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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月1日― 村を飛び出して
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解体

「助けてくれてありがとう…………そして、おかえり、テルル」


 ミーナが嬉しそうに両手を広げると、巨大羊――――テルルは、ミーナの身長と同じくらいある顔を、ゆっくりと控えめにこすりつけた。

 仲が良かった羊であり、魔獣となっても彼女らに味方するほどの理性が残っているとはいえ、姿かたちが大きく変わり、一軒家よりも大きくなってしまったテルルを、怖がることなく受け入れたミーナは、非常に肝が据わっているようだ。

 現にアーシェラは、テルルがミーナに危害を加える心配がないことが確実になるまで、ずっと警戒を怠らなかったほどだ。


「ふぅ……よかった。魔獣になっても、ミーナのことを覚えていてくれたんだ」

「これもミーナちゃんが最後まであきらめなかったおかげだねっ! テルルもすっかりたくましくなったし!」

「あ、あたしはまだちょっと怖いんですけど…………なんというか、瘴気の匂いがしますし」

「あらあらまあまあ、テルルちゃんったら、迷子になった後ミーナのところに戻りたくて、気合で瘴気に適応しましたのね」


 だが、テルルに敵意がないとはいえ、瘴気を大量に摂取してしまった魔獣であることには変わりはない。

 テルルの体からは、まだ人体に有害な瘴気があふれているので、まずはこれを何とかしなければならないだろう。


「えへへ~、おおきくなったねテルル♪ ナデナデするとちょっと痺れるけど……」

「あら、このままだと体に残った瘴気でミーナが具合が悪くなってしまいますわ。私がテルルを解呪しますから、リーズさんたちは倒した魔獣の解体をお願いしますわ」

「う、うん…………でも、解呪しちゃったらテルルが動けなくなったりしないかな?」

「まあ、おそらく問題ないでしょう。私もそれなりに瘴気を吸収した魔獣を見てきましたが、瘴気の代わりに食べる餌の量が爆発的に増えるだけですわ」

「それはそれで問題な気もするけどね。まあいいや、テルルのことはミーナとミルカさんに任せるよ。その間に、僕たちは倒した魔獣の解体だ」


 瘴気の力でパワーアップした魔獣を解呪したら、そのまま衰弱してしまうのではないかと心配になるリーズだったが、ミルカの経験によれば、それなりに弱体化はするが生命維持の観点からは問題ないそうだ。

 せっかく戻ってきたテルルを、危険だからという理由で処分したり追放したりせずに済むならば、餌の問題くらいは甘んじて受け入れられる。


 ミルカがテルルの解呪を行う間、リーズとアーシェラ、それとフィリルは、倒した魔獣の解体に全力を注いだ。

 特に、ボスの巨大サルトカニスの毛皮は、今までに得た魔獣素材の中でも別格の値が付くことは間違いなく、ロジオンに一声かければ、よだれを垂れ流しながら雪が積もった旧街道を全速力で突破してくること請け合いだ。

 だが、それと同時に解体方法を一歩間違えれば、金貨数十枚単位で価値が変わってしまう。

 魔獣の素材も、ただ単にベリベリと剥ぎ取りをすればいいというものではないことは、赤貧の冒険者時代を過ごしたリーズたちが身をもって知っている。


「首からしっぽまでの、お腹の正中線…………この辺でしょうかね? あたしもこんなに大きな狼を捌くのは初めてですっ……………。うぅ、こんなときにセンパイがいてくれれば」

「落ち着いて、フィリルちゃん。ゆっくりでいいからね」

「さすがに硬いね…………これは久々の大仕事だ」


 ボス魔獣の表皮は比較的柔らかい腹部でも、フィリル愛用の切れ味鋭いナイフが通らないほど固く、アーシェラからかけてもらった強化術なしではひと傷もつかない。さらに、素材を最大限に生かすためには、腹部の正中線を1ミリも狂わずにまっすぐ捌く必要がある。

 力持ちのリーズが胴体を固定している間に、緊張のあまり真冬なのに汗だくになっているフィリルが慎重に刃を入れていく。

 その間にアーシェラは、頭部を剥製にするために、手早く()()の処理に移る。

 こちらも瘴気を大量に摂取しているうえに、人体に有害な寄生虫が大量にいる可能性があるため、大量の真水で洗い流しながら手早く解体作業を行なわなければならない。


「なかなか……難しい、ね……シェラっ。こんな時に『解体名人』のスピノラさんがいればなぁ」

「お、スピノラさんのことを覚えていたんだね。確かに、彼がいればこれだけ巨大な獲物でも、魔法のようにきれいに解体できるんだろうな」

「あの~、リーズ様、村長。その、スピノラさんって人は?」

「リーズたちと一緒に魔人王討伐の旅で活躍した仲間よ。ちょっと怖い目つきの人だったけど、とっても仕事熱心な人だったわ」


 今名前が挙がったスピノラという人物は、勇者パーティーの2軍メンバーの一人であり、全メンバーの中でも最年長であった。

 元々は平民出身のプロの冒険者だったが、『解体名人』の異名の通り、魔獣の素材を解体する技術は文句なしの世界一であり、どんなに解体が難しい素材だろうと、いともたやすく完璧に剝ぎ取ってしまう。

 リーズたち一軍メンバーが敵の魔獣を蹴散らした後に素材収集を行うのは、もっぱら彼とその仲間の仕事であり、パーティーの財政を賄っていたアーシェラにとって非常にありがたい存在であった。

 もしスピノラがこの場にいたのなら、この巨大なサルトカニスの解体もあっという間に終えてしまうだろうが、今この場にいない以上はリーズたちだけで頑張るしかない。


「リーズさん、村長、こちらは解呪が終わりましたわ。はぁ…………さすがに少し疲れました」

「ありがとうお姉ちゃんっ! みてみてリーズお姉ちゃん、テルルもやっときれいになったよっ!」

「お疲れ様ミルカさん。ミルカさんが全力を出したのは久しぶりだろうし、しばらく休んで構わないよ」

「わぁっ! 泥だらけだったテルルも奇麗になったねっ! でも、ちょっと……いや、けっこう縮んだ?」


 戦闘終了から数時間後、イングリット姉妹がテルルの解呪と汚れた体の汚れ落としを終えて戻ってきた。

 普段サボってばかりいるミルカがここ数日ずっと全力を出しているため、明らかに疲労の色が濃い。それでも、残っている力を振り絞って、脱走した羊の為に献身しているのはさすがといったところ。


 一方で、瘴気が解呪され、体中についていた汚れを落とした羊のテルルだったが、先ほどと比べ明らかに背丈が縮んでいた。

 とはいえ、それでもまだ一軒家に丸ごと収まるかギリギリの体長はあるものの、巨大サルトカニスより小さくなってしまっていたのだ。

 この急激な変化に、流石の勇者リーズもびっくりしていたが、この先羊小屋に収めることを考えると、巨大すぎるよりいいのかもしれない。それに、今の大きさでもミーナを背に楽々と乗せることができる。もしかしたら、今後は騎乗用としても活躍できるかもしれない。


「村長の方は、解体はすべて終わりましたか?」

「いや……残念ながら、数が多すぎて解体用の刃物が全部だめになった。それに、僕もそろそろ術力の枯渇で、貧血のような兆候を感じている」

「もったいないけど、これ以上はシェラもフィリルちゃんも限界だから、解体できなかった分は火葬するよ」

「うぬぬ………本当に悔しいですっ! もっとナイフいっぱい持ってくるべきでしたっ!」


 サルトカニスは、肉は食べられなくとも、毛皮や爪、牙はそれなりにいい素材になる。

 できるならばすべて無駄なく持ち帰りたいところだったが、強化術で無理やり鋭化させたナイフは、固い魔獣の皮膚を割いているうちにあっという間にボロボロになり、フィリルも疲労で腕がほとんど動かなくなっていた。

 この状態で魔獣の遺骸を放置していると、また新たな魔獣が血の匂いに誘われて襲撃してくる可能性があるため、リーズたちはやむ終えず倒した魔獣たちの遺骸を積み重ね、その上に瀝青と油を混ぜた燃料を掛けて焼却した。


 殺風景な冬の大地で、北風に揺られた黒い煙がもうもうと立ち上る。

 それは、大規模な探索の最後の締めくくりとしては少し寂しい光景ではあったが、

仲間全員が無傷だったこと、それになにより行方不明だったテルルが見つかった喜びは、何物にも代えがたいものであった。


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