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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月1日― 村を飛び出して
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脱走 Ⅱ

 レスカの緊急連絡を受けたリーズとアーシェラが村の入り口に駆け付けると、既に村人の大半が集まっており、その中でミーナがわんわん泣いていた。

 リーズは真っ先にミーナに駆け寄り、無事を確かめるように抱きしめる。


「ミーナちゃん!! 大丈夫!? どこか怪我してない?」

「うえぇ~へえぇ~~ん! リーズおねえちゃぁ~んっっ!! ごめんなさぁ~いっ! 私のせいで、テルルが~っ!! うぇっ……え~んえん!」


 飼っている羊が逃げてしまったのがよほど悲しかったのか、ミーナはひたすらごめんなさいと言いながらリーズの胸元で泣きはらした。

 一方でアーシェラは、一緒にいたはずのミルカに事情を聴くことにした。


「これはどうやら、ただの脱走ではないようだけど…………ミルカさん、何がったか説明してもらえるかな」

「はい村長。私とミーナはついさっきまで、村からさほど離れていない場所で放牧をしていたのですが…………

運悪くサルトカニス(森オオカミ)の大きな群れに襲撃を受けてしまったのですわ」

「サルトカニスの群れだって!? それも村北部の平原に…………?」

「私もミーナも、それにテキサスも奮闘したのですが、一匹だけどうしても回収することができず。申し訳ありませんわ村長」

「いや……むしろ二人ともよく無事に帰ってきてくれたね」


 アーシェラの事情聴取を受けるミルカは、それなりに冷静のように見えるものの、雰囲気からはいつもの様なサボり魔的な余裕が微塵も感じられなかった。

 少し前に村に闖入者が来た時ですら、ここまでの緊張感は漂わせていなかったのだから、今回の事件がいかに深刻なのかがよくわかる。

 ミルカの足元に座っている牧羊犬のテキサスも、耳と尻尾をしょんぼりと垂らし、自分の仕事を全うできなかったことに落ち込んでいるように見える。


 羊の脱走原因は、放牧中の魔獣の襲撃によるものだったようだ。

 しかもミルカの話では、厄介なオオカミの魔獣サルトカニスの群れ――――それも十数匹以上の大きな群れだったらしく、ミルカもやや苦戦したようだった。

 とはいえ、普通はそれほど大規模な魔獣の群れに遭遇したら、普通の冒険者であれば死を覚悟する状況だ。その状況にあってなお、羊一匹の行方不明で済んだのは、むしろ不幸中の幸いと言えるだろう。


 だがそれ以上に――――「村のすぐ近くに魔獣の群れが出没した」というのが、アーシェラにとって非常に気がかりだった。そしてそれは、緊急事態の報を受けて駆けつけてきたブロス夫妻も感じたようだった。


「ねぇミルカ…………脱走した羊はどっちに逃げて行ったの? ミルカがいても回収できないって、相当遠くまで逃げてしまったみたいだけど」

「えぇ、なにしろ襲撃を受けたのがちょうど羊たちに川の水を飲ませている最中でしたので、その一匹は混乱のあまり川を渡っていってしまいましたの………」

「川向うに逃げた!? ヤヤヤッ、なんてことだ、もう助からないゾ!」

「あなた、茶化している場合じゃないわ」

「ごめんよゆりしー」


 とはいえ、無力な羊一匹が、まだ魔獣がうろついている平原を逃げ回って無事で済むはずがない。

 すぐに行動を起こさなければ手遅れになる可能性が高いことは誰もがわかっており、すぐにリーズを中心に羊の捜索隊が結成されることになった。


「泣かないでミーナちゃん! 羊のテルルはリーズがきっとすぐに見つけてあげるから……ねっ! シェラっ、1秒でも早くテルルを見つけてあげないとっ!」

「リーズの言う通りだ。今ならまだ間に合う可能性はある…………アイリーン、いるかい」

「は~い、呼んだ~?」


 アーシェラに呼ばれて、秋以上にもこもこな服を着たアイリーンが、緊張感なくやってきた。


「羊のテルル捜索はおそらく夜通しになると思う。夜でこそ力を発揮できる、アイリーンの力を借りたいんだ」

「泣いてるミーナちゃんのためだもんね~、よろこんで力になるよ~」

「ありがとアイリーンっ! すっごく心強いよっ!」


 普段は夜中の村全体を見張る役目をしているアイリーンだが、夜間になれば彼女を中心とした一定範囲のものを探すことができる能力を持っているため、今回の捜索には欠かせない戦力となる。

 アイリーン自身も、久々に村の見張り以外の仕事ができたため、大いに張り切っているようだ。


「あとはブロスさんとゆりしーもお願いっ!」

「ヤッハッハ! 私たちの追跡術の出番のようだね! 足跡さえ残っていれば、追うのは訳ないよっ!」

「私も、アイリーンほどじゃないけど比較的夜目が利くわ。任せて」

「レスカさん、悪いけれどしばらく見張りを続行してもらえないかな。辛かったらミルカさんと交代しながらやってほしい」

「ああ、村の守りは任せてくれ。なーに、一回の徹夜くらいどうってことないさ」

「ミーナは早めに寝かせますが、私も何かあった時に備えて起きていますわ」


 こうして、羊の救助にはリーズとアーシェラ、アイリーンにブロス夫妻の5名が向かうことになった。

 レスカは引き続き村の見張りを担当し、ミルカもリーズとアーシェラの代わりに村全体の面倒を見てくれるという。

 さらにはパン屋のディーター一家が村人全員の夕食を作ることになり、フィリルとティムの新入り二人もすぐに動けるよう準備するなど、村は完全に緊急総動員体制になってしまった。

 羊が一匹いなくなっただけではあるが……………


「えうぅ……リーズお姉ちゃぁん、ごめんなざい、私のせいで…………」

「いいのいいの、気にしないで。ミーナちゃんはほかの羊さんがいなくならないように、しっかり見てあげてねっ」


 とはいえ、羊は20数頭しかいない現状、一匹でもいなくなればその損害価値は大きいし、なによりイングリッド姉妹の飼っている羊は、あくまでも村の共有財産であり、彼女たちはそれを「預かっている」にすぎない。

 ただ、それを加味したとしても、ミーナが羊に向ける愛着は本物であり、一匹ずつ名前を付けて可愛がっていたのだから、失った時のショックも非常に大きかったのだろう。

 

 ミーナをこれ以上悲しませないため、そして村の安全のため――――――

 リーズたち5人は夕暮れの村を出発し、羊が脱走した地点へと駆け出して行った。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは、南木様。御作を読みました。 脱走って羊かぁい(≧∇≦) って思いましたが、今の村だと大問題ですね。 勇者であることと、村の運営者であることは別のこと、というのがわかりやすいイベ…
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