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 誰か嘘だと言ってほしい。

 目の前で、溢れる色気を撒き散らしながらにこやかに笑っている男が私の婚約者だなんて。


「初めまして」


 耳に届いたバリトンボイスに、身体がぶるりと震えた。な、なんという良い声をお持ちで。

 見た目を裏切らない声に「完璧かよ」と思わず言いたくなった。


「アイラ様は甘いものはお好きですか?」

「え、あ……はい、好きですけど」


 ーーけど、なんだ。

 どうしよう、動揺がなかなか収まらない。

 だって、いきなり父から新しい縁談の話が出て、相手が受けてくれたから今すぐ家に行けと追い出され、私は用意されていた新しいドレスを見に纏い相手の家へとすぐさま送り届けられたわけだが。


 え、詳しい説明は? ありませんでしたが?


 屋敷に着いて、まず私が抱いた感想は「でけぇ」の一言で。

 大きな屋敷に圧倒されながら、執事に部屋へと案内されると、しばらくして現れたのがこの気品と色気が溢れまくりな超絶美丈夫な男で。

 私はすぐにこの男が屋敷の主だとわかった。そして、自分の婚約者なのだということも。

 ははは、嘘だろどう考えても。


「よかったらこれを。甘いですよ」


 差し出されたお菓子に目が輝く。躊躇わず手を伸ばすと、小さく笑う声が聞こえて。


「ああ、すみません。素直だなと思っただけです」

「…………」


 恥ずかしいことこの上ないんですが。

 伸ばしていた手を私が引っ込めると、相手はすまなさそうに眉を下げて「どうぞ、召し上がってください」と薦めてきたが、笑われた手前易々と食べれるわけがない。

 それよりもまず、私は聞かなければならないことがあった。


「あの、お名前をうかがってもよろしいですか?」

「え?」

「父から、なにも聞かされていないので……」

「それは……、大変失礼しました。私の名前はカイラス・ビルウォードと申します」

「ビルウォード……?」


 ちょっと待て。ビルウォードってーー。

 私はその名前にとても聞き覚えがあった。なぜなら、


「まさか、サーシャ様の……」

「おや、姪を知っているんですか?」


 友人ですからぁ!

 私は頭を抱えたくなった。

 なんてこった。友人のおじが私の婚約者だと?

 次に彼女と会ったとき、私はどんな顔をすればいいんだ。笑える自信なんかないぞ。


「カイラス様は私の……婚約者、ですよね?」

「ええ、そうですね」

「なぜこのお話を受けたのです? 私は、ふさわしくないと思いますが……」

「それは、あなたが婚約破棄をされたばかりだからですか?」


 うっ。痛いところを突いてくるな、この人。

 カイラスを見るとなんとも読めない顔で笑みを浮かべていた。これが大人の余裕というやつか。

 生憎私はそんな余裕も愛想も持ち合わせていない。

 だから、婚約者を別の女に奪われてしまったのだろうかーー。


「すみません、不躾でしたね」

「いいえ、本当のことですから」

「……私がこの話を受けたのは、正直に言うとちょうどよかったから、でしょうか」

「ちょうどいい?」

「あなたは元婚約者といい別れ方ができなかった。そのせいで他の人との縁談もなかなか決まらなかったのでは?」


 なにもかもわかった上か。

 隠す気にもなれず私が頷けば、カイラスは長い足を組んでソファの背もたれへと身体を預けた。

 あまりに絵になりすぎて見とれてしまう。

 もう一度問いたい、この人は本当に私の婚約者なのか?


「私は周りから早く結婚をしろと口うるさく言われていましてね、相手を探していたんですよ。仕方なく」

「はぁ……。つまり私ならちょうどいい相手になると?」

「ちょうどいいというのは、あなたの境遇と私の境遇であって、あなたを軽く見ているわけではありませんよ」

「……でも普通に考えても私を選ぶのは理解できません」

「なぜ?」

「……カイラス様から見れば私なんて子供でしょう?」


 いくつ離れているのか想像もできない。見た目は誰が見ても美しく若く見えるけれど、なんとなく父よりも上じゃないかと思っていた。

 持っている雰囲気があまりに父と違いすぎて。会ってからずっとだだ漏れしている色気もそうだ。どう見ても女慣れしていそうな気がする。なるほど、だから結婚していないのか。

 ならばますます謎だ。この顔なら女にはまったく困らないだろうに、なんで私なんかを選ぶのか理解できない。

 私が首を傾げていると、カイラスが楽しそうに肩を揺らした。


「子供ねぇ……十八歳は十分大人だと思いますが。まあ、足りないところは自分の手で大人にするのも楽しそうですけど……ね?」


 ひえぇっ。たまらず私は両手で顔を覆った。

 私未成年。まだ未成年ですよ。なぜそんな流し目で色気のある声で仰るのか。しかも私相手に。

 言う相手間違えてる。絶対間違えてる。


「とりあえず二年、私の婚約者としてこの家に住みませんか?」

「……二年?」

「あなたがどうしても嫌だと言うなら、二年後に婚約を解消すればいい。その間あなたが望むことをしてあげますよ、私が」

「…………望むこと?」

「私はあなたと婚約をして周りを黙らせたい。さて、あなたは私になにを望みますか?」


 まるで誘うような言い草で。なんでもどうぞと言いたげに。

 カイラスはとても綺麗に微笑んだ。

 これは甘い罠だ。捕まればきっと逃げられない、そんな罠。

 それでも、私はなぜ手を伸ばそうと思えるのだろう。

 カイラスならーー、そんな期待を抱いてしまったからだ。

 女慣れしていそうなこの人なら、教えてくれるかもしれない。

 男性がどんな女性を求め、どんな女性なら結婚したいと思えるのか。

 

「だったら私を…………女にしてください」

「!」

「あの人が後悔するような、いい女に……っ」


 悔しさに拳が震えた。

 今さらこんな思いを抱いてどうするのだろう。失ったものを取り戻すことなんてできないのに。あの人はもう、別の人を選び、その人ものになってしまったのに。

 なにがいけなかったのだろう。

 私はその理由を今も理解できていない。

 だから、知りたかった。

 どうして、私じゃダメだったのか……。


「……いいでしょう」


 カイラスが立ち上がり、私の隣へと座った。

 目が合うと、大きな手が顔へと伸びてきて。綺麗な指が私の目尻に触れた。驚いて目を閉じると、なにかが頬を伝って。

 ーーえ、私泣いてる?

 落ちた雫に自分で驚く。唖然としてカイラスを見上げると、優しい顔で私を見つめていた。

 たまらず胸がときめいた。


「私が、二年間であなたをいい女にしてあげます。誰もが認めるような、いい女にね」

「……っ」

「知っていますか? 女性は愛でれば愛でるほど輝きを増す」

「愛でる……?」

「二年間、私はあなたの婚約者としてきちんと役目を果たしますから、安心してください」


 なにを?

 思わず聞きそうになった。

 それより距離が近すぎませんか。

 なにこの恐ろしい状況。我に返って今死にそうになっているんだが。

 たとえ好きという感情を抜きにしても、これだけの美丈夫が傍にいたら動悸がおかしくなっても仕方がないと思うの。

 おっさん相手にとかいったやつは同じ体験してみろ。不意打ちで死ぬからな。


「あと言っておきますが、二年間あなたは私のものとなりますので……それは、忘れないように」

「ひぇっ」


 耳元に囁かれた声音があまりにアレで、そう、アレだ。察しろ。別の意味でまた泣きそうになった。

 これは、もしかして頼む相手を間違えたのでは……?

 こんなお子様がこんな美丈夫に。なんてことを言ってしまったのだろう。大胆にも程がある。いや、バカなのか。バカだな、うん。

 今さら後悔しても遅いのだけれど。

 ちょっと待って。

 当たり前のように腰を抱いて額にキスをするカイラスを誰か止めてくれないか。

 ああ、そんなに愛おしげに見つめて。いや、もうこれ始まってるのか。カイラスはすでに婚約者を演じているのか。え、ガチでやってんの? いきなり本気過ぎないか。おい、腰の手よ止まれ。

 いい女になりたいと言ったが、ちょっといきなりハードルが高すぎてついていけないんですが。


「……アイラ?」

  

 まさかの呼び捨てに気が動転した私は、気がつけばカイラスの頬に容赦のない平手打ちを炸裂させていた。


 私のいい女計画はどうやら前途多難のようだ。







おねショタも好きだがイケオジ×娘も好きだ。

そんな長くならないかと思います。

サクサクと書けたらいいな。

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