散歩
「うーん、こんなに賑やかなところを歩くのも久しぶりっ! リーズは自然の中も好きだけど、こーゆー人がたくさんいるところも好き!」
「せっかくだから市場を見に行こう。今日は屋台が出ているっていう話だし」
「はえー……ヒトがいっぱいいっぱい! セティ、目が回る~」
「…………」
「…………」
リーズとアーシェラがアイネを牢獄から出した後、馬車に乗っていたメンバーも引き連れてアロンシャムの町を歩いて回ることになった。
レスカとフリッツは何やら別で見たいものがあるということでパーティーから一時的に外れているが、イムセティとモズリーはリーズたちに同行してくれた。
生まれて初めて見る「大きな街」に圧倒され、まるで小動物のように周囲をきょろきょろするイムセティとは対照的に、アイネの黙々と歩くモズリーはとても気まずそうだった。
(この子…………なんかどこかで見たような気がするんだけど。ジョルジュ様のところにいなかったっけ?)
(なんでアイネがこんなところにいるのよ……あんたはジョルジュ様の手駒やってたんじゃなかったの?)
何たる奇遇か、ジョルジュの近くにいた2人がこのようなところで邂逅するとは思いにも寄らなかっただろう。
もっとも、モズリーは基本的に裏方だったので、アイネはモズリーのことを「どこかで見たっけ?」としか認識していないが、モズリーはアイネのことをがっつり知っているので、認識的にはかなり一方的になるが。
「信用できないあの二人の前で、よくあれだけ堂々といちゃつけるよな、リーズもアーシェラも」
「二人のことですから問題ないとは思いますが、もしものことがあれば私たちが守るつもりでいましょう」
パーティーの最後尾では、アイネとモズリーが妙な動きをしないかをエノーとロザリンデがしっかり見守っていた。
リーズ的には二人にもせっかくの散策を楽しんでほしいと言っていたが、あいにくこの緊張感の中でそこまで楽しめる余裕はなさそうだった。
そんな後ろの人々の緊張を気に留めることなく、リーズは沿道に集まった
「こんにちはーリーズ様! またお目にかかれてうれしいです!」
「ご結婚してお子さんまでできたんですね! うらやましい!」
「えへへ、ありがとー!」
「ようアーシェラさん、結婚おめっとさん!」
「二人ともすっかり仲がよさそうで、お似合いですな!」
「みんなもここまでよく復興したね。しばらく来ないうちに、ずいぶんと活気が増したよ」
人々から歓迎を受けるリーズを見て、アイネは初めのうちは王国にいる頃とあんまり変わらないなと思っていたが、途中からどこか違和感を覚えてきた。
「リーズ様……王国にいた頃と比べて、ちょっと子供っぽくなったって思ったのに、なんか今のほうがずっと大人びてるように思える」
「そりゃそうじゃない? あの人、王国にいたときは完全に操り人形だったし」
「操り人形……ですって?」
隣を歩いていたモズリーが聞き捨てならないことを口にしたので、思わずぎょっとした表情を見せるアイネ。
だが、モズリーはもう「殴られてもいいや」とでも言わんばかりに開き直って話を続ける。
「なに、あんたたちはそんな自覚がないままリーズさんを酷使してたの? ジョルジュ様は日頃から言ってたよ……『あの勇者の少女はよくよく哀れなものだ。腐り落ちる王国を延命するための生贄に捧げられているのだからな』ってね」
「そ、そんなことないわよ! 私たちはただ、魔神王との戦いで頑張った人々や傷ついた人々を励ますために……!」
「だったらなおさらバカじゃないの? あの王国の人たちが苦しんでるのは魔神王から攻撃されたからじゃなくて、仕事が多くて物が高くて税金がすごく高いからじゃない? それを勇者様のご威光で崇めさせて痛み止めみたいに使ってるなんて、私がいた教団よりよっぽど悪辣じゃない?」
「そ……んな」
モズリーの言葉にアイネは多大なショックを受けた。
確かに彼女も王国にいた頃から、人々に活気が見られずみんな疲れ果てていると思っていたが、それが王国自らがまいた種だとは微塵も考えていなかったのだ。
はっきりいってアイネは政治に非常に疎いため、その辺の機微を考えることができなかったのだろう。
そんなアイネを察してか、ロザリンデがゆっくり声をかけてきた。
「王国人の私としても耳が痛いですね。アイネさんもこの町の人々の顔をよく見てください。平和な世界の人たちはこんな顔をするんですよ」
「…………」
アイネは改めて、リーズとアーシェラ、そして自分たちにも声をかけて手を振ってくれる人たちを見渡した。
言われてみれば、王国にいた頃にリーズが街に出て馬車の上から手を振ると、人々はまるで燃え上がらんばかりに熱狂し、まるで戦場にいるかのようだった。
だがそれは、人々が普段の生活の苦しみをリーズが何とかしてくれるという、まるで神に祈るような熱狂だった。
それに比べてこの町の人々は、リーズとアーシェラの結婚と二人の子供ができたことに、温かい祝福の言葉を述べている。彼らにそれだけの余裕がある証拠だ。




