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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月16日― 伝統と規則、あるいはその理由
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野外

 マリーシアが四阿の祠の前でじっと祈ること一時間――――冬の太陽はあっという間に空から降り始め、

彼女が気付いたころにはすでに村は薄暗くなり始めていた。


(そろそろ戻らなければ………しかし、どこに……?)


 祈ることで心はようやく落ち着いたが、イングリット姉妹の家や村長夫妻の家でしてしまった対立は、なかったことにはならない。

 この村に来てから迷惑をかけ続けてばかりの自分は、いったいどのような顔をして戻ればいいのか…………

とはいっても、この期に及んで安易な迎合のしたくない気持ちもあり、単に謝罪して素直に自分の非を認めることも、なかなかできそうにない。


 落ち着かせたはずの迷いが再び湧き上がってくるのを感じたマリーシアは、もう一度……たとえ夜の寒さに凍えても、きちんと自分の心に決着をつけるまで瞑想すべきかと考えた。

 しかし、この時間帯になって、なぜか四阿の外から大勢の人の声が聞こえてきた。


「いやー、今考えてみると、この村自体が野営地みたいなものですよねー。やっぱり都会っ子には刺激が強すぎるのかなー」

「でもリーズは、大きなお屋敷やお城の中よりも、ひろ~い大自然の中で伸び伸びできるほうが好き!」

「ふふっ、確かにリーズをずっと建物の中に閉じ込めてたら、病気になっちゃいそうだ」

「シェラが一緒にいてくれるなら大丈夫っ!」


「あれは……勇者様、それに村の方々も…………何を始めるのでしょうか?」


 四阿からひょっこり顔を出したマリーシアが見たのは、様々な道具や野菜などが入った籠を抱えながら村の中心に集まってくる、リーズとアーシェラを中心とした村人たちだった。

 一方でリーズも、四阿から顔を出したマリーシアを見つけるなり、昼食の時のいざこざが嘘だったかのように、満面の笑みでマリーシアに向かって手を振った。


「マリーシアちゃーん! お祈りは終わったー? えっへへ~、今日の夕飯はね、マリーシアちゃんの歓迎会も兼ねて、村の人たちみんなで一緒に食べることになったの! どう? 楽しそうでしょ!」

「なんとなく設置しておいた女神さまの像だけど、村ができて初めて役に立ってよかったよ。今日は料理も外でしようと思うから、ちょっと四阿の中を借りるけど、いいかな?」

「ええっと……」


 あれだけ失礼なことをしでかしたというのに、村人たちはマリーシアを恨むどころか、彼女を歓迎するための食事をセッティングし始めたのだった。

 マリーシアも、自分が嫌われても仕方ないことをしたという自覚があるので、改めて自分を歓迎するということに戸惑いを覚えた。しかし、誰とでも仲良くなりたい性分のリーズや、面倒見のいいアーシェラは、村人たちと話し合って、マリーシアを長い目で見ながら面倒を見ていくことに決めたのだ。


「マリーシアさん、朝食の時は私も少し大人げありませんでしたわ。私たちに私たちのやり方がある通り、マリーシアさんにも矜持があることを失念しておりましたの」

「ヤッハッハ! それにいい機会だから、私たちの村の「作法」を君にも教えておこうと思ってね!」

「神殿には神殿の流儀があったと思うが、ここでは私たちのやり方がルールだ。君のような神官にとってはあまりいい気はしないかもしれんが……王国にも『町には町の掟あり』と言うだろう? ま、そんな深く考えなくてもいい。今この村にある掟は「みんなで楽しく」くらいだからな!」


 村長宅での話し合いの後、リーズはマリーシアになるべく早く村に馴染んでもらうため、彼女の歓迎パーティーを行うことを提案したのだった。

 リーズが音頭を取ると、アーシェラをはじめ、同席していたミルカやレスカ、ブロスもすぐに動き始た。

 そして、せっかくなので各家庭から調理器具や材料を持ち寄って、村人全員でお祭りのようなことをやろうということに決まったのだった。


「しかし…………私はまだ、この村に滞在すると決めたわけでは……」

「もちろん、マリーシアがこの村でロザリンデの帰りを待つか、さもなくば明日シェマと一緒に山向こうに戻るかは自由だ。この村の雰囲気がどうしても合わないというのなら、僕たちは止めはしないよ。これは僕たちが勝手にやってることだし、なによりマリーシアに勘違いされたままなのはお互いに不幸だからね」

「そのかわりっ、今夜だけは細かいことはナシねっ! もし不満があったら、リーズにだけ言ってね♪」


 リーズとアーシェラはまるで父親と母親のように、優しい笑顔で、混乱するマリーシアを宥めた。

 昼食の時は、ついその場の勢いでリーズにも食って掛かったが、基本的に上下関係に非常に厳しい組織でずっと過ごしてきたマリーシアにとって、リーズに一々不満を申すのはなかなかできることではない。それをわかったうえで言っているのだから、リーズもやや意地が悪くなったものである。


「マリーシアちゃんは好きな食べ物はある?」

「いえ、私は……好物とかは考えたことはないです…………」

「じゃあ逆に、これだけは食べられないってものはあるかな?」

「それもありません……私たち神官は、女神さまから恵みを頂いておりますので、好き嫌いなどは…………」

「えっへへ~、じゃあ今日からマリーシアちゃんはリーズと同じで、ハンバーグとシチューが大好物になるようにしちゃおうっ!」

「そうと決まれば、今日も腕によりをかけて作ろうか」


 そうこうしているうちに、ブロス一家の手でいくつもの簡易調理場があっという間に組み立てられ、さらには村の中心にある円形の空き地に、材木の端材が積み上げられ、そこに火種が投げ込まれた。

 夕方になり、暗くなっていく村の真ん中に、煌々と燃え上がるキャンプファイヤーが出現したのだった。


「おーっ、これでまた更に野営っぽくなったねー! なんかもう、このまま天幕用意したい気分だ!」

「おぅ兄ちゃん、風情がわかるねぇ! よかったら早速一杯ひっかけねぇか?」

「作る楽しみは若者に任せて、俺たちはのんびりさせてもらおうぜ」

「いやー……俺も若者なんだけどねー……」

「まあまあ、シェマもお客さんなんだから、料理ができるまで()()()()の話し相手をしててよ。まさかお客さんに、おもてなしの料理を手伝わせるわけにはいかないからね」

「おう村長、言ってくれるじゃねぇか。覚えとけよ」


 各家庭が自分たちの自慢の料理を作り始める中、ブロスの父デギムスと、パン屋の親父ディーターは、どこからか丸太椅子を持ち出して、客人のシェマを早速酒の相手に誘っていた。

 シェマは心の中で「いいのかなーこれ」と思いつつも、かといって手伝うこともできないので、素直にご相伴にあずかることにした。


 一方マリーシアも、自分だけ何もしないということが我慢できないようで、何か手伝えることはないかと必死に聞いて回った。


「あのっ! 私も……私にも何かさせて下さい! ほかの方たちが働いているのに、私だけじっとしているのはむしろ苦痛なのです! それに、こう見えましても聖女様のお召し物も作っていましたので、料理には自信がありますから!」

「どうしよっかシェラ? マリーシアちゃんは歓迎の主役だし……」

「お願いしますっ! お料理ではなくとも、私にできることは何でもしますのでっ!」

「よし、だったらマリーシアは、子供たちに何か面白いお話を聞かせてあげてよ! もちろん、神様がどうとか硬いお話じゃなくてね!」

「え!?」


 ところがアーシェラから割り振られた仕事は、完全にマリーシアの想定外だった。

 しかし「なんでもする」と言った手前、彼女に拒否権はない。


「おやおや、神官さんのお嬢ちゃんがお話してくれるのかい? 楽しみだねぇ!」

『よろしくおねがいしまーす!』

「いいねー、キャンプファイヤーストーリーみたいだ! 俺も興味あるよー!」

「あ、あうあうあう………」


 こうして、あっという間に子供たちに取り囲まれたマリーシアは、リーズやアーシェラ、それに酒を飲んでいるシェマたちが見守る中で、キャンプファイヤーを背に、すべらない話をさせられることになった。

 とんでもない無茶ぶりに愕然とするマリーシア。

 調理場からにこにこ笑ってこちらを見ているアーシェラが、鬼か悪魔の類にしか見えなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しいように見せかけて締める所はきっちり締める、さすがは我らがカーチャンアーシェラさんやでー
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