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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月1日― 村を飛び出して
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 ジュレビの町の中心を解呪する前に、リーズたちはアーシェラの先導で、中心から少し北に行ったところにある小さな島に渡った。

 そこは石畳の道すら通っておらず、朽ちた木の橋と、いくつかの崩れた家の跡が残っていたが、アーシェラはその中にある一件の廃墟に足を踏み入れた。


 解呪されたばかりで、草木の一本も生えていない小さな島に佇む、何の変哲もない一軒の家――――末席とはいえ、勇者パーティーにその名を連ね、あまつさえ勇者と結婚した男の生家というにはあまりにも質素だったが、そんな家で生まれた平民が、歴史に名を残すことが確定するような活躍を見せたのだから、世の中分からないものである。


「間違いない…………幼い頃僕は、ここに住んでいた。かなり昔のことですっかり忘れていたけれど、ようやく思い出した」

「ここが、シェラの生まれた場所…………」


 アーシェラが感慨深そうに周囲を見渡すと、彼の脳裏に、微かに幼少の頃の記憶が戻ってきた。


「家の周りは豊かな水に囲まれていて、近所の島の子供たちと一緒にあちらこちらで遊んでいたっけ。あまり覚えていないけど、あの頃は本当に平和で、将来の心配なんてこれっぽっちもしていなかった。僕が5歳を過ぎるまでは、ね……」


 アーシェラがなぜ、今まで自分の生家がどこにあるのかを忘れていたのか……

 すでに21歳となった彼は、既に子供の頃の記憶自体が薄れつつあるのも確かだが、

それ以上に、魔神王の復活によりカナケル地方全体が壊滅し、命辛々山向こうの国に逃亡し、

明日をも知れぬ窮乏生活を送った記憶があまりにも辛かったので、そのことばかりが記憶に残っていたのだろう。


「ジュレビの町には、よく母さんと買い物に行っていた。石畳の大通りに広がる市場の光景は、かすかに僕の頭の中に残っている。だから、あの町の廃墟を見て、僕は胸騒ぎを感じていたんだろうな」

「そうだったんだね……。リーズはてっきり、シェラが疲れて辛いのかと思っちゃったけど、懐かしい気持ちでいっぱいだったんだね」


 記憶は完全に戻ったわけではなく、いまでもうっすらとしか覚えていないことも多い。

 けれども、平和な世界が一転して地獄に変わったあの日から十数年、アーシェラはようやく故郷に戻ってくることができたのだ。

 残っているのは荒れ果てた家の形と、すべてが失われた湿地帯だけだが、

それでも自分が生まれた土地というのは、自然と特別な感情がわいてくるものだ。


「リーズも、ここに来れてよかった。また一つ、シェラのことを知れたのが、すごく嬉しい♪」

「もしかしたらこれも、テルルの導きなのかな?」

「テルルはまだ亡くなったと決まったわけではないですが、珍しく説得力がありますね。このあたりは羊毛の産地でもありましたし」

「ねぇシェラ、せっかくだから今日はここで野営しよっ! たくさん動いたし、獲物の下処理もしなきゃならないし…………なによりシェラの小さい頃のお話、もっと聞きたいなっ!」

「あたしも賛成です! 村長の生まれ故郷で野営できるなんて、めったにないチャンスですからっ!」

「ふふっ、そうだね。僕も一度、沸き上がってきた記憶を整理したい。魔獣との戦いもあったことだし、この場所で休んでいこうか」


 こうして、リーズの提案により、アーシェラが生まれた場所の跡地で野営することとなった。

 ベースキャンプと違い、しっかりとした設備や道具を用意することはできなかったが、それでも彼らはあらかじめこうなることを見越して簡易式のテントや調理器具を荷車に積んできた。

 荷車があると、湿地帯を渡る際にとても手間取るので、前日まで置いてきた方がよかったかなとも思っていたが、なんだかんだで撃破した巨大魔獣を丸ごと運ぶことができたので、持ってきて正解だったようだ。


「そういえば今まで聞いたことがなかったけど、シェラのお父さんとお母さんってどんな仕事をしていたの?」

「父さんのことは母さんから聞いたことしか知らないけど、町の官吏(※警察官)だったらしい。母さんは服屋の下職をしていて、ほぼ一日中縫物をしていたみたい。僕が山向こうに避難した後も何とか生きていけたのも、母さんが縫物を出来たおかげだった」

「うふふ、村長が家庭的なのは、お母様の影響なのですね」

「まぁ、それもあるかもしれないね」


 廃墟のがれきを片付け、瘴気の影響を排除する結界を張るための使い捨ての術式を四方に張り、リーズたちは一時的に作られた安全地帯で体を休めていた。

 壁がまだそれなりに残っているので、冬の冷たい風もある程度防げるようになり、竈の跡に火を灯せば、野外キャンプなのにそこそこ快適な空間が出来上がった。


「むにゃ、羊さんが………1匹…………ひつじさんが、にひき……」

「くかー、くかーっ」

「ミーナちゃんもフィリルちゃんもお疲れ様…………もうすぐ家に帰れるからねっ」

「ふふふ、ミーナったら夢でも羊飼いのお仕事をしているのですね。私もよく()()の夢を見ますので、やはり私たちは似た者姉妹なのでしょうね♪」

「ミルカさんの仕事って、釣りだよね……」


 そしてミーナとフィリルは、ここ数日間の探索や、午前中の魔獣との戦闘の緊張が解けたからか、二人でミルカに寄り掛かって、すやすやと寝息を立てている。

 平気な顔をしていても、やはりこの年頃の子供には少々過酷な冒険だったのかもしれない。


「でもなんだろう…………やっぱり、ちょっと寂しい光景だよね。魔神王が滅ぼすまでは、きっと綺麗な光景が広がっていたんだろうなぁ。そうしたら、きれいな湖のそばで緑に囲まれた家に住むのも素敵だと思う。きっと魔神王が復活しなければ、今頃シェラは…………」

「何事もなく平凡に暮らしていたかもしれないね」


 かつてここに住んでいたアーシェラは、魔神王に滅ぼされる前の景色を知っているが、はじめてこの地を訪れたリーズは当然見たことがない。

 リーズの目に映るのは、どこまでも広がる湿地のぬかるみと、草木がほとんど生えていない荒れ果てた土地だけ。寂しいと思う光景も無理はないだろう。

 けれども、アーシェラがリーズと出会うことなく、この地で平凡な人生を送ると想像するのも、それはそれで寂しい気がした。

 二人は魔神王の災厄があったからこそ出会い、名を高めることができたわけで、それがなかったら顔を合わせることすらなかったかもしれない。


「ま、でも僕は冒険好きな性分だから、平和な世界でもどこかに旅に出て、そこでリーズに一目ぼれしていたかもしれないね」

「えっへへ~、シェラもそう思う? リーズの家は平和だったけど、それでも家を飛び出してきたし、やっぱりリーズとシェラは結ばれる運命なんだよっ♪」

「あらあら、相変わらずごちそうさまですわ。私はむしろ、世界有数の釣り天国を滅茶苦茶にした運命を大いに呪っていますのに」


 そんなことを話しながらのんびり過ごすアーシェラは、ほんの少しだけあの頃が戻ってきたような気がしたものの、それは気のせいだと心の中で一蹴した。


 失ったものはもう二度と戻ってこない。

 しかし、新しく手に入れたものも多い。

 ならば失ったものに執着するよりも、今その手にある物を大切にした方がいいに決まっている。


「シェラっ! いつか絶対に、綺麗な湖がある街をつくろうねっ!」

「そうだね、リーズ。僕の中の思い出の町にも負けないような、きれいな街を作ろう」

「うふふ、まるで子供を作るみたいなノリですね♪ そういえば、アイリーンさんから聞いた話では――――」

「アイリーンから何を聞いたのか知りませんが、今この場でその話をするのは勘弁していただきたいのですが…………」


 ミルカの茶々に、アーシェラとリーズは思わず顔を赤くしてしまった。

 今の彼らは疲労以上の何かをためているのだから、そのような話はご法度である。


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― 新着の感想 ―
[一言] アイリーンさんから聞いた話ではってフラグ立ってる。 まさかご懐妊?
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