規律
陥落したばかりの要塞で戦後処理に忙殺されていたグラントだったが、駆けつけてきた仲間の一人からとんでもない報告を受けた。
「グラント! 大変だ、メンバーが5人足りない! どこかに行ってしまった!」
「なに!? 行方不明者だと……! こんな時に手が焼ける……急ぎ全員で捜索するぞ、脱走は重罪だ!」
勝手に陣を離れるなと厳命したはずなのに、少し目を離した隙に行方不明者が出るとは思ってもいなかったグラントは、最近慢性的に感じる腹痛がさらに痛むのを感じた。
(やはり私では舐められるのか? この期に及んでは、是非もない。これ以上の逸脱者を出すわけにはいかん)
彼ももはや我慢の限界だった。
最近ようやく1軍メンバーたちが王国を動かす重要な臣下の一員であると自覚を持ったかと思った最中にこの行方不明騒ぎ…………場合によっては、権限を越えてでも違反者が出たら罰すべきと心に決めたのだった。
「誰か、5人がどこかに行ったのを見た者はいるか?」
「私はちょっと……でも、向こうの方に行ったのを見た気が」
「そういえば俺も、西の見張り塔に向かうのを見たぜ。でも、今は誰もいなかった気がする」
「西の見張り塔だと?」
彼は仲間や部下たちを引き連れて要塞内西の見張り塔まで行こうとしたところ、要塞の外を警備していた部隊からちょうど報告が入ってきた。
「も、申し上げます! 緊急事態です! 勇者パーティーの方々と思われる数名が、川の向こうにある陣地に突入した模様!」
「なんだと!?」
『川向こうの陣地に突入!?』
最悪の予想が当たってしまった…………グラントはまたしても胃が痛くなるのを感じ、頭を抱えたくなったが、今は自らの身を案じている場合ではない。
彼は急いで見張り塔の上に登ったところ、果たして川の向こう側にある陣地で何やら激しいもめ事が起きている様子を確認した。
間違いない、脱走したと思われた5名は、勝手に出撃した挙句に向こうの陣地に攻め入ったのだ。
「あのたわけどもがっ!!」
「ひっ!?」
鬼気迫る表情で怒るグラントの横で、兵士が恐怖でしりもちをつく。
彼がここまで怒りをにじませるのは、邪神教団との戦いで住民を虐殺していた一団を見た時以来だ。
「敵か味方も分からぬ相手にいたずらに戦を仕掛けるバカがどこにいる!! しかも、川より向こうは王国の領土ではないのだぞ! 責任問題だ、彼らは陣地に戻り次第処罰せねばならん!!」
「お、落ち着けよグラント! あいつらはもしかしたら王国のためを思って……」
「そ……そうですよグラントさん! むしろここは急いで助けに入るべきでは?」
「却下だ! お前たちはやはり冒険者気分が抜けていないようだな! 改めて通達する、今から要塞の外に出るのは禁止だ! 勝手に出撃した5名については、改めて使節を向こうに送り釈明する!」
「待ってくれ! あいつらならもしかしたら、5人でも敵の陣を全滅させることができるかもしれない! そうなったら!」
「余計ダメに決まっているだろう!」
「ふざけるなグラント! 仲間が戦ってるんだぞ、それを見殺しにしろと――グワッ!?」
今すぐ仲間を助けに行くべきだと強硬に主張するメンバーの一人を、グラントは思い切り殴りつけた。
「な、殴ったな! 勇者様にも殴られたことないのに!」
「貴様も王国一般将兵なら黙っていろ。ここは王国軍正規兵の管轄だ、勇者パーティーの頃とは規律もやり方も異なる」
「グラント、てめぇ仲間を……」
「仲間だからこそ殴るのだ。これ以上愚かな真似はさせないためにな」
「勇者様に言いつけるぞ!」
「あとで好きなだけ言いつけるがいい。もっとも、リーズ様であっても命令を無視して勝手に敵ではない者たちを攻撃したのであれば、しかりつけることだろう。私は勇者様の代わりではないが、この群を預かる責任者でもある。リーズ様の名を穢さぬためにも、私の指示には絶対に従ってもらう」
「このっ!」
彼もまた、日ごろの厳しい軍隊生活でストレスが限界だったろう。
グラントに殴られたにもかかわらず、手に持った斧を構えてグラントに襲い掛かろうとしたところ、周りのメンバーに取り押さえられた。
「落ち着け! 仲間同士でもめている場合か!」
「今はグラントの言うことが正しい。勇者様の仲間であれば、勝手な行動が許されないのは当然だ」
「け、けどっ!」
「……彼を牢屋に入れておけ。少し頭を冷やさせろ」
こうして、グラントの命令で激高した男性戦士が要塞内の牢屋に入れられた。
周囲のメンバーも思うところはあったようだが、投獄されたメンバーが暴れたのを見たことで、仲間たちは却って冷静になったのか、これ以降はグラントの命令に逆らおうとする者は出なかった。
その間にもグラントは軍に指示を出し、要塞の城門の警備を厳重にし、勝手に出撃する者がこれ以上でないようにするとともに、白旗を持った兵士に事の顛末を書いた書状を持たせ、川向こうの陣に送ったのだった。
使者を送り出した後もグラントは見張り塔から川向こうの陣……八百長をしている相手を見ていたが、先ほどまで騒がしかったのが嘘のように落ち着きを取り戻していた。
陣地には相変わらず関税同盟の旗が翻っているところを見ると、どうやら例の5人は捕まったか《《やられた》》かしたのだろうと察した。
果たして、夕方になり西の空が茜色に染まる頃、送り出した使者が向こうの書状を受け取って戻ってきた。
「…………なるほど、ひとまず被害は最小限で済んだか」
そう言ってグラントはほっと一息ついた。
書状には、勝手に攻撃してきた5名は捕縛し、陣地にいる人員に死者や重症者は出ていないということが書かれていたのだった。