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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月1日― 村を飛び出して
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冒険

 以前リーズたちが探索した「南西の湿地帯」ことジュレビ湖は、村のすぐ近くを流れている川の行きつく先でもある。

 ほとんど草木が生えていないが、比較的踏み固められた道を、リーズ達5人が台車を引きながら歩いていく。


「この辺は羊さん達が食べる草があまりないから、今まで来たことなかったな~。でもなんか、ところどころに建物の跡みたいなのもあるんだね」

「残っている資料によれば、昔このあたりはきちんとした道だったらしい。このあたりにも、もしかしたら人が住んでいたのかもしれない」


 ジュレビ湖周辺には、かつていくつもの町や村が点在していたと言われていることから、今開拓村があった場所にあった町も、川や街道で物流がつながっていたと考えられた。今ではその面影はほとんどないものの、時折風化した人工物や、石畳などがちょっとだけ見えることがある。

 村の周辺や東の草原、それに南の森といった自然が豊富な場所にしか足を延ばしたことがないミーナたちにとって、人工物が点在する風景は新鮮に思えた。


「カナケルがまだ繁栄を謳歌していた時代は、いったいどのような景色だったのでしょう」

「そして、その繁栄をたった数日で破壊した魔神王は、本当に驚異的な存在だったと思う」

「でもでもっ! リーズ様はそんな魔神王を倒したんですよねっ! もう凄いって言葉だけじゃ言い尽くせないですよっ!」

「えっへへ~、そうかな? なんだか照れちゃうねっ」


 勇者として戦っていたころのリーズは、毎日がむしゃらに生きていたので、文明一つを滅ぼした相手と戦っているという恐怖を感じる余裕すらなかった。

 今こうして魔神王がもたらした災厄の大きさを目の当たりにすると、リーズは改めて自分が倒した物の凄さを実感した。

 また、アーシェラにとって、魔神王は故郷を滅ぼした最悪の脅威であり、間接的に自分の両親の命を失わせた憎き仇でもある。それを打倒した愛するリーズへの感謝の気持ちは、もはや自分の人生を全て捧げてもまだ足りないとすら思う程だ。


「ん? どうしたの、シェラ? リーズのことをじっと見て?」

「あぁ……いやね、やっぱりリーズはいつ見ても可愛いなって」

「か、かわっ!?」


 アーシェラの突然の不意打ちに、リーズのみならず他の三人まで顔がボフンと赤くなった。


「う……う、うう、嬉しいけどっ、なんでいきなり!?」

「いや……リーズはこんなに可愛い女の子なのに、僕の故郷を丸ごと滅ぼした魔神王を倒してくれた勇者でもあって、その上奥さんとしてずっと傍にいてくれて、改めてリーズが居てくれてよかったなって思ったんだ。僕はもう一生リーズに足を向けて眠れないよ」

「そ、そんな……リーズだって、今こうしていられるのは、全部シェラのおかげだし…………えへ、えへへ♪」


 アーシェラからべた褒めの感謝の言葉をもらったリーズは、嬉しさのあまり、アーシェラをその場に押し倒してしまいたくなったが、イングリッド姉妹とフィリルがすぐそばにいるので、横から抱き着いて頬ずりする()()にとどめた。

 が、ほかの三人も、突然始まった恋愛劇に唖然としてしまい、特にまだ恋を知らないミーナとフィリルは「これが大人の恋愛か……」と意味もなく感心する始末。


「はやや~……わ、私も恋人が出来たら、こんな風に甘々になるのかなっ」

「……お姉ちゃん的には、ミーナにはもっと健全な恋をしてもらいたいわ」

「村で一番ラブラブなのはセンパイ夫婦だと思ってましたけど…………村長様たちもヤバイっすね」


 パーティーの主戦力である村長夫妻がいれば怖いものなしと考えていた三人だったが、別の意味で厄介な問題を抱えてしまったかもしれないとも感じたようだった。



 とはいえ、南西の湿地帯に向かうまでの道はとても順調だった。

 懸念していた魔獣との遭遇もせず、これと言って障害になる地形もなく、歩くこと4時間ほど――――かなり幅が広くなった川の行く先が、紫色の靄で包まれているのが見えはじめた。


「見てごらんフィリル。あれが瘴気に浸食された土地なんだ」

「うわぁ……一目見ただけでもヤバイってはっきりわかりますねっ! あんなところに足を踏み入れたら、具合が悪くなるどころの騒ぎじゃないですよっ!」

「この前は暗かったからよくわからなかったけど……たしかにギンヌンガガプも初めて見た時はあんな感じだったね」


 汚染された土地を初めて見たフィリルは、想像以上におどろおどろしい雰囲気に圧倒され、リーズも魔神王討伐の時以来の光景に眉を顰めた。


「あの感じ、1年前の村の周りを思い出しますわね」

「テルル……本当にあの中に行っちゃったのかな?」


 一方で、元から村にいるアーシェラやイングリッド姉妹は、つい最近まであのような光景が当たり前のように広がっていたので、対応も慣れたものであったが、やはり嫌悪感はぬぐい切れないようだ。


「ねぇシェラっ! そろそろお昼食べて、この辺にベースキャンプを作らない?」

「そうだね。川から少し離れた小高い場所があれば、そこを拠点にしようか」

「お昼にするのねリーズお姉ちゃん! 私とお姉ちゃんが燻製サンドたくさん作ってきたから、食べてほしいなっ♪」

「過酷な調査になりそうですからね。せめて、食事だけは楽しみたいですわ」

「設営なら任せてくださいっ! レンジャーの本領発揮ですよっ!」


 こうしてリーズたちは、瘴気にむしばまれた土地を探索する前に、探索の拠点を設置することになった。

 しかしその前にまず腹ごしらえから…………まだ一日目なので保存のことは考えず、すぐに食べるために持ってきた料理を広げて、全員で和気あいあいと食べ始めた。

 アーシェラが作ってくれた俵型のハンバーグと、酢をたっぷり和えたサラダ、イングリッド姉妹が作った川魚の燻製サンドイッチ、それにフィリルがブロス夫妻から持たされた卵焼きといった見た目豪華な料理がそろう。

 遠くに濛々と湧き上がる瘴気の霧さえ見なければ、気分は冒険というよりハイキングだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 料理がいいスパイスになってますね♪ [一言] こんばんは、南木様。御作を読みました。 鮮明に描かれた風景が冒険を昂らせますね。 ハイキングっぽい冒険もいいと思いますよ。 色々工夫されてい…
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