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ぱちり。
私は目を開けると、数回瞬きを繰り返した。
あれ? ここどこ?
見覚えのない部屋に一瞬呆けて、一気に覚醒して飛び起きる。
「え、あ……朝?」
窓を見ると青空が広がっていた。
え、待って。私、昨日なにしてた?
カイラスーーそうだ、彼と二年という期間限定の婚約を決めて、それで、えっと、昨夜部屋に来て二人で話して、それで……それで?
「嘘、寝落ちしたの私……」
信じられない。思い出してもほとんど話さずに寝落ちした記憶しかない。内容も最後のほうは覚えてもいない。なにそれ最低すぎる。
私は青ざめると慌ててベッドから降りた。
早く。支度をして、カイラスに早く謝らないと。
「アイラ様、起きていらっしゃいますか?」
「リラ……!」
「失礼しま、きゃっ」
私はリラよりも先にドアを開け、驚かせているのも無視して華奢な手首を掴むと、彼女を部屋へと招き入れた。
「ど、どうされたんです?」
「わわわわ私やらかしちゃったの」
「……なにをです?」
「昨日の夜、カイラス様が話されていたのに寝落ちしちゃって……」
どうしよう、とリラに泣きつくと、きょとんと彼女は首を傾げたのち可愛く笑った。
「大丈夫ですよ。旦那様はそんなことで怒ったりされません」
「で、でも」
「先程お会いしましたが、笑顔で挨拶してくださりましたよ?」
「…………ほんと?」
「はい、本当です」
「…………よかった」
身体から力が抜けて、その場に座り込む。
リラが慌てたように私に駆け寄った。
「アイラ様! 大丈夫ですか?」
「うん、ホッとしただけ……」
「そんなことを気になさるなんて……アイラ様はカイラス様が大好きなのですね」
「……え?」
「え?」
二人して首を傾げる。ーー好き?
私は真っ赤になって「違う!」と無意味に手を振った。
「いや、失礼なことをしちゃったから焦っただけで。好きとか、そんなんじゃなくて」
「そうなんですか?」
「早く謝らなきゃって思っただけよ、」
目を泳がせながら伝えると、リラはにこやかに笑って私の手を引いた。
「でしたら、旦那様が出かける前に支度を済ませてしまいましょう!」
え、と思う間に、リラは湯の支度を始め、着替えるための肌着や下着、化粧道具まで取り出した。まだ十六歳だというのになんたる無駄のない仕事ぶり。
「今日はどんなお洋服にされますか?」
「えっと、私ここに来るのが急だったからそんなにドレスを持ってきていないの」
「まあ! それはすぐに旦那様にお伝えしないと」
「やっぱり先に服だけでも家へ取りに帰るべきだったわ……」
「いいえ、心配には及びませんよ。仕立て屋を屋敷に呼べば済む話ですから」
「……え、」
そこまでするの?
特別なものを作るわけでもないのに?
「髪はどうされます? 編み込みますか? アイラ様の髪色だとハーフアップも綺麗かもしれませんね」
「えっと、あなたに任せてもいいかしら?」
「本当ですか? 私頑張りますね!」
朝からなんという癒し。リラの笑顔が眩しい。
なぜそこまで髪型の知識があるのか聞けば、妹の髪をよく自分でアレンジしていたらしい。こんな姉がいたら絶対喜ぶ。
妹ちゃん可愛いんだろうな……姉妹揃って天使かよ。
「ドレスは髪型を決めてから選びましょうか」
「ふふ、それも任せるわ」
私が決めるよりも、きっとリラにすべて任せたほうがいい。そう思っておまかせコースにしたのだけれど。
支度している間、髪が綺麗だの肌が白いだの胸が大きくて羨ましいだのと褒めに褒められ、朝食を食べずしてお腹いっぱいになったのは想定外だった。
リラ、いい子にも程があるぞ。
「やはりハーフアップが可愛いですね」
「ありがとう。こんな髪型初めてだわ」
「少し大人びて見えるので、ドレスは落ち着いた色合いにしましょうか」
「そうね」
うんうんと頷いて、私はリラが選んでくれたドレスに着替えた。
これから作る際にはドレスのデザインも考えないといけない。婚約者があの容姿だ。最低限つり合うようにしないと。
今持っているドレスは若い子向けの物ばかり。
婚約する相手がまさかの四十過ぎたオジ様だなんて誰も予想できないだろう。知っていたら前もって作っていたのに。
いや、知っていたら婚約しようとは思わないか。
いきなりの顔合わせだったから、カイラスの容姿や優しさを知れて婚約を決めれたのだ。
第一印象って大事ね。うん。
「アイラ様、とってもお綺麗です」
「あ、ありがとう」
この屋敷にいると感覚が麻痺しそう。この屋敷の主人を筆頭に褒め殺ししかしないんだもの。なんて恐ろしい家。
私がいたって普通の容姿なのは自分でわかっている。騙されてはいけない。
けれど、いつもより大人びて見えるのは嬉しい。リラのおかげだ。
「では、朝食を食べに行きましょうか。旦那様もいらっしゃるはずです」
「ええ」
私は頷いて立ち上がった。
カイラスに会ったらまずは謝らないと。
会って数分で寝落ちだなんて、なんという失態。思い出しただけでも昨日の夜に戻れたらと思ってしまう。
溜息をついてドアを開けると、ちょうどノックをしようとしていたのか、カイラスが驚いた顔をして立っていた。
「やあ、ちょうど呼びに来たところだったんだよ」
「カ、カイラス様、おはようございます」
「おはよう、アイラ」
ま、眩しい……!
朝からなんという爽やかな笑顔。
「よく眠れたかい?」
「え、っと……」
「ん?」
「昨日はごめんなさい、せっかく来てくれたのに寝てしまって……」
「……ははっ、そんなことを気にしていたのかい?」
リラの言うとおり、カイラスはなにも気にしていなかったようだ。ホッとすると同時に、なんだか無駄に心配して損したなという感情に襲われる。
「アイラは本当に可愛いね……」
朝から可愛い頂きましたー。
言っておくが、昨日の今日で耐性なんてついてないからな。
私は目を泳がせると恥ずかしさから俯いた。
「それに、今日は一段と綺麗だ。髪型も似合ってるよ」
このイケオジを誰か止めてくれ。
流れるように頭にキスをして、仕上げとばかりに頬にまでキスをして。ぷるぷると震える私を見ながら、カイラスは怪しく目を細めると「我慢できたね?」と楽しそうに囁いた。
な、殴ろうと思ったら殴れたんだからなぁ!
もはや負け犬の遠吠えである。
「……朝から意地悪はやめてください」
「意地悪じゃないよ。私は愛でるほうが好きなんだ」
なるほど、朝から私を殺す気だな。
「キミが嫌がればしないよ?」
「は、」
今さら私任せにするのか。あれだけ勝手に触れておいて。あんぐりと口を開ければ、カイラスは「ん?」と、とぼけた顔をした。
なんて男だ。なんてずるいーー。
「可愛いね、アイラ?」
「……っ」
キッと睨めば、カイラスは「怒ったかい?」と平然と聞いてきて。ああ、勝てる気がしない。
私は深く息を吐くと、カイラスの手を掴んで「お腹空きました」と品もなく告げた。
それでもカイラスは余裕を見せて「ああ、一緒に食べにいこう」とはにかむものだから、ひたすら落ち込んだ。
いつか焦った顔が見てみたい。
私がいい女になれたら、もっとカイラスのいろんな顔が見れるのだろうか。
「どうかした?」
「いいえ、なんでもありません」
やはり、前途多難。求める先は遠そうだ。
今後も書けたら予告なくサクサクあげていきますん。
評価&ブクマをしてくださった方、ありがとうございます。
趣味全開だったけれど、楽しんでくれてる方がいると思って続き書けそうです。感謝。