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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―白虎の月2日― 旅立ちの日
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橋 Ⅱ

「リーズはね、この山道を越えるとき…………心の中ですごく沢山迷っていたの。この山を越えればシェラに会える……でも「勇者」としてのリーズに期待してくれた人たちのことを裏切ることになるって…………。今思うと、戻らなくてよかったって思う」

「気持ちは痛いほどわかるよ、リーズ。リーズは優しいから、仲間への気持ちを捨てきれなかったんだね」


 リーズが怖かったのは橋の高さではなく――――勇者としての責任を投げ捨ててしまうことへの不安だった。

  リーズは、アロンシャムの町でロジオンからアーシェラの居場所を聞いた時、そのまま彼の元に向かったわけではなかった。

 かつての2軍メンバーを1年で回りきる予定だったところを、町から町への移動時間を大幅に短縮したことで、半年とちょっとですべて回り終えた彼女は、王国から帰還命令が飛んでくる前に、定時連絡を放棄して旧街道へと向かったのだ。

 予定外の場所を訪問することは許されていない。けれども、リーズは何が何でもアーシェラに会いたかったのだ。


「この道を戻ってしまったら……この道を戻るときが来たら…………リーズは二度とシェラに会えなくなるって思ってた。きっとリーズがこの道を戻るとき、泣きながら帰るに違いないって……思ってた」

「でも、今のリーズは、とてもいい笑顔で笑ってる」

「えへへ、シェラと結ばれて、本当に良かった♪」


 ドキッとするようなかわいさ満点の笑顔をアーシェラに向けるリーズだったが、その目にはちょっとだけ涙が滲んでいるように見えた。 


「忙しくて、色々あって、言いたいことも言えなくて……リーズはずっといっぱいいっぱいだったのかもしれない。リーズが村に来て、僕たちと一緒に過ごしているうちに心に余裕ができたから、何が本当に大切なのかが見えてきたのかもしれない。なんてね……」

「シェラの言う通り、リーズは疲れてたんだと思う。今思うと、勇者様になったからっていつも自分を偽る必要なんてなかった。王国のみんなは好き勝手やってたんだから、リーズだって好き勝手する権利があるもんね!」

「そうそう、その意気だ。これからリーズは王国に絶縁状を叩きつけに行くんだし」

「シェラも一緒に叩きつけてくれるよね」

「もちろんだとも。そのための準備はしてきたし、なんならリーズをひどい目に合わせた連中に対する文句クレームを10ダースくらい考えてある」

「シェラってば、そんなところまで準備万全なんだね!」


 本当に100個以上の文句クレームを用意しているのかは定かではないが、アーシェラならやっても不思議ではないなと思うリーズだった。

 詰られる1軍メンバーたちはたまったものではないだろうが、彼らは彼らでアーシェラに言いたいことはたくさん――――それこそ10ダースでは足りないだろうから、ある意味お互い様ともいえる。


「そういえばシェラ」

「ん?」

「そろそろ橋渡り終わっちゃうね」

「え……? あ、ほ……本当だ!?」


 気が付けば、リーズとアーシェラはすでに橋を渡り終えるまでもう数歩のところまで来ていた。

 ついさっきまで腰が抜けたような歩き方しかできなかったアーシェラは、リーズと話しているうちに恐怖を忘れてしまったのだ。

 まさか自分がここまで早く、鬼門ともいえる吊り橋を渡り終えてしまうとは、アーシェラ自身もすぐには信じられず、陸地に足を踏み入れた後も彼は少しの間茫然自失としていた。


「渡った……わたり終わってしまった。リーズと話していたら、あっという間に……」

「きっとリーズの愛がシェラの心の中の恐怖に勝ったんだね! やったあ!」


 勇者の力は魔神王だけにとどまらず、愛しき人の恐怖をもやっつけることができたのだからすごいものである。

 まだ完全に克服したとは言えないだろうが、おそらく今後もリーズさえ傍にいてくれれば、アーシェラは高いところも平気になっていくかもしれない。



 そのあとすぐに、後方で待機していた馬車が橋を揺らしながらリーズたちがいる方へ渡ってきた。

 いつかみたいに橋が崩れ落ちたりしないだろうか?

 橋の途中で魔獣が襲ってこないだろうか? 

 自分が渡り終えてもなお心配が尽きないアーシェラだったが、幸い彼の心配は杞憂に終わり、馬車は何事もなく橋を渡り終えたのだった。


「村長! 無事だった?」

「驚いたぞ。あれだけガクガクブルブルしていたのに、途中から何事もなかったように歩き始めたんだからな。何か魔法でも使ったのか?」

「えっへへ~! リーズの愛がシェラの弱点をやっつけたんだよ! すごいでしょ!」

「それは、すごいが……ちょっとよく話が見えてこないな」

「それはね、レスカ……リーズと話し込んだら、高いところが怖いという気持ちがいつの間にか消えててね。たぶんこれからも、リーズと一緒にいれば前よりは高いところ怖くなくなるかも」

「そうなんだ! 村長の最大の弱点が実質一つ減ったね!」

「よくわかんないけど、オメデトサン!」


 レスカやフリッツ、イムセティが拍手しながら喜ぶ中、モズリーだけは複雑そうな顔をしていた。


(ただでさえ隙がないのに、弱点が一つ減るとか、勘弁してほしいんだけど)


 こうして、最大の難所だった『天絶の隙間』を突破した一行は、再び全員馬車に乗り込んで雪が積もる旧街道を進んでいく。


 無事渡り終えたとはいえ、神経をすり減らす時間が続いたからか、アーシェラは馬車の奥で荷物に寄りかかって少し休むことにした。


「やれやれ、終わってみればあっという間だった。けど、帰ってくるときにはまたあの橋を通るんだと思うと……やっぱりちょっと嫌だな」

「大丈夫だよ、シェラ」


 アーシェラが少し疲れているように見えたリーズは、おもむろにアーシェラの隣に腰かけると……彼の耳元に唇を近づけ、内緒話をするように囁く。


「その時はまた、リーズが手をつないであげるから、ね♥」

「っ!?」


 かわいらしい顔からは想像もつかない艶やかな声色と、ねっとりするような吐息がアーシェラの右耳を犯し…………彼の身体がビクリと跳ね上がった。

 リーズのおかげで弱点を一つ克服したというのに、リーズのせいで新たな弱点が増えていたアーシェラであった。

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― 新着の感想 ―
 こんばんは、南木様。御作を読みました。  なるほど、期待のプレッシャーに、後戻りできない恐怖か。  加えてシェラ君にもう会えないと思ったなら、そりゃ肝も冷えちゃいますよね。  シェラ君と一緒の今な…
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