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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月1日― 村を飛び出して
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夜営

 探索初日の瘴気解呪作業は予想以上に順調に進んだ。

 魔獣との遭遇もあまりなく、術札も使った五人体制での作業で、日中のうちにかなり広範囲の土地から瘴気を排除することができた。

 おぞましい紫の霧と、臭気を放つ毒の沼は、解呪の術を使うことでみるみる自然の色を取り戻し、澄んだ空気とぬかるんだ湿地だけが残る。

 残念ながら草木は枯れたままだったが、半年もすれば呪いが抜けきって、元の姿を取り戻すことだろう。


「あ~今日はとってもスッキリした気分っ! まるで家の大掃除をした後みたいっ!」

「いやー、新鮮な空気が吸えるっていいですねっ! あの腐った卵みたいな臭い……染みついて取れなくなったらどうしようかと思いましたよー」

「これでまた先に進めるね、リーズおねえちゃん。明日ももっとがんばりましょっ!」


 日が沈む前にベースキャンプに戻った5人は、焚火に当たりながら、一日の疲れをいやしつつ互いの労をねぎらう。

 アーシェラも早めに食事を用意したらしく、西の空が赤く染まり始めるころに、少し早い夕食を食べることになった。


「リーズもフィリルも、それにミーナとミルカもお疲れ様。今日も寒くなりそうだから、体が温まるスープを作ってみたよ」

「あら、つみれのスープですか。やはり寒い日はこれに限りますね」

「えっへへ~、リーズもこれ大好きっ! でもなんか、いつもと香りが違う?」

「おっ、分かるんだねリーズ。探索のついでに、携行できる調味料の出来栄えも試したくてね」


 どうやらアーシェラは、また新しい料理の開発をしているようだった。

 こんな時でも料理への追及を怠らないアーシェラに、ほかの4人は関心しきりだったが、すぐにリーズの「いただきます!」という元気な声が聞こえたので、後を追うように「いただきます」とあいさつをして、食事を始めた。


「んっ! これはっ! ピリッと来たっ!」

「一応みんな辛いのは平気みたいだから、ちょっと辛めの調味料を加えてみたけど、どう?」

「はい、おいしいです村長さん! それになんだか、体がポカポカしてくる!」

「殺虫香草の味を抑えて、さらにそれを細かくしたのですね。なるほど、これを携行できれば、食品がより長持ちするかもしれませんね」


 ミルカの言う「殺虫香草」とは現代でいうところの唐辛子のこと。主に虫よけに使われる香草なのでそう呼ばれている。

 というのも、この世界の唐辛子はハバネロもびっくりの辛さを誇るため、直に食べるのは危険とされている。

 だが、地方によっては殺虫香草の辛さを抑える製法が存在し、それをアーシェラなりにアレンジして、イングリッド姉妹が用意してくれた魚のすり身に混ぜ、スープにしたのだった。

 程よくピリ辛のつみれは体温の上昇を促進し、寒い冬の野外で震える体には非常によく染みわたる。

 それに加えて、殺虫香草自体の効能も健在の為、食品がより長持ちするようになった。

 まさに冬の野外作業の為の一品と言っても過言ではないだろう。


「村長さんっ! あたし辛いの大好きなんです! この赤い奴もっと振りかけていいですか?」

「ああうん……ほどほどにね?」


 実は辛いもの大好きなフィリルは、逆にこれだけでは物足りないらしく、赤い粉のような調味料を躊躇なく一つまみしてスープが入った器にぶち込んだ。

 一口飲めば、フィリルの顔が一気にぎゅうぅっとしわくちゃになり、顔色も一気に赤くなって、発火するかと思えるほどになった。


「くうぅぅぅ~っ! これこれっ! キクうぅぅぅっ!!」

「だ、だいじょうぶ? なんかすごい辛そう」

「うふふ、世の中には熱狂のあまり、常人には理解できないこだわりを持つ人もいるのですわ、ミーナ」


 ミルカが言うとある意味説得力があるなと思いながら、リーズとアーシェラは汗だくになりながら嬉しそうな顔で激辛スープを頬張るフィリルを、温かい目で見守った。


 その後夜が更けて、交代で見張りをしながら眠る間も、特に襲撃に会うことなく平和に時間が過ぎた。

 時折遠くからオオカミの遠吠えや、魔獣の叫び声が聞こえたものの、ベースキャンプ周辺は近くの川の流れる音が聞こえるほど静かで、嫌な気配を全く感じることがなかった。


「ねぇシェラ」

「どうしたのリーズ」

「お月様、奇麗だね」

「そうだね…………もちろんリーズの方がきれいだけど」

「えっへへ~♪」


 日付が変わって数時間――――リーズとアーシェラが見張りをする時間の間、彼らは焚火の火を最小限にして、ぴったりと寄り添いながら夜空を眺めた。

 一つの毛布を二人で羽織り、マフラーも相合にして、冷たい風が吹く中でもお互いの熱でしっかりと温まることができた。


「シェラ……思ったんだけど、昨日はちょっとうまくいきすぎたかもしれない」

「僕も同じ考えだ。今は何もかも余裕があるけど、もって3日といったところかな。イングリット姉妹はもとより、フィリルも野外活動での辛さは理解してるはずだろうけど…………きっと今まで通りにはいかないんだろうな」

「だからこそ、先輩冒険者のリーズたちが頑張らないとねっ!」


 ハイキングのような探索に、遊びのキャンプのような野営。

 ほとんど冒険とは思えない順調さと気楽さで過ごしているものの、魔神王討伐という偉業を成し遂げた二人の思考はなかなかシビアだった。


 だからこそ、リーズは今のうちに目一杯アーシェラに甘えておきたいと思った。


「よろしくねリーズ」

「任せてシェラ」


 二人は、他の3人が寝ていることをいいことに、顔を寄せ合ってこっそりと唇を重ね合わせた。


 3人が寝ているテントが、一瞬ゴソリと動いた気がした。


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