カリスマ不在
ここは、とある王国辺境領。
中央の無茶ぶりと無責任に腹を据えかねて反乱した(ということになっている)領主たちを討伐するため、勇者パーティー1軍メンバーが動員されたことで、彼らは反乱軍をあっという間に蹴散らした。
元々あまり懐事情がよくない領主たちが普段から整えられる兵力などたかが知れており、なけなしの金で雇った傭兵たちは相手が勇者パーティーだと知った瞬間、大半が戦場から逃亡した。
そのおかげで、初戦は反乱討伐軍側の余裕の大勝利に終わったのだが……
「あははは! 戦いなんて久しぶりだったけど、今日は文句なしだったわ!」
「邪神教団との激戦に比べれば、反乱鎮圧なんてあくびが出るくらい楽勝だったぜ」
「所詮は文句だけは一人前の甘ったれ貴族どもだ、僕たちの敵じゃない」
大規模魔術攻撃による破壊の匂いが漂う戦場を、非常に立派な鎧を身にまとう女性――ラウラとその取り巻きの男たち数人が風を切って闊歩する。
周りにはやられた敵兵の屍のが無数に転がっており、いかに圧倒的な戦いだったかを物語っている。
そんなとき、地に伏した敵の騎士の1人がまだわずかに息があるのを、取り巻きの1人が目ざとく発見した。
「ぐ……うぅ、う……」
「ラウラ様、こいつまだ生きてますぜ! しかも、指によさげな指輪嵌めてます!」
「よく見つけたわね、褒めてあげるわ」
「はっ、ありがたき幸せ!」
「指輪は私がもらうけど、ほかの物はあなたたちが山分けしていいわ」
「さっすが~、ラウラ様は話がわかるッ!」
息も絶え絶えだった敵の騎士は、無惨にも取り巻き達によってとどめを刺され、指輪をはじめとした所有物は彼らによってすべて引っぺがされてしまった。
そんなふうに、彼らが戦場を満喫していると、元勇者パーティーの仲間の1人がラウラの元にやってきた。
「おいラウラ、グラントさんから呼び出しだ」
「はぁ、またぁ? 今忙しいから後で行くって言っといて」
「早くいかないと、またいろいろ小言言われるぞ」
「あのオッサン、リーズ様に気に入られたからって調子乗りすぎなのよ」
結局ラウラは戦利品漁りをある程度堪能した後、渋々グラントがいる野営地まで赴いた。
会議のために設けられた天幕にはすでに何名かの仲間が呼び出されて集まっており、その中心で椅子に腰かけているグラントは、顔にこそ出さないものの、明らかに不機嫌なオーラを発していた。
「やれやれ、集合をかけて集まるまでにこれほど時間がかかるとは。まだ下級兵士の方がきちんとしているぞ」
「なによ、嫌味を言うために呼び出したなら承知しないわよ」
ラウラ他、戦いの後に呼び出しを食らった元1軍メンバーたちも、露骨に不機嫌そうな顔でグラントをにらみ返している。
その反抗的な態度に、グラントは思わずため息をつくが、気を取り直して諭すように口を開いた。
「諸君、出発前に何度も言い聞かせたはずだ。今回の任務は冒険者のおつかいではなく、歴とした国王陛下直々の命令である。そして、司令官に任じられたのは私だ。諸君は王国家臣として、私の命令に従い行動する義務がある。にもかかわらず。諸君の度重なる規律違反…………許可のない外出、遠出、禁止した民家からの徴発や戦場での略奪などなど、もはや軍としての体裁を生していないと言っても過言ではない」
「あら、何を言うかと思えばまたそんなつまらないこと言うのね。司令官だか何だか知らないけど、私たちはあなたの部下になった覚えはないわ」
「部下になった覚えがないとそなたが思うが思うまいが、そのようなことは関係ない。国が命じたのであれば、その通りに動くのがそなたらの務めなのだ」
「ふん、冗談じゃねぇ。ちょっと地位が上だからって威張りやがって。勇者様が言ってただろ? 俺たちは主人と部下の関係じゃなくて、みんな仲間なんだって。勇者様が命ずるならまだしも、お前が偉そうに命令するのはなんか違わねぇか?」
「そうそう、僕たちが従うのはあくまで勇者様なんだから。あんたにいちいち口出しされるのはもうまっぴらだ」
(こやつら……まだ冒険者の頃の感覚が抜けきっていないな。まあ、今まで王国でしてきた「仕事」も、結局周りにちやほやされるだけで、真っ当に王国の臣下としての務めを果たしたことが何度あったか。まったく、これだから勇者パーティーの面々を動員するのには反対だったのだ)
軍人としての規律の順守と行動を求めるグラントに対し、まるで子供のようなわがままな態度を隠そうともしない元1軍メンバーたち。
彼らはなまじ一般人とは比べ物にならない実力の持ち主である上に、王国の貴族として採りたてられた後も軍人としての教育を受けたわけではないので、今回の反乱軍討伐も勇者パーティーによる冒険の延長戦としか見ていないようだ。
もっとも、全員が好き勝手しているわけではなく、中には王国貴族になった後、自発的に勉強や仕事に取り組んでまじめに任務をこなす者もいるにはいるが、ラウラをはじめとする特に実力のあるメンバーは増長が激しく、グラントの言うことを全く聞かなかった。
この調子では反乱鎮圧に支障をきたすだろうと危惧していたグラントだったが、果たして彼の懸念は現実となり、今日の戦いでは被害を最小限にし、略奪を禁ずるという指示は完全に無視されたのだった。
野戦でこれなのだから、今後控えている街での戦いや攻城戦ではどれだけの被害が出るかわかったものではない。
「何度でも言わせてもらおう。諸君、今回の任務は遊びではない。自国の反乱鎮圧は、思っている以上に複雑で難しい任務なのだ。これから先、反乱を起こした村や町を相手にすることになるだろうが、今日のような雑な戦い方では無用な被害が出てしまうだろう」
「無用な被害が出る? 相手は俺たちに歯向かってきたんだから、一人残らず殺せばいいだろ」
「何? 今なんと言った? 反乱軍とはいえ、仮にも自国の民だぞ。彼らに被害が出れば、王国民の心が離れるぞ」
「それに、第二王子殿下も言っていたわ、反乱を起こすような愚か者に情けは不要だって。逆らうようなら、今のうちにきちんとしつけておかないとね」
グラントは内心頭を抱えたくなった。
あれだけ理想が高かった仲間たちが、すっかり王国の悪い志向に飲み込まれ、庶民たちを下に見始めているのだ。
今の彼らの姿をリーズが見たら何を思うか……いや、山向こうに逃げている時点でリーズはとっくに自分たちのことを見放しているだろうとも思えた。
「……もうよい、そなたらは此度の任務に不適格ゆえに、司令官権限で解任する。本来であれば軍法会議で厳しく罰するところだが、王国の法で貴族の軍無違反は特権で処罰できないことになっている」
「はぁ? 解任? 何勝手にあたしたちをクビにしようとしてるわけ?」
「何を言おうと、私にはその権限がある。旅費は後で渡す故、今日中に荷物をまとめてさっさと王都へ帰れ」
グラントももはや我慢の限界だったのか、ラウラをはじめとした言うことを聞かないメンバー10名と、彼らが連れてきた部下や使用人たちを部隊から放り出すことにした。
彼らは不貞腐れながらも、渋々帰り支度を始めるのであった。




