無秩序
「まったく、なんという様だ。命令は無視する、自国民を平気で殺傷する、略奪までする。名高い勇者パーティーがまるで野盗のようではないか! 勇者様の名に傷がつくことを考えていないのか!?」
『…………』
その日の夕方、大きな天幕の中で集まって夕食をとっている1軍メンバーたちの中で、グラントが憤慨しながらパンを齧っていた。
ラウラを初め戦場でいろいろとやらかしたメンバーはすでに王都に強制的に帰還させられ、残っているのはある程度グラントの言うことを聞く常識人ではあったが、まだ中にはグラントがリーズの代わりに勇者パーティーを率いていることに納得していない者もいる。
「なあグラントさんよ、あいつらがやりすぎだって言うのはもっともだが、それにしたって細かい規則多すぎやしないか? 勇者様と戦っていたころは、ここまでいろいろ言われなかったし……」
「……何度も言っているだろう。我々は「勇者パーティー」ではなく、王国軍として反乱の鎮圧に向かうのだ。魔神王を討伐しに行くという冒険者の仕事とは違う。それに、今回は我々だけでなく、王国兵も同行している。王国貴族となったそなたらが軍紀を乱しては、兵たちに示しがつかんだろう」
「それはそうだけど……こんな有様じゃやる気が起きないっていうか。それに、メシも不味いし。あの頃は今日みたいに何度も野営したが、毎日おいしい飯が出たじゃないか」
「軍隊の食事とはそういうものだ。そもそもあの頃、誰が料理を作っていたか覚えてないのか?」
「…………」
メンバーたちは、かつての魔神王討伐の旅に比べて明らかにクオリティーが落ちた軍隊での生活に辟易としているようだった。
(まあ、私もあの度では食事や洗濯諸々を担っていた人物を追放しそうになった手前、偉そうなことを言える立場ではないがな)
あの頃は炊事洗濯買い出し、それに交渉や会計までアーシェラが一手に担っており、メンバーたちは何不自由することなく生活することができたが、戦闘であまり役に立たないという名目でパーティーから追放しそうになったことを、グラントは今でも一生の不覚だと思っているようだった。
だが、グラント以外のメンバーはそもそも雑用は「誰かがやってくれる」程度にしか思っておらず、今でも王国にいれば当たり前のようにいつでもおいしい料理ときちんとした寝床などが用意されるものと信じてしまっている。
(やれやれ、王国の膿をすべて出し切ったら、次は彼らの意識改革をせねばなるまい。すっかり王国が提供する贅沢に慣れ切っているようだからな)
グラントが目指す王国でのクーデターはゴールではない。
あくまでもスタートラインであり、クーデターを完遂した後どのように国を運営していくかが最も重要だろう。
「諸君、この後は自由時間だが、例によって許可のない野営地からの外出は禁ずる。明日の戦いに備えて体を休めるように。私はこれから軍部との打ち合わせをしてくる」
グラントは一足先に夕食を終えると、仲間たちにくどいように念押して、軍の指揮官が集まる場所へと向かった。
「グラント様、もう夕食はお済で?」
「ああ。まったく、ゆっくり食事をとる暇すらない。まあ、ほとんどは私がまいた種だからあまり文句は言えんな」
腹心にしてリーズの兄であるフィリベルがグラントを出迎えた。
グラントはぼやきながらも、自ら作成した盗み聞き防止用の術道具を取り出して起動し、天幕内の会話が外に漏れないようにしする。
「さて諸君、いよいよ決行日が近い。第三王子と邪神教団残党らのせいでだいぶ計画の修正を余儀なくされたが、我らの悪名の大部分を引き受けてくれたと考えておこう」
「まさか第三王子が王宮の中心で魔神王の復活をもくろんでいるとは……ジョルジュ様のことは私もよく存じ上げませんが、いったい何があの方をそうさせたのでしょうね」
「何しろあの方はしばらく自らの邸宅にこもりきりで、王宮に出てこなかったので情報が非常に乏しい。だが、今となっては探るだけ無駄だろう。それより、第一王子派の官僚や役人の避難は済んでいるか?」
「それについてはぬかりない、グラントの指示通り、左遷と見せかけた配置転換で彼らを安全な地域に異動させてある」
「彼らには少しの間迷惑をかけるだろうが、あまり行政官がいなくなると取り返しがつかないからな」
「むしろ、諸々終わった後、彼らに普段の何倍もの仕事が降りかかる方がかわいそうに思えるのですが」
「それは私とて同じだ」
グラントの言葉に集まった者たちはドっと笑ったが、すぐに本題に戻り、クーデター進捗の最終確認をしていく。
グラントは第三王子とその一派が、王宮とその周囲を一気に破壊しようとしていることをつかんだことで、直ちに役人や官僚……特に自分たちの派閥や、普段から勤務態度に問題がない者を中心に、別の都市へと一時的に避難させていた。
王国という巨大な国を円滑に統治するには、結局大勢の優秀な官僚がいなければ成り立たたないので、彼らの安全の確保は最優先だった。
また、王都の住人の一部も、色々と理由をでっちあげて王都から半ば強制移住させており、今の王都の人口は3分の2以下まで減っていた。
だが、これ以上コソコソと動かすのは難しいので、特に王宮に近い範囲に住む市民たちは貴族たちによる再開発を名目に、王都の外周地区へ追い出していった。
ここまで徹底して準備させたせいで資金もだいぶかかり、足りない分はグラントがポケットマネーを出してでも実行させた。
これでもし失敗してしまったら、グラントは泣きたいどころでは済まないだろう。
ある程度確認がひと段落し、おおむね順調に準備が進んでいることが分かったころ…………今まで椅子に座ったまま口を開かなかった、水色髪の高貴そうな服を着た少女がおもむろに口を開いた。
「みんな……私の父が不甲斐ないばかりに、このような苦労をさせてしまい、申し訳ない」




