陣地
作者からのお知らせ:
今更ですが、ここから先の展開は「勇者様が帰らない」とは大きく異なります。
無責任ではありますが、どちらが「正史」とは断言しませんので、納得いく方をお選びください。
「対岸が随分と騒がしくなってきたな……」
「ええ、どうやらかつて仲間だった王国のメンバーたちが、反乱軍の本拠地を攻撃し始めたみたい。100人にも満たない人数なのに、数千人の軍隊より早く城を陥落させられるって、反則よね」
「ふん、王国が餌だけ与え続けてでも奴らを手元に置いておく理由がよくわかるぜ」
ロジオンをはじめとする元二軍メンバーたちが敷設した陣地から、広めの川を挟んだ向こう側に聳え立つ城塞から轟音が響くと、次第に幾本もの黒煙が立ち昇り始めた。
反乱を起こした王国諸侯の一人が立てこもる本拠地たる城塞は、本来王国外からの侵入者を防ぐべく、川の方面――つまり陣地がある方向からの攻撃に長期間耐えられるような設計になっているが、王国側から攻められるのは想定していないのか、あっという間に城門に取りつかれたようだ。
だが、それを加味しても数日すら保てず、わずか半日で陥落寸前まで陥っているのは、ひとえに元勇者パーティー一軍メンバーたちの脅威の実力によるところが大きい。
勇者リーズもおらず、それどころか中核メンバーだったエノーやロザリンデ、ボイヤールもいない。それでも、まだこれだけの攻撃力を持っているのだから、ロジオンたちからしたら羨ましい限りである。
(最悪……俺たちはあれを相手しなければならないのか。師匠の話では、リーズたちはすでにアロンシャムに近いところまで来ているらしいが……リーズばかりに頼るわけにはいかない)
ロジオンが周囲を見渡すと、集まっている仲間たちの誰もが、対岸の様子を固唾をのんで見守っている。
そして、誰もが一様に不安な表情をしていた。
「ロジオン……一応確認だが、グラントとは話がついてるんだよな」
「それについては間違いない。師匠もそうなるよう手を打ったと言っているし、マリヤンにもそう伝わっている。グラントさんがへまをしない限りは、すべて茶番で終わる……はずなんだがな」
元二軍メンバー最年長であり、自らも関税同盟のリーダーの一人となって兵を率いてきたプロドロモウが、そう言ってロジオンに現状について念押ししてきた。
ロジオンの言う通り、今回の戦いはグラントが王国内でクーデターを起こす前の下準備の一環であり、本来であればにらみ合うだけの茶番劇で終わる予定であった。
「それがまさか、仲間だった連中が敵意むき出しでこっちに向ってきているときたんだから、想定外にもほどがあるわ。彼らはもうしっかり王国の手先ってところかしら」
「ま、奴らも奴らで王国の貴族の地位についている身だからな、王国のために戦うのは当然だろうよ」
「すまんなミティシア、ヴォイテク。お前たちにまで出張ってきてもらって」
「あら、水臭いじゃない。私たちだって助けてもらってばかりなんだから、たまに恩を売りたいじゃない?」
「ちげーよ! 俺たちは利益とかそんなちゃっちな奴じゃなくて、漢気だっての!」
「私、女なんだけど」
関税同盟に所属している元二軍メンバーだけでは戦力的に心もとないのと、この機会に「王国に対して一致団結した」という実績が欲しいということで、大陸南部連合の代表を務めているミティシアや、ヴォイテク船長などこの場所に駆けつけてきていた。
正直なところ、商取引である程度王国と親密な関係にある南部連合は、今回の戦いに助力する意義はあまりないのだが、それでも彼らは仲間を見捨てられなかったし、なによりリーズから受けた恩を返すチャンスだと張り切っている。
そして、張り切っていると言えば…………
「安心しな。いざグラントがしくじって殺し合いになったとしても、まずあたしたちが先陣を切る。勝つにしても負けるにしても、戦死者の2、3人出せば格好がつくだろう?」
「お、おい……エルシェ。縁起でもないこと言うなっての」
「そうはいっても、私もエルシェも、最悪死ぬ気でここにきているの。むしろロジオンは私たちの間で欠かせない存在だし、なによりサマンサや生まれてきた赤ちゃんのためにも生き残る使命がある。いざとなったら、すぐに退避してほしい」
「馬鹿野郎っ! ツィーテンの姉貴みてぇなこと言うな! 全員で立ち向かわなきゃ意味ないんだ!」
銀髪の剣士エルシェや、伏し目がちな神官のテレーズなどの北方諸国からきたメンバーたちは非常に血の気が多く、最悪の事態が起こったら真っ先に仲間たちの盾となることを望んでいた。
南部や中部と違い、なかなか国家統合が進まない北部では、いっそのこと王国との戦いで戦死者を出すほど戦ったというアイデンティティを獲得して、納得しない頑固な領主たちをまとめ上げようと画策している。
だが、ロジオンだけでなくほかの仲間たちも、むざむざ彼女たちだけを死なせることは反対だったし、むしろこれからの北方の平和のためには彼女たちはなくてはならない存在だと思っている。
(むしろ死に役が必要なら、俺が立候補したいくらいだ。俺は弱くて……最後までこいつらの仲間でいられなかった。けど、皆は俺のことを仲間だと思ってくれている。ならば今度こそ、俺は命をなげうってでも戦いたいのに…………)
心の中でそう呟くロジオンだったが、脳裏に浮かぶのは、まだ療養中でここにはいない最愛の妻サマンサと、目に入れても痛くないほど可愛い、生まれたばかりの娘の姿。
家族を抱えてしまったロジオンは、そう簡単には死ねないのだ。
こうして二軍メンバーたちが、緊迫した話し合いを続ける間にも、川の向こうから何度も轟音が響いて、城壁が崩れる音がきこえてくる。
王国の反乱軍の拠点はまだほかにも残っているが、ここが落ちれば戦力的にほぼ勝負ありと言ったところ。
場合によっては、そのままの勢いでこちらになだれ込んでくる可能性もある。
そんな中、彼らの陣地に空から猛スピードで近づいてくる影があった。
「お~~~い! みんな、朗報だーっ!」
「シェマだ! おーい、降りるならこっちだ!」
飛んできたのは飛竜にまたがった郵便屋のシェマだ。
彼は指示された場所に騎竜を下すと、颯爽とその背中から飛び降りた。
「リーズさんとアーシェラが、アロンシャムの町に到着した! 明日にはこっちに向えるそうだ!」
『おおっ!』
シェマの言葉に、彼らは俄然色めき立った。
リーズたちさえくれば、もう彼らに負けはないのだから。




