第三王子は最後に笑う
「貴様ら、これは一体どういうことか。釈明してみよ」
「そ、それは……」
王都アディノポリス王宮のどこかにある地下大広間――――
その最奥に位置する豪勢な椅子には、心底不愉快な雰囲気を隠そうともしない第三王子ジョルジュと、その足元で平身低頭しているコドリアをはじめとした10名程度の邪神教団残党たちがいた。
彼らの目の前に、ジョルジュがある報告書を雑に投げ渡す。
果たしてそこには第三王子派閥になった元勇者パーティーメンバーから、最近王都の住人が続々と強制移住させられているという報告が記されていた。
「私が聞きたいのはただ一つ。貴様らはこのことを把握していなかったのか? 把握した上で報告しなかったのか、どっちだ」
((いや、そんなことを言われても……))
ジョルジュや邪神教団残党たちは、この王都で魔神王の復活という途方もないプロジェクトを行っており、その最終段階として「生贄」のようなものが必要になるのだが……王都の住人が減るということは、その「生贄」が少なくなるということになる。
しかし、それ以上にもっと重大なのは、住民を強制的に避難させるという大それたことができるということは、自分たちの計画がいつの間にかどこかの誰かに漏洩していることが確実だということだ。
愚かな王国民を欺いてきたつもりが、最後の最後で自分たちが欺かれていたことを知らなかったという事実は、ジョルジュの怒りを呼び起こさせるのには十分すぎた。
そして、そのような重大な情報漏洩に気が付かなかった邪神教団残党たちにも、この日ばかりは心底失望していた。
その一方で、邪神教団残党からしてみれば、ジョルジュへの報告が遅れたのはほかならぬジョルジュ自身に原因があると考えていた。
(まったく「多忙の身ゆえ、いちいち詰まらぬ報告をするな」と言ったのはどこの誰だったか忘れたのか……)
実際、邪神教団にとってジョルジュはかなり報連相がしにくいタイプの上司であり、下手な報告を入れると途端に不機嫌になったり、こちらを面と向かって罵倒してくる。
唯一の例外はモズリーで、彼女がいたころはコドリアたちの代理で、今何が起きているのかを当たり障りなく報告し、それをもとに細かく指示をもらうことができていたのだが…………モズリーがいなくなってから、ジョルジュに面と向かって意見できる人間がいなくなってしまったのだった。
「やれやれ、もうよい。たとえどのように取り繕おうと、グラントらに計画の一部か、あるいはすべてが露呈したことは代えられない事実。今はそなたらを詰問する時間すら惜しい」
「で、では……」
「勘違いするな、私は貴様らの失態を許したわけではない。これ以上失態を重ねれば、そなたらの宿願が危ういことを肝に銘じるのだな」
「は……ははぁっ!」
ジョルジュの言う通り、もはや計画段階的にも残り時間的にも、これ以上取り繕い誤魔化す意味はない。
今や彼らにとって最も重要なのは、どのタイミングで始動スイッチを入れるかだった。
「して、『儀式』の日取りは決まっているのか?」
「はっ、そちらについてはぬかりなく。5日後の大舞踏会がこの王国の命日にして……この世界の崩壊の始まりとなりますでしょう」
「そうと決まれば、もはやだれにも止められぬ。すぐに『支度』に移るぞ」
「「おおっ!」」
邪神教団残党たちが苦節数年に渡って準備してきたことが、いよいよもって結実する日が来る――――今までジョルジュに詰められていた悲惨な雰囲気が嘘のように、彼らは喜々として『儀式』の『支度』にとりかかった。
「ついに……ついにこの時がやってきたなぁコドリアよ!」
「ああ、長かった。ジョルジュ様には散々こき使われたが……ワシらの苦労はついに実り、世界の破壊と創造が行われるのだ!」
「くくく、勇者も行方不明になった今、もはや誰にも止められぬ。そして……」
(((今まで散々こき使ってくれたジョルジュ様を『釜』の中に放り込むことができるのだ)))
邪神教団残党たちにとって、確かにジョルジュは自分たちを最大限バックアップしてくれた恩人であり、話が分かる貴重な存在であったが……同時に人遣いがすさまじく荒く、彼の無茶な命令で随分とひどい目に遭わされてきた。
そんな第三王子を、最終的に自分たちの『儀式』に利用できると考えると、コドリアたちは邪悪な笑みを隠せなかった。
邪神教団残党たちが動き始めた後、大広間に一人残ったジョルジュは、ふとあることを思い出した。
「そういえば……勇者の父親は依然としてあの愚兄の監視下にあったな。この際、何かに仕えるかもしれん。確保しておくのも手だろう」
そう言ってジョルジュは、表向きの部下たちにリーズの父親を捕えさせようと命じるべく、地下の大広間を後にしたのだった。




