町
アロンシャムの町、中心からやや西にある冒険者の店「ザンテン商会」の馬車駐車場に、1台の飾り気のない大型馬車が入ってきた。
一目見ただけだとただの大型商用馬車にしか見えなかったが、アロンシャムの町にいる人々は、馬車の到着を今か今かと固唾をのんで待ち構えており、緊張した面持ちで馬車の主がおりてくるのを待った。
「よーいしょっ! やっと到着したねシェラっ!」
「おっと待った、今は飛び降りちゃダメっ! 僕が支えてあげるからゆっくり降りてね」
「えへへ~、ちょっとお尻も痛くなっちゃった。シェラ~、お尻撫でて~」
「ちょっ……ここじゃさすがにまずいから、またあとでね」
まず、馬車から降りてきたのは勇者リーズとその夫となったアーシェラだった。
彼らの姿を見て人々は緊張しきった顔から、一転して安心するような笑顔に変わり、口々に歓迎の声を上げ始めた。
「リーズ様が到着したわ! これでもう安心ね!」
「勇者リーズ様万歳っ! アーシェラ様も結婚おめでとう!」
「王国がいつ攻めてくるか不安だったけれど、これで同盟は安泰で……あれ、リーズ様、なんだかお腹が大きくないか?」
王国に反旗を翻した貴族の家族たちが関税同盟内に逃げ込んできたことで、王国と全面戦争になる危機に瀕していた。
しかし、ロジオンら指導者たちは、行方不明になっていた勇者リーズが結婚したアーシェラとともに王国との仲裁に向ってきているという説明をしたため、人々は半信半疑であったものの、それが本当だとわかり安心したのだった。
だが……彼らは見てしまった。
いざとなったら王国への抑止力になってくれると期待していたリーズのお腹が、太ったという理由では説明できないほど膨らんでいることに……
(隠さなかったから予想はしていたけれど、やはりみんな困惑するよね。今の僕は恨まれて石を投げられても文句は言えないのかもしれない」
アーシェラはリーズの手を取りつつ、歓迎の雰囲気から再び不安な空気を醸し出す人々の気持ちをすぐに察した。
さすがに石を投げられることはないだろうが、アーシェラはこんな時期にリーズの中に赤ちゃんを作ってしまったことに責任を持たなければならないと改めて意識したのだった。
そんなアーシェラの緊張を、リーズはすぐに察した。
「大丈夫だよ、シェラ。シェラは間違ったことはしてないってことは、リーズが絶対に補償する。だから、堂々と歩いていこうね♪」
「リーズ……うん、ありがとう」
一瞬不安になりそうだった心をリーズが奮い立たせてくれたことで、改めて堂々と前を向いて、リーズと手を繋ぎながら歩くアーシェラ。
そんな二人の前に、事前の打ち合わせ通り、ロジオンの妻で元二軍メンバーの一人だったサマンサが出迎えてくれた。
「リーズさんお久ぁ~! やっと会えたねぇ~! アーシェラも結婚おめでとぉ~!」
「やっほー、サマンサ! リーズも会えて嬉しいなっ!」
「サマンサさんも、無事赤ちゃん生まれたんだって? ね、ねぇっ! 赤ちゃんに会ってもいい? ロジオンとサマンサの赤ちゃん、きっとかわいいよねっ!」
「もちろんさ! …………と、言いたいところなんだけど、その前にリーズさんにどうしても会ってもらいたい人が何人かいるんだ」
「リーズに会ってもらいたい人? 誰だろう? もしかしてエノーとロザリンデ?」
「半分正解! おっと、正確には3分の2正解かな」
「エノーとロザリンデが戻ってきてるんだ! ってことはもう一人いるのかな。誰なんだろう? そういえばロジオンは?」
「……ロジオンは今、王国との国境ギリギリのところでほかの仲間たちと一緒に陣を構えているよ。王国が何かトチ狂って関税同盟領に攻め込んできたときに備えてね」
「っ! やっぱり……!」
「話はあらかじめボイヤールさんにも聞いているけど、王国内の敵対勢力はなかなか一筋縄ではいかないようだね。グラントさんも心労がすごかっただろうな」
他人ごとのように言っているが、遠回しに置く国内のクーデターを進めたのはほかならぬアーシェラ自身である。とはいえ、グラントがクーデターを計画する一環で、第三王子派閥の陰謀を暴くことができたのは、怪我の功名と言えるかもしれない。
サマンサやボイヤールが二人に話している通り、現在元二軍メンバーの大半は、王国との国境になっている川を挟んだ対岸に陣地を構えており、最悪の場合に備えて防備を固めているようで、ロジオンも主要メンバーとして現地の指揮に当たっているようだ。
幸いにしてグラントが何とか手綱を保っているのか、元一軍メンバー中心の反乱討伐軍の動きは鈍く、今のところ国境紛争に発展するまでには至っていないが、早めにリーズたちが仲裁に入らなければ、双方に犠牲が出てしまいかねない。
リーズにとっては、かつての仲間たち同士で殺しあうことになるのはなんとしてでも避けたいので、今は急ぎたいところだが、その前にやらなければならないことがあるようだ。
サマンサの案内で、二人はアロンシャムの町の中心に近い場所にある兵士たちの詰め所に足を運ぶと…………そこには見知った黒髪の騎士の男と、金髪の聖女、そして檻の中に囚われた、かつての仲間の一人だった女性騎士の姿があった。
「エノー! ロザリンデ! それに……アイネだよね! なんでこんなところで捕まっているの!?」
「リーズ、アーシェラ、もう来てたのか。予定より早かったんじゃないか」
「お久しぶりですねリーズさん、アーシェラさん。ちょっとおいたする人がいましたので、頭を冷やさせているところです」
「勇者様が!? な、なんでこんなところに!? みんなどぁっちこっち探していたんですよっ!! まさか勇者様までそっちがわなんてことはないですよねっ!!」
エノーと似た配色の黒い防具に身を包んだ、長身の女騎士アイネは、リーズを見るなりとても驚いたようで、鉄格子を拉げんばかりに掴んで迫ってきた。
(アイネさんには悪いけど……なんだか猛獣みたいな扱いだなぁ)
リーズとアイネが鉄格子をはさんで向かい合っている後ろから見ていたアーシェラは、あちらこちらにアイネの怪力で歪んだと思われる鉄格子を見て、失礼だと承知しながらアイネのことを怪獣か何かのように見てしまった。




