涙
「みんなーお待たせっ! リーズが来たからもう大丈夫だよっ!」
「みんなには辛い役目を任せてしまったけれど、ここからはリーズとの僕の出番だ」
「リーズさん! それにアーシェラさん!」
「リーズ様が来た! これで勝つる!」
「勇者様、アーシェラさん、改めて結婚おめでとう! それに勇者様のそのお腹……新しい命が宿ったんですね! さらにめでたい!」
リーズが元二軍メンバーたちの陣地に到着した時、全員が歓喜の声を上げて出迎え、握手を求める仲間たちに(やりすぎない程度に)もみくちゃにされた。
久々に大勢の仲間たちに会えて心の底から満面の笑顔を見せるリーズを見て、アーシェラも自分のことのように嬉しい…………と、思う間もなく、アーシェラまであっという間に仲間たちに囲まれた。
「よおアーシェラっ! リーズと結婚したんだって、おめっとさん!!」
「ようやく引き籠りが出てきたか、それにしばらく見ないうちに随分と男前になったじゃん!」
「アーシェラさんと結婚できるなんて、リーズさん羨ましいな~! 私もちょっと狙ってたのに」
「え、ええぇっ!? なんで僕まで!?」
「お前は相変わらず自分を過小評価してんな。今やお前は俺たちの救世主なんだから、少しは自覚しろっての」
「ふふふ、アーシェラさんは未来のことは見てきたかのようにわかるのに、ご自身のことは分からないんですね♪」
仲間たちに次々と歓迎や感謝の言葉を述べられるアーシェラは、完全に予想外だったようで、あわあわと慌てふためいている。
その様子を見てエノーとロザリンデは思わず吹き出してしまったようだ。
彼らの言う通り、かつての勇者パーティーで最も弱かったと言っても過言ではない青年は、今では最強の勇者の隣に立っても引けを取らないばかりか、場合によってはリーズすら上回る影響力を持った偉人の一人となったのである。
本人がそのことに気が付くのは、まだまだ先の話になりそうだ。
「よお、リーズにアーシェラ。遠いところわざわざご苦労だな」
「ロジオン! 元気にしてた? えっへへ~、ロジオンの家でサマンサさんに会ったよ! 赤ちゃんもとっても元気だったし、すっごく可愛かった!」
「だろだろ! うちの娘は世界一可愛くなる予定だからな、お前たちの子供にも絶対負けない自信があるぜ!」
「あはは、大きく出たねロジオン。さすがに僕は同意しかねるかな?」
「すっかり親バカが板につきやがって……あのガキっぽいのが別人みたいだぜ」
「はん、お前もいつかそうなるだろうよエノー」
リーズとアーシェラは、ロジオンとも久々に再開し、エノーも併せて初期メンバー同士が集まったことを喜び合った。
「再開を祝して盛大に飲み食いしたいところなんだが……知っての通りちと厄介なことがあってな。王都にいたメンバーの一部が、無謀にも俺たちの陣地に攻撃してきやがったもんで、あっちに捕まえてある」
「えっ、まさか仲間同士で戦ったの!?」
「そうは言うがな、向こうは俺たちのことを仲間だと思っちゃいないんだろうな」
「…………リーズも会わせてもらっていいかな?」
「もちろんだ、こっちに来てくれ」
ロジオンに案内されるまま、リーズたちは陣地の中心部にある鋼鉄製の檻の前まで来た。
果たしてそこには、フリントとプロドロモウに食って掛かる猛獣のような5人組が捕えられている。
『勇者様っ!!』
「あっ! メドガーに、ラドケル、アマンディ、それにキトレル、スピカも!」
顔を見た瞬間リーズは5人全員の名前を呼び、檻の前まで駆け寄った。
それを見た5人は勇者様が助けに来たと大いに喜んだが……近くに来たとたん、徐々にその表情が曇っていった。
「ゆ、勇者様……助けに来てくれた、んですよね?」
「あ……あのっ、そのお腹は……」
「えへへ~、みんな久しぶりっ! みんなリーズのことを探してたみたいだけど、ごめんね、リーズはもう王国での暮らしが嫌になっちゃったから、シェラと結婚したの! リーズのお腹にはもう赤ちゃんだっているんだから♪」
「こ、こんなの嘘でしょう……なぜなんですか!?」
そこにはかつての凛々しい勇者の姿はなく、子供っぽい笑顔で無邪気に語り掛けるリーズを見て5人は絶句してしまった。
何よりリーズは自ら「結婚した」と言い放った上、自らの少し膨らんだ下腹部を撫でて妊娠していることを告げたのだ。
彼らにとっては悪夢を見ているような光景だろう。
「それで、確かメドガーたちは王国の反乱鎮圧をしてたんだよね? それでなんで仲間たちに攻撃したの?」
「仲間!? い、いや勇者様、こいつらは王国に逆らう敵ですって! 騙されてはいけません!」
「さてはお前ら、勇者様を騙したなぁぁっ! 勇者様、こいつらの言うことなんて聞いてはいけません! 王国に反旗を翻す反乱軍です!」
「勇者様、今からでも遅くはありません……王国に戻りましょう。みんな勇者様を待っているんですよ…………勇者様が戻ってこないと、私たちは」
檻の中から言いたい放題言う5人組は、この期に及んでもリーズは自分たちの味方で、敵に騙されているのだと思い込んでいた。
いや、脳内ではもう色々手遅れであることは認識しているのだが、彼らの心がそれを認めなかった。ここで認めてしまえば、自分たちのすべてが失われる……それを恐れるように、メドガーと呼ばれた男性の戦士をはじめとした元一軍メンバーたちは、必死になってリーズから肯定的な言葉を引き出そうとした。
だが、傍から見ているフリントとプロドロモウ、それにリーズたちの背後にいる仲間たちはこの光景を冷ややかな目で見ていた。
(この人たちはこの期に及んで現実から目を逸らすつもりか……。気持ちは分からなくもないけど、これがかつて俺らを見下した実力者たちの姿だと思うと、ちょっとやりきれないな)
(この馬鹿どもは一度リーズさんに怒ってもらわないと、自分たちが置かれている状況を認識しないだろうな。構うことはない、一発ガツンと言い聞かせてやれ)
二軍メンバーたちの方は、リーズが檻の中の5人組に対してきちんと言い聞かせてくれることを期待していた。
しかし…………リーズがとった行動は、どちらの陣営も想定していないものだった。
「……っ、ごめんねみんな。リーズのせいで、みんなの中が悪くなって仲間割れしちゃったんだよね」
『えっ!?』
リーズはその場に立ち尽くしたまま、大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。
「リーズは……リーズはっ! あの時言われるままに「勇者様」なんていう肩書で、みんなの心をバラバラにしちゃったっ! あの時みんなで一つになって! みんなで魔神王を倒して、世界に平和を取り戻そうって誓ったのに! 今は……お互いに仲間だったことも忘れて、戦うことになるなんて…………ぜんぶ、リーズがみんなのことを大切にしなかったから……」
「そ、そんな……勇者様」
「俺たちはそんなつもりじゃ……」
「勇者様は悪くありません、悪いのは…………」
「ちがうのっ! 全部、ぜんぶ……勇者だったリーズのせいなのっ! リーズがっ……あの時からみんなで仲良くして、助け合おうってもっと強く言ってたら! 仲間のことを仲間じゃないなんて言う、ひどいことにはならなかったのにっっ!!」
『っ!』
もちろんリーズの涙は偽物なんかではなく、本心から流している。
仲間たちのきずなを何よりも大切にするリーズにとって、仲間同士で戦う事態になってしまったことは何よりも悲しいことだし、そのような事態を招いてしまった原因が自分にあることが許せなかった。
周囲がリーズが泣くのを茫然と見ることしかできない中、アーシェラがそっとリーズの隣に立って、優しく涙をぬぐってあげた。
リーズはもう自分の感情を抑えるのに精いっぱいのようで、涙をぬぐいながら優しく撫でてくれるアーシェラに抱き着き、誰にも顔を見せたくないかのように彼の胸に顔をうずめてしまった。
「ねえ、もちろん君たちは僕のことなんて覚えていないよね。正直、僕たちも君たちのことを仲間と呼ぶにはまだ抵抗がある。けど、リーズにとっては僕も君たちも、そしてここにいるみんな全員が、同じ勇者パーティーの仲間なんだ。そこには上も下もない。君たちが内心で僕たちのことをどう思おうと自由だけど……せめて、リーズの気持ちだけは否定してほしくない。だから、どうかしばらく頭を冷やして考え直してくれないかな」
リーズを胸に抱きながら、胸をえぐるような視線で語り掛けるアーシェラ。
先ほどまでの5人であれば、この上から目線のアーシェラの言葉は1㎜たりとも届かなかっただろう。
しかし、リーズがさらけ出した本音を間近で浴びた彼らは、アーシェラ相手に返す言葉はなく、誰もが項垂れてしまったのだった。




