遺跡 Ⅱ
上空から襲撃しようとしてきた巨大魔獣は、イングリット姉妹の活躍によりすぐさま撃破された。
これでもう、瘴気発生源の破壊を邪魔するものはいない。
「リーズさん、こっちは片付きましたわ。魔神王の爪の破壊をお願いします」
「まかせてっ! シェラ、リーズに魔よけの強化をつけて!」
「よしきた!」
アーシェラはリーズに頼まれて、瘴気や状態異常の影響を一時的に受けなくなる強化を施した。
持続時間は2分ほどしかないが、リーズにとってはそれだけあれば十分だ。
「はぁっ!!」
アーシェラの強化術で白く発光するリーズは、掛け声とともに闘気を全開にして、広い石畳を猛スピードで駆け抜ける。リーズの走るスピードはすさまじく、残像すらできるほどだった。
いや、残像が残るだけではない。なんと、魔神王の爪に斬りかかる瞬間に、リーズの残像が5体それぞれ違う方向へと飛んだ。
剣閃が白い筋となり、巨大な濃紫の鉱石の表面を無数に走る。
そして―――――最後にリーズがとどめの一閃を放ち、きれいに着地を決めた瞬間、ビルの如く悠然と聳えていた魔神王の爪は、白い線に沿うように粉微塵となり、ガラガラと音を立てて崩壊した。
世界最強の剣士リーズの世界最高の剣技に、アーシェラたちはただただ見とれていた。
「す、すごい…………リーズ様の本気、初めて見ましたっっ!! あたし、感動ですっ!」
「普通の武器ではヒビを入れるのですら至難な魔神王の爪を、こうもあっさりと…………うふふ、リーズさんがいてくれて本当に助かりましたわ」
「よくやったリーズ! これで……これでっ!」
アーシェラが何かを受け止めようとするように両手を広げると、すぐに一仕事終えてきたリーズが抱き着いてきた。
「シェラーーーーーーーっ!! えっへへ~、リーズやったよっ!!」
「おっとと! おかえり、リーズ」
きっと魔神王と倒したあの日も、こんな風にアーシェラに甘えてほめてもらいたかったのだろう。
今では咎める人は誰もいない。仲間たちも、我も我もとリーズと抱き合い、ハイタッチを交わし、健闘を称えあった。
仕草が子供っぽいのは否めないが、今はそれが彼女の魅力の一つになっていた。
「やったね、リーズお姉ちゃん!」
「ありがとっ! ミーナちゃんもあんな大きな魔獣相手でも立ち向かえるなんて、すごいじゃないっ! ミーナちゃんも「勇者」を名乗っていいと思うよっ!」
「えへへー、テルルを襲ったのがこの魔獣かはわからないけど、でもなんだかテルルが勇気をくれた気がして」
「この魔獣って、いわゆる『変異体』ってやつですよね。やっぱあの魔神王の爪が発する原因だったんでしょーか?」
「ええ、まず間違いありませんわ。おそらくこの個体は、偶然にも瘴気への適性が高かったのでしょう」
「そして…………より餌を多く得るために、ほかの魔獣の縄張りを荒らしまわり、その結果…………サルトカニスの集団が飢えてしまったということか。魔獣は魔獣で、苦労しているのかもしれないね」
先ほど倒した巨大なストレコルヴォのような、一般の魔獣が何らかの急激な変化を起こしたものは、俗に「変異体」と呼ばれており、リーズたちも冒険者時代に依頼で撃退したこともあるし、魔神王討伐の戦いでは、邪神教団によって変異させられて操られた魔獣と何度も交戦したことがあった。
リーズとアーシェラが結婚する前……ミルカやブロス夫妻と初めて釣りに行った際に、渓流で釣りあげた川の主もそうだったが、強力な変異体が現れるとそれだけで周囲の生態環境を大いに乱してしまう。
魔獣の起源や生態については、まだ調査が進んでおらず、謎がとても多いが、どうやら人間を含むすべての生物は個体によって瘴気への影響が異なると考えられている。
ミルカの言うように、巨大ストレコルヴォもまた偶然にも瘴気に適応しやすい個体だったようで、衰弱するどころかむしろパワーアップしまったのだろう。
ともあれ、湿地帯の中心部で瘴気を発し続けた魔神王の爪はなくなり、魔獣たちの異常な行動の原因もつかめた。それに、羊のテルルの行方も…………確定的とまでは言えないが、ミーナがようやく割り切ることができた。
多少の危険は承知で、湿地帯の中心部まで足を延ばしたアーシェラの判断は、予想を大きく上回る成果を上げたのだった。
あともう一つ、はっきりしていないこともあるが――――――
「よしみんな、いったんお昼ご飯にしようか。みんな大活躍だったから、お腹空いたでしょう」
「太陽があそこってことは、もう正午すぎてたんだ!? いろいろ必死だったから、お腹が空いてるのも今気が付いた」
正午はとっくに過ぎていたので、5人は一度安全に休める場所まで戻って、そこで昼食を摂ることにした。
主なメニューは、またしても昨日森林で仕留めたイノシシ魔獣の肉のハンバーグだったが、今回はいくつかの塊を串にさして、焼き団子のように直接火であぶってその上から岩塩をかけて食べる。
中まで火を通すのに少々コツがいるので、普通に食べるより若干面倒くさいが、これもまた野外料理ならではの楽しみ方と言えるだろう。
なお、先ほど撃墜したストレコルヴォは、瘴気抜きをしなければならない上に、いろいろとした処理をする必要があるため、村に帰ってからでなければ食べられない。なので、今回はお預けだ。
「ん~、このお団子型ハンバーグもなんだか久しぶりっ!」
「この調理法はツィーテンが教えてくれたものでね。野外料理の知識は、結構あの人に教わったよ」
「へぇ! 通りであたしが知ってる調理法もあるなと思ったら、ツィーテン姉さんが村長様に伝授したんですねっ! なんだか少し誇らしい気分です。も、もしよかったら、今はいないツィーテン姉さんの代わりに、私も色々お話ししましょうか!」
「お、いいね! それは楽しみだ!」
「あらあら、野外料理は私も興味ありますわ。では今度、村でお料理の教えあいをしましょうか。私は魚料理の種類だけなら、村長にも負ける気がありませんわ」
「お、おねえちゃ~ん……そんなことで張り合わなくても…………」
彼らは焚火に当たって体を温めながら、和気藹々と昼食を楽しむ。
だが、リーズはまだアーシェラの表情がいつもの雰囲気に戻っていないのがわかった。
「シェラ……まだ何か心配事があるの?」
「それなんだけどリーズ、僕も確信がまだ持てないけど、今思うと一つだけ思い当たる節がある」
そういってアーシェラは、携行した茶を一口啜り、心を落ち着かせるようにふーっと長い吐息を出した。
冷たい空気に触れた熱いため息が、白い湯気となり消える。それと同時に、わずかに残る迷いも霧散したようだ。
「ここはおそらく……………僕の生まれ故郷だ」
「シェラの生まれ故郷!?」
思いにもよらないアーシェラの言葉に、リーズは久々に心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。




