対峙
ついにこの日がやってきた。
グラント率いる勇者パーティー1軍メンバーと王国軍の反乱鎮圧部隊は、国境の川を挟んで、ロジオンたちを中心とする元2軍メンバーと関税同盟の軍団と対峙することになった。
その日は朝から川に少しだけ川霧が立ち込めていたが、陽が高く上る頃にはお互いの姿がはっきり見える程度の視界となっていた。
そして、1軍メンバーたちは、向こう岸に勢ぞろいした者たちの中から、堂々たる足取りで前に出てきた人物に誰もが目を奪われることになる。
「ゆ……勇者様、だと!?」
「嘘だ!? なぜ勇者様が向こうの陣地にいるんだ!?」
「まさか寝返ったのか、勇者様が!?」
「勇者様だけじゃない、黒騎士エノーや聖女様も一緒よ! 一体どうなっているの、これは何かの間違いよね!?」
「なんてことだ……勇者様が身ごもっているじゃないか!! こんなの嘘でしょう、なぜなんですか!?」
おおよそ予想できた光景ではあるが…………2軍メンバーたちの間から堂々と出てきた勇者リーズの姿を見て、1軍メンバーたちの表情がたちまち絶望に染まり、一様に狼狽えパニックと化した。
ある者は見る見るうちに涙を流し、またある者はその場でへたり込み、ある者は目の前の光景が現実ではないと思い込もうとする。
ただ、その中でグラントだけがこのことを見越していたかのように(と言うか見越していたのだが)、ゆっくりと彼らの先頭に立ち、リーズに向って初々しく頭を下げた。
「勇者様、よくぞ戻られました。しかし、いささか遅かったと思いますが」
「グラント、久しぶりね。それに……王国のみんなも、元気だった? えへへ、リーズはまたみんなに会えて嬉しいな」
「「「っ!?」」」
リーズは無邪気な笑顔で、勇者だったころの口調をかなぐり捨て、一人の天真爛漫な女の子として語り掛けてきた。
祖の誰をも魅了する素敵な笑顔と、勇者にあるまじきフランクさに、1軍メンバーたちはさらに狼狽することになる。
だがそれも、さらなるショックの前触れにすぎなかった。
「でもごめんね、みんな。リーズは…………もう、《《王国には帰らない》》。リーズは、シェラと結婚して、ずっと西野山の向こうで、新しい村を作るために頑張ることにしたんだ。それに、子供もできたんだよ……えへへ、ずっと好きだった人と結婚して、子供もできて、リーズは今凄く幸せなの。だから、今日は王国のみんなにお別れを言いに来たの。リーズは――――」
「嘘だっっ!!」
一人の男性がグラントの前を駆け抜け、河に足を浸しながらものすごい形相で叫んだ。
「違う、違うっ!! そんなのは勇者様じゃない! 勇者様は……俺たちと一緒に、王国や世界の人たちのために悪い奴らと戦うんでしょう! それなのに、なんでそんな有象無象と一緒にいるんですかっ!! きっと、騙されているんですよ、勇者様はっ!!」
「大丈夫だよ、リーズは騙されてなんかいない。それに、ここにいるみんなだって、
あの時リーズたちと一緒に戦った仲間なんだよ?」
「そんな奴らが仲間!? 私は知らないわよ、あなたたちなんてっ!!」
「……」
もう一人、女性のメンバーが同じく川に足が浸かるほど前に出てきて、当たり前のように二軍メンバーたちを知らない者……と言うよりナチュラルに敵扱いした。
これにはリーズもむっとした顔をしたが、流石に先程の一件があった後ではショックは小さいようで、すぐに表情を戻した。
「そもそも、リーズ様は第二王子殿下と結婚するんでしょう! なのにどこの馬の骨とも知れない人と結婚するなんて、浮気だと思わないんですか!?」
「そうですよ! おまけに子供を作ったなんて言ったら、王国の人々が絶望して……ああ、もう考えたくもない!」
「どうして……どうして、勇者様は……そんな身勝手なことをしてしまったんですか! 失望しましたよ!! 今ならまだ間に合います、《《身なりを整え》》、国王陛下に許しを請いましょう、そうすれば!!」
彼らはパニックと絶望のあまり、口々に自分勝手なことばかりをまくしたてた。
もはや自分たちが何を言っているのか、いかにリーズの尊厳を踏みにじっているか、その自覚すらないだろう。
彼らのひどい言葉を聞いてもなお、リーズは泰然としていたが……背後にいる二軍メンバーたちはかつての仲間たちのあまりの傲慢な言葉の数々に、どんどん怒りを覚え、殺気立っていった。
「あいつら……リーズ様を完全に自分たちのモノだと思ってやがる」
「リーズ様が浮気? リーズ様の気持ちなんて、微塵も考えていないくせに、よくもまあひどいことを言えるわね」
「奴ら、許せん……だが、一番許せんと思ってるのは……ほかならぬアーシェラだろうな」
二軍メンバーたちは怒りをむき出しにしつつも、それ以上前に出ることはなかった。
なぜなら、リーズの隣で彼らの怒りを束ねてもなお足りないほど、静かに、しかし盛大に、怒りの炎を巻き上げている人物がいるからだ。
いや、炎と言うより、冷気と言った方が正しいだろうか。
「……………」
(シェラ……ごめん、もうちょっと我慢してね)
リーズは横目でちらりとアーシェラの方を見る。
彼は無表情のままどこか遠くを見つめているように見えるが……リーズにははっきりと分かった。
彼は今、あのいけ好かないイケメン公子が村にやってきて、傍若無人にふるまった時と同じくらい……怒りを顕にしている。
「オネイチャン……セティ、なんか、ゾクゾクするぅ」
「あなたも寒さを感じることがあるのね……。やっば、なにこれ……私の時はまだずっとましだったんだ」
アーシェラのほぼ真後ろで様子を見ていたイムセティとモズリーも、まるで至近距離で氷魔術を浴び続けているかのような悪寒を感じていた。
特にイムセティは、その体質上寒さを感じることはないというのに、生まれて初めて「悪寒」を感じているようで、モズリーに抱き着いて震えてしまっていた。
確かに、アーシェラは怒っていた。
いつもの彼なら、向こうが好きかって言った後、満を持して有無を言わさぬ反論を叩きつけ、トラウマになるまで舌戦を繰り広げることだろう。
しかし、彼はリーズにあらかじめ言われていたことがあった。
(シェラ、お願いがあるの。今からきっと王国のみんなは、リーズやシェラたちにひどいことを言うと思う。けど、今回はリーズに任せてほしいの。これは、リーズが向き合わなきゃいけないことだから)
(……わかった。リーズがそこまでの覚悟を持っているなら、リーズに任せるよ。けど、もし我慢できなくなったら、遠慮なく僕を頼ってほしい)
こうしてリーズは、自分を気遣っているというのに、自分に対する罵倒としか思えない仲間たちの言葉を、川を挟んだ向こう側でしっかりと受け止めていく。
想像以上にひどい言葉の数々に、リーズは何度か泣きそうになってしまったが…………それでも、彼らがこうなってしまったのも、自分が起こるときに怒らず、そのまま放置してしまったリーズに責任の一端があると感じたからだ。
(ごめんねみんな……ずっと不安だったんだよね。リーズのことが憎いよね、嫌われても仕方ないかもしれない。でも、リーズは勇者として、みんなを導く役目がある。勇者をやめる前に、これだけはリーズ自身がしなきゃいけないんだ)
その後もしばらく、1軍メンバーの面々は口々に自分の思いを包み隠さず叫んだが、その勢いが弱まってきたところで、ようやくリーズは重々しく口を開いた。




