我儘
泣いてしまったリーズを落ち着かせるため、アーシェラ達は檻の前を離れていったが、アイネだけはまだ5人の前に立って彼らのことを見ていた。
「本当に……何やっているのかしらね、あたしたちは」
「アイネ、お前まで王国を裏切ったのか? エノーやロザリンデみたいに」
「そんなつもりはないのだけど、結果的にはそうなってしまっているわ。ただ、あたしは勇者様にも王国の人々にも、平和に暮らしてほしいだけなの。それなのに、王国にいる貴族たちは勇者様をただただ利用するだけ、自分たちのことしか考えていない。そしてそれは……あたしにも言えたことだから、偉そうなことは言えない。だからあたしは、これからは本当に勇者様のために出来ることはないかって思ってる。勇者様は魔神王討伐で大活躍しただけじゃなくて、あたしたちのことをいつも気遣ってくれて、導いてくれたんだから、いつまでも甘えるだけじゃだめだよね」
「…………」
アイネの言葉は、ほんの少しだけ行商人マリヤンの受け売りではあったが、リーズに頼ってばかりではいられないというのは彼女の本心だ。
「アーシェラから聞いたわ。ここにいるみんなは、かつて私たちと一緒に魔神王討伐をしたパーティーだったけど、最前線に出ていないっていう理由だけで、仲間外れにされた。もしあたしが彼らと同じ立場だったら…………王国のみんなのことも、勇者様のことだって恨むかもしれない。それでも、彼らは自分たちで前に進んだ。私たちが1年中毎日暢気にパーティーしている間にも、自分たちでやるべきことを見つけていた。そんなのを見せつけられて、あたしたちは何もできないなんて……悔しいじゃない」
「…………確かに、俺たちも薄々わかってはいたんだ。王国はだんだんダメになりつつある。けど、勇者様さえ戻ってきてくれれば、全部元に戻るはずだって思って、ひたすら祈るばかり。自分たちで解決しないと、物事は進まないって、魔神王討伐の戦いで嫌と言うほど思い知ったはずなのにな」
メドガーをはじめとした1軍メンバー5人は、自分たちがいかにリーズに甘えっぱなしで、彼女に負担ばかりかけていたかをようやく思い知った。
自分たちが何もせずにわがままばかり言うせいで、リーズは精神的な負担を感じて、あのように泣いてしまったと思うと、情けなさのあまり死にたくなる。
「勇者様は何より仲間のことを大切にしていた……仲間が死んでしまった時、いつも勇者様は大粒の涙を流していた。知っていたはずなのに、その心を踏みにじった私たちこそ、もう仲間と呼ばれる資格はないのかもしれないわ」
「はぁ、こんな単純なことがわからなかったなんて、俺たちはなんてバカなんだっ!!」
キトレルと呼ばれた男は、自責の念に駆られるあまり、鉄格子に自分の頭をガンガンぶつけ始めた。
アイネはそれを制止し、今はおとなしくするよう諭した。
「それ以上自分を責めるのはやめなさい。確かに、私もあなたたちも、悪かった、反省するべきことはたくさんある。けど、その前にもっと反省させなければならない相手がいる…………あたしは、まずはそっちを倒すことが先だと思う」
「その相手って、まさか」
「あたしたちが仕えている……王国そのものよ。今の私たちの国は、残念だけど狂ってしまっている。王族や貴族は自分たちの私腹を肥やすことしか考えず、そのために弱い民たちが苦しめられているわ。アーシェラが言っていたわ……誰が悪いとかで解決する問題じゃなくて、王国という組織自体がすでに腐敗を生む土壌になってしまっているって。だからあたしは、王国という国を正しい在り方に戻すために、戦いに行くわ。これ以上、人々を悲しませないためにもね」
自分たちは何のために戦っていたのか。
魔神王を倒すため? 尊敬する勇者様の為? 忠誠を誓う王国の為?
目指す先は人それぞれだが、それらに共通する目的もある。
それは――――世界に平和をもたらし、すべての人が平穏に暮らせる世界を取り戻すことだ。
しかし今の王国は、勇者様の為、王族の為、という目的で本来救わなければいけない人々を苦しめている…………なぜこんな単純なことに気が付かなかったのか、アイネも自分の無知を責めたい気持ちでいっぱいだったが、そんなことは後でいくらでもできる。
こうしてアイネが檻の前に残って、5人に対して語り掛けているのは、つい先日まで牢屋に囚われていた自分の姿を彼らの中に見たからなのかもしれない。
だが、アイネの話を聞いていたのは檻の中にいる5人だけではない。
「そうか、もしかしたら俺も少し勘違いをしていたのかもな」
「どうかしたのか、プロドロモウ?」
見張りをしていたプロドロモウがなにやらぽつりとつぶやいたが、フリントにはよく聞こえていなかった。
「すまないフリント、ちょっとやることを思い出した。見張りを交代してくる」
「そう? わかった」




