出迎
道から少し外れた場所にやや広い空き地があった。
そこではリーズ一行がやや大きめの焚火を起こしており、焚火の炎をもって巨大な肉の塊をこれ見よがしに焼いていた。
「……うん、気配がする。早速かかったみたい」
「やはりこの時期の魔獣は飢えているだろうからな、吊られざる負えないだろう」
肉が焼けるいい匂いが風に乗って峡谷中に広まると、間もなく四方八方から涎を垂らした魔獣たちが姿を現した。
特に多いのは、村にいた時も何度か争った狼の魔獣『サルトカニス』で、そのよく利く鼻で遠くから深い雪をかき分けてまで集まってきた。
冬は獲物が少ないせいか、どの魔獣たちも強烈に腹を空かせており、匂いの発生源を見つけるや否や連携を考えることもせず、我先に突っ込んできた。
「馬車の操縦ばかりでは身体が鈍るからな、運動の相手になってもらうとしよう」
「そうは言ってもレスカ姉さん、相手は飢えた獣……油断しないようにね。僕も援護するから」
「何かあったらリーズも助けるからね」
「強化術もかけておくよ」
アーシェラから術強化を施されたレスカとフリッツが迎撃に出る。
レスカの鋭い槍さばきがさく裂すると、駆け寄ってきた狼たちはたちまち皮膚ごと貫かれ、悲鳴を上げながらのたうち回る。
そして、迂回しようとした魔獣に対しては、フリッツが雷矢の術を連続で放つことで撃破していった。
「あちらからも3体来る」
「じゃあここはリーズが……」
レスカたちとは逆方向から襲撃しようとしてきた魔獣に対し、リーズが迎撃に出ようとするが、その前に魔獣らの額に次々と短剣が突きささった。
「モズリーちゃんも戦ってくれるの?」
「私だって暇ですから」
魔獣に短剣を投げつけて撃破したのは、なんとモズリーだった。
一体どういう風の吹き回しか定かではないが、彼女はあくまで手持無沙汰だったと言い切った。
「セティもタタカウするヨ!」
「いや……君は危ないから、じゃなくて君が出るまでもないよ」
イムセティも張り切って戦おうとするが、さすがに彼女に戦いでもしものことがあったら色々まずいので、応援だけしてもらうことにした。
一応、族長の娘にして巫女をしているイムセティも、炎の術で戦える力はあるのだが。
「さて、おびき出せたのはこれで全部かな?」
「まだだよシェラ、いよいよボスのお出ましみたい!」
寄ってきた有象無象はあらかた片付けたが、リーズはまだ1体残っていることを察知した。
果たしてリーズの言う通り、少し離れた崖の上から巨大な影がのそりと姿を現した。
それは、二階建ての家ほどの身長を誇る巨大なクマの魔獣だった。
全身傷だらけの青い毛並みを持ち、前足の爪は一本一本が鉤爪のごとく鋭く突き出ており、威圧的な眼光は冒険初心者が対峙したら腰を抜かしてしまうことだろう。
「ふん『岩熊』か、相手にとって不足はない」
「え、やりあうの!? 差流石に正面からだと厳しいんじゃ……」
レスカは普通に白兵戦を試みようとしているが、何しろ相手はただでさえ強力な生物「熊」が巨大化し、そのうえ凶暴化したとあっては、人間が一対一で倒すのは至難の相手だ。
前足の一撃は大木もへし折ると言われるほどの威力があり、足の速さも馬すらしのぎ、おまけに耐久力も尋常ではない。
はっきり言って討伐するには、熟練傭兵団が数人犠牲にする覚悟で当たるくらいでなければならないだろう。
そんな強敵を前に一歩も引かない姿勢を見せるレスカだったが…………魔獣が動こうとしたその時、突然クマの魔獣の全体が勢いよく発火した。
「なっ!? 燃えた!? フリ坊、なにかしたか!?」
「ぼ、僕は何もっ!?」
戸惑う一行の前で、クマの魔獣は恐ろしい断末魔を叫びながら盛大に炎上し、数十秒後には体全体が消し炭となった。
「おーっと、火が強すぎたか。奴の内臓は術の触媒になるからちょいもったなかったな」
「あっ、ボイヤール!」
「ボイヤールさん、こんなところまで来てくれたんですか」
「よっ、二人とも、遠い道のりをわざわざご苦労さん。本当なら弟子が迎えに来るはずだったんだが、あいつは子育て奮闘中だからな」
巨大な魔獣をたったの一撃で仕留めたのは、大魔道ボイヤールだった。
どうやら彼自身が直々に出迎えに来てくれたようだ。
「で、お前さんたちはこんなところでのんきに肉焼いていたのか。いや、違うな。この先の安全を確保するために、わざと肉焼いて魔獣を誘い出したってわけか」
「えへへ~、正解っ! この場所が一番迎撃しやすいから」
「もちろんこのお肉も調理しますよ、よかったらボイヤールさんも食べますか?」
「いただこう」
こうしてボイヤールも合流したリーズ一行は、魔獣対峙で消費したエネルギーを回復するためにお昼ご飯を食べることにした。
お昼を食べた後は、倒した魔獣の素材の剥ぎ取りを行う予定だ。
「ほう、この娘が例のスパイか。たしか王宮で夜ちょくちょくいるのを見たことがあるぞ」
「げっ、大魔道!? あんた王都の邸宅で引きこもってるんじゃなかったの?」
「お前らが監視していることなどお見通しだ。人が足りないからって監視に手を抜きゃ、まぁそうなるな」
第三王子が要注意人物の一人としてマークしていたはずのボイヤールが平気で外出しているのを見て、モズリーは非常に驚いていた。
それと同時に、大魔道がアーシェラ達に通じているという事実を初めて知り、改めて邪神教団の残党たちが詰みの状態になっていることを確信したのだった。
「なあアーシェラ、こいつがここにいて大丈夫なのか?」
「問題ないですよ、僕が保証します。もしかしてボイヤールさんがここまで出迎えに来てくれたのは、僕たちに早く伝えたいことがあるからですか?」
「よくわかったな、その通りだ。これからアロンシャムの町に向かう間に、色々と話しておきたいことがある。こいつに聞かせても大丈夫なのか? いや、もう遅いか」
「…………」
アーシェラが予想した通り、ボイヤールがわざわざここまで来たのは、現在のロジオンたちやグラントたちをめぐる一連の動きが切羽詰まっているからに他ならない。
食事の用意が整うと、ボイヤールは肉をかじりながら今彼らがおかれている現状について、ゆっくりと話し始めた。




