それだったら一緒にいられるだろう?」

「い、行きませんよ。私が一緒に行っても役に立てるわけないんですから」

「ふむ、じゃあ話は振り出しに戻るね」


 なんでだ!

 私は留守番してるって言ってるじゃないか。


「お願いですから、仕事を優先してください」

「……嫌なんだよ。キミが私の知らないところで傷ついていたら」

「…………」

「私はキミの婚約者だからね、守るのも務めだろう?」

「…………だったら、あなたを守るのも私の務めでしょう? 誰かに変な噂を立てられる前に、いつも通りのお仕事をしてください。私は()()であなたの帰りを待ってますから」

「…………」


 ぱちくりと、カイラスの目が瞬いたと思ったら、いきなり破顔した。

 なにがそんなに面白いのか。

 声を上げて笑う彼は、目尻に涙まで浮かべていて。

 もう爆笑じゃないか、これ。


「まさかキミが私を守ろうとするとは思わなかったよ」

「……笑いすぎです」

「ははっ、すまない。……でも、嬉しかったよ」


 爆笑したあとにその微笑みは反則では?

 思わず言葉に詰まったじゃないか。

 (つら)良すぎるのでほんと、不意打ちやめてください。


「キミが私のことを考えてくれるとはね……」

「なっ、確かに私はまだ未成年だし頼りないと思いますけど、カイラス様のことちゃんと婚約者として見てますし、心配だってーー」

「うん」


 な、なんでそんなに嬉しそうなの。

 続きが言えなくて、私は無駄に「あうあう」と濁らせて口を閉じた。

 顔が熱い。恥ずかしいことを口走ってしまった気がする。


「少なくとも一方通行ではなくて安心したよ」

「……一方通行?」

「乗り気じゃなかったキミに、私が持ちかけた形での婚約だったからね……期待はできないだろうと思っていたんだけど」

「……は、」

「キミに婚約者と認めてもらえて光栄だよ」

「…………っ」


 誰か深い穴を掘ってくれないか。私が今すぐ埋まるための穴を。

 なんでこのイケオジ、平然と羞恥心抉ってくるのかな。


「ねぇ、アイラ。離れる時間が増えるのなら、あの交渉の話はナシにしてくれないかな?」

「……え?」

「さすがに私も、離れている期間が長くて、帰ってきたときにただいまのハグもできないのは辛いな」

「……あ、え、」

「キミからしてくれたら嬉しいけど、まだそれは無理だろう?」

「…………そ、うですね」

「だから、ね?」


 そこで可愛く首を傾げますか。

 私が断れないと知ってて!

 でもそんな簡単に許すなんてーー、


「ダメかな?」

「わかりました」


 ちょろすぎかよ。

 口から勝手に出た返事に、自分が驚きを隠せない。

 そして、許してすぐ触れてくるカイラスの手の早さにも。


「な、んですか?」

「久々に触れたなぁと思ってね」


 ふにふにと私の手の感触を楽しみながら、その目はとても嬉しそうで優しげで。

 込み上げるこのなんとも言えない感情はなんだ。胸が締めつけられる。ギュッと。


「カイラス様はスキンシップがお好きなようですね」

「……そんなことはないよ?」

「触れながら言っても説得力がないのですが……」

「アイラにだけだよ」

「……っ」

「触れて愛でたくなるのはね」


 恥ずかしさ通りすぎて無になりたい。

 何事にも動じない心臓をください。

 私もう半泣きですよ。

 ほらやっぱり、許すんじゃなかった。

 触れたらポンポン出るんだもの。口説き文句が。


「冷えてきたね、屋敷に戻るかい?」

「……はい」


 運動したわけじゃないのに息も絶え絶えに返事をして、私は椅子から立ち上がった。

 敷いていたハンカチも回収して歩き出そうとしたら、何故か手を繋がれて。

 ーーは?


「あ、あの」

「うん?」

「……いえ」


 恐ろしい。顔がいいと面と向かってなにも言えなくなる。

 仕方なく、私は繋がった手を凝視した。

 行くときは繋いでほしいなって思ったけれど。帰りは簡単に繋がってしまったな。

 温かい。ギュ、と握ると、大きな手は優しく握り返してくれた。

 そのあと部屋に送ってくれたカイラスが、当然のように私の額にキスを落として去るものだから、お触り禁止ー! と叫びそうになったのはここだけの話だ。











シリアスになると思った?

HAHAHA、まだ先だぜ。

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