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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月16日― 伝統と規則、あるいはその理由
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 リーズたちが村人たちと話し合いをしている頃――――重い足取りで村長夫妻宅を後にしたマリーシアは、再び村の中を歩いて回っていた。

 朝から村人たちと対立してばかりで心が荒んでいる彼女は、精神の安定を求めて神殿でお祈りをしようと思い立ったのだが、勿論この村にはそんな施設はない。


(貧しい村だとは感じていましたが、最低限の神殿すらないなんて……! 信じられません!)


 マリーシアが憤慨するのはある意味もっともなことで、この時代はよほどのことがない限り、どんな小さな村にも女神を祭る神殿があって、土着かあるいはほかの神殿から派遣されてきた神官が1名以上いることになっている。

 どちらかと言えば、規模が小さい村こそ神殿の存在は重要であり、コミュニティの医療や紛争解決、それに教育などを担うのはもっぱら神官の役目だ。

 また、神官たちは横のつながりが広いため、いざという時に神殿同士で情報のやり取りをすることもある。そのため、大都市で逃亡犯罪者や行方不明者が出たりすると、神殿の情報網で行先を追うことも可能となるのだが…………最近は王国の神殿と地方の神殿が不仲のせいか、勇者リーズの行方が分からなくなるほどの機能不全を起こしているのも事実である。


 ともあれ、この村のどこを探しても神殿がないのは事実なので、マリーシアはせめてお祈りができる場所を探すことにした。

 神殿という施設はなくとも、お祈りをささげる場所すらないというのは、流石に考えられなかったからだ。


 マリーシアは、イングリット姉妹の家の近くに新しい家を建築している男性を見つけた。

 そこにいたのは、ブロスの父親のデギムスで、彼はエノーとロザリンデに頼まれた新居を作っている最中だった。


「あのっ、少しお尋ねしてもよろしいですか?」

「おう、昨日運ばれてきた神官の嬢ちゃんか。どうした?」


 梁の上にまたがり、トントンと威勢のいい音を立てながら屋根板に釘を打つデギムスは、マリーシアの小さい声を聞き漏らすことなく、首だけを彼女の方に向けた。


「私……女神さまに祈りを捧げたいのですが、どこかに場所はありませんでしょうか?」

「お祈りねぇ! 神官さんは仕事熱心だなぁ! あいにくこの村には神殿はねぇが、村の中心の四阿(あずまや)に小さい祠があるから、見に行ってみな」

「ありがとうございます……」


 教えてくれたデギムスに、マリーシアはきれいに頭を下げて礼を言うと、すぐさま踵を返して村の中心に向かった。

 村の中心の四阿は、村でちょっとした集まりがある際の集合場所としてよく使われるが、その中にひっそりと女神の像が祀られた小さな祠がある。

 いくら神殿がないとはいえ、やはり精神的に何かあったときに祈りを捧げる場所は必要なのだろう。


 土で固められた広場の真ん中にぽつんと佇む四阿にマリーシアが顔を出すと、そこにはすでに先客がいた。

 薄緑色の髪に、やや背が低めの男の子――――パン屋見習のティムだった。

 驚いたことにティムは、今まさに祠の掃除を行っている最中で、祠の中に安置されている石製の女神像を、水で濡らした布で丁寧に汚れを拭き取っているところだった。


「……失礼します。女神さまのお住まいをお掃除されているのですね」

「ん? 君誰?」

「昨日からこの村で療養をさせていただいております、王国中央神殿聖女様付き神官のマリーシアと申します! このような辺境な村にも、貴方のような清い心の方がいらっしゃったこと、感謝いたします!」

「清い……心? 俺が……?」


 どうやらマリーシアは、女神像を丁寧に拭いているティムを見てようやくこの村で自分と同じ敬虔な心の持ち主を見つけたと勘違いし、勝手に親近感を持ってしまったようだ。

 一方のティムは、初めて見る女の子が掃除中に突然入ってきて、感動のまなざしで自分の手を握ってきたことに、困惑と照れで顔を少し赤くしてそっぽを向いた。


「な、何か勘違いをしてるのか知らねーけど…………俺は敬虔な信徒でもなんでもねーよ。祠の掃除をしてるのも、たまたま俺が当番だっただけだからな」

「えっ!?」

「えっ……じゃねーよ。初対面のやつに、いきなり勝手な印象を押し付けるとか、失礼にも程があるだろ」

「失礼…………私が……その、申し訳ありません」


 マリーシアがティムに抱いた第一印象は見事に勘違いであり、しかもそれを失礼と言われたことに、彼女は相当堪えたようだ。

 マリーシアは申し訳なさそうに深々と頭を下げるも、ティムは「どうでもいい」とばかりに、またぶっきらぼうな態度になり、祠の掃除を再開した。


「もういいよ。神官さんだからお祈りに来たのかもしれないけど、掃除が終わるまでもうちょっとだから、少し待っててくれない?」

「あ、あのっ! もしよろしければ私もお手伝いを……」

「いや結構、これを拭いたら終わりだから。…………ほら、あとは好きなだけお祈りなりなんなりすればいい」


 ならば神官として、せめて掃除の手伝いをと申し出たが、ティムはあっさりと断り、さっさと掃除を終えてしまった。

 先ほどからのティムの態度は、聖職者に対する尊敬とはかけ離れている…………しかし、マリーシア自身が今まで村人たちに同じような態度をとり続けてきたのもあって、文句を言うことはできなかった。

 彼女が呆然としている間にも、ティムはテキパキと掃除用具をまとめて、帰って行ってしまった。彼に対しても言いたいことは山ほどあったのだが、ティムのつっけんどんな態度に圧されて、何も言うことができなかった。


「いえ……今は、静かに祈りを捧げましょう。今の私は、心が乱れています…………」


 ティムがいなくなり、一人きりになった四阿の祠の前で、マリーシアは床に跪いて両手を組んだ。

 そして、心の中でひたすら女神と自分自身の心に、様々なことを問い続ける。


 冬の屋外は、北と東の山から吹き下ろす風が冷たく、石畳の床はまるで氷のように冷たい。

 イングリット姉妹から借りている服の上に、これまた借り物の皮のコートを着ているとはいえ、その寒さは骨身に染みることだろう。

 それでもマリーシアは、決して弱音を吐くことなく、黙って微動だにせず、祈りを捧げ続けた。


 と、祈り始めてからしばらくして、マリーシアは背後から何者かに声をかけられた。


「ねぇ君……」

「……? あなたは、先ほどの……?」

「そんな冷たい地面の上でお祈りしたら、また具合悪くなっちゃうでしょ。これ、貸してあげるから、使い終わったら返してね」


 掃除を終えて帰ったはずのティムが、床に敷く布と、風よけの天幕、それに毛糸でできたマフラーをもってきてマリーシアに貸し与えたのだった。

 あんなぶっきらぼうだった少年が、これほどまでに徹底した気遣いをしてくれるとは思わず、マリーシアは逆に慌ててしまった。


「え……えっと、そんなっ! 私のためにこんなものを用意していただけるなんて…………そのっ、ありがとう、ございます!」

「……勘違いすんなよ。俺はただ、お前がまた具合が悪くなったら、村長さんやリーズさんが困ると思っただけだ。そんなことより……使い終わったら、ちゃんとパン屋に返しに来いよ」


 そう言ってティムは、すぐに顔を背けて踵を返し、早歩きで帰って行ってしまった。

 そんな彼の後姿を、マリーシアは少しの間ポカーンと見つめていた。


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