好物
街中の散歩を続けるリーズたちは、街の東側にある市場にやってきた。
このあたりはザンテン商会とそれに併設する冒険者ギルドがあるので、特に飲食店や武器防具の店がずらりと立ち並んでいるが、それと共に名物になっているのが不定期にやってくる行商人の露店だった。
「はいアイネ、これどうぞっ♪」
「え、勇者様が……私に?」
「えへへ、アイネはこのお菓子好きだったよね? 一緒に食べようよ! もちろん、エノーやロザリンデ、イムセティちゃんにモズリーもね!」
「私も!?」
「ヤッター! バス・ケス(※南方諸島の焼き菓子のこと)好きーっ!」
南方で作られる珍しい菓子の屋台を見つけたリーズは、自分とアーシェラの分だけでなく、一緒にいるメンバー全員分のお菓子を買って、すぐにみんなに配ってあげた。
アイネが受け取った菓子は――――王都にいた頃、定期的にマリヤンから買っていたのと同じものだった。
リーズには自分の好物を言った記憶はないのに、リーズが自分の好みを理解してくれていたことにアイネは驚いて目を白黒させていた。
そして、モズリーもまた自分までお菓子をもらえるとは思わなかったようで、遠慮なくバリボリ食べるイムセティーの横で困惑していたが、すぐに、遠慮するのも馬鹿馬鹿しいと思い口に含んだのだった。
「えへへ、このクッキー凄くおいしいねお姉さん!」
「あらあら、リーズ様にそう言っていただけるなんてすごく嬉しいわ! でも、こうしてこのクッキーを毎日焼いて売ることができるのも、リーズ様のおかげなんですよ! だからリーズ様のクッキーはサービスしちゃうわね!」
「ううん、お金はちゃんと払うよっ! だからまた来た時に、いっぱいクッキー作ってね!」
「うふふ、そんなこと言われたら今からでも張り切れちゃうわ!」
(リーズ様、あんなに楽しそうにお話されて……凄く生き生きしてる。けど、それ以上に…………)
リーズは菓子を買った後も、あっちこっちの屋台の間を足早に駆け回り、目につくものを片っ端から買っては、ものすごくおいしそうにほおばっていた。
ずっと手を繋いでいるアーシェラも、リーズの移動に振り回されっぱなしで大変そうではあったが、全く嫌な顔をしないどころか、振り回されるのを楽しんでいるようにすら見えた。
(リーズ様はこの町に来るのは久しぶりだって言ってた。かつてこの町は大きな被害を受けて、半分瓦礫の山だったのに……自分たちの力でここまで復興した。それなのに、王国では毎日のようにリーズ様が人々を元気づけていたし、リーズ様がいなくなっても私たち勇者パーティーがいたのに、日に日に元気がなくなっていっている一方だった。私たちは…………ううん、私は、いったい何やってたんだろう)
リーズが次々に買いもとめた屋台の食べ物を味わいながら、アイネは今更ながらこの1年間自分がしてきたことを思い出してみたが…………結局、訓練したり、言われるまま治安維持の任務をしたり、仲間と愚痴を言い合うだけだった。
「エノー、ロザリンデ」
「ん、どうした?」
「私もようやくわかったわ、リーズ様が言ってたこと……。私たちがリーズ様の存在に甘えすぎたから、リーズ様はご自身が王国にとってこれ以上はいちゃいけないって思ってるんだ」
「そうですね…………王国は自分からリーズさんに全ての責任を丸投げして、リーズさんがいないと国が立ちいかないようにしてしまった。ここ、アロンシャムの町はロジオンたちをはじめとする人たちが、自分たちの力で復興を成し遂げましたが、王国はその逆を行こうとしています。リーズさんは、それを止めることこそが勇者としての最後の使命だと思っているんです」
「知っての通り、王国にいた仲間たちが反乱鎮圧のために、すでにこの国の国境近くまで来ていて、下手をすればそのままここになだれ込んできかねない状況らしい。リーズとしては、今は1秒でも早く仲間たちのところに駆けつけたいのだろうけど、それをしないであえて街の散策を楽しんでるのは、まずはアイネに心の底からわかりあってもらいたかったからなんだろうな」
「くっ…………」
アイネは改めて己の不明と、リーズのことを少しでも敵だと思ってしまったことを恥じた。
昔から友人たちに「視野が狭い」と言われて、そのたびに言い返してきたアイネだったが、今更ながら彼らの言葉は単なる嫌味ではなく、きちんとした忠告であったことを今更ながら理解するのだった。
「ねぇ……私は、これからどうしたらいい?」
「別に今はどうもこうもしなくていいんじゃない?」
「えっ」
急に弱気になったアイネの横からぶっきらぼうに声をかけてきたのは、またしてもモズリーだった。
「今まで間違ってましたごめんなさーい、って言った後にすぐにじゃあ次の正しいことが何かなんて、そんなすぐに思いつかないし、思いついてもロクなことじゃないわ。私だって、もう世界滅亡させるなんて無理だなってなったけど、じゃあこの後どう過ごすかなんてまだちっとも考えてないもん。罪を償うーだとか、そーゆーのも私の柄じゃないし」
「そんないい加減な……」
「ここまで開き直るのも正直どうかとは思うが、要はそんな急いで方向転換する必要はないってことだ。俺もお前も、生き方はかなり不器用だから、どうしても人を頼っちまうが、そのうち自ずとやりたいことは見えてくるだろ。だからそれまでの間は…………あいつの、リーズの望みを手助けしてやってくれないか」
まじめなアイネはいまだに心から納得いっていないようだったが、ともあれリーズや元二軍メンバーたちへ今後危害を加えないことはきちんと約束した。
仲間同士で殺しあう未来を避けるためにも、リーズとアーシェラは慎重に事を進めていくのだった。




