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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―白虎の月2日― 旅立ちの日
249/273

 村を出発してはや7日――――

 来る日も来る日も、整備されていない荒れた道を揺らされながら、時には魔獣の襲撃を退けながらも進んできた馬車は、旧街道最大の難所に差し掛かった。


 『天絶の隙間』と呼ばれる巨大な谷間がある。

 かつて、王国地方と旧カナケル王国の自然国境になったこの谷は、晴れた日でも谷底が見えないほどの深さで、ここを越えるには馬車がギリギリ一台通れるほどの吊り橋を渡らなければならない。

 歴史的にもかなりいわくつきの場所であり、かつて魔神王の侵略があった際、避難民がこの道を逃げるときに橋が落ちて、大勢の人間が亡くなり、大勢の逃げ遅れた民が邪心教団にとらわれて生贄にささげられたという話もある。

 そして何より、アーシェラの弱点である高所恐怖症を発症させたのも、この谷が原因なのだ。


「シェラ……本当に大丈夫? 辛かったらリーズがおんぶするから」

「いや、大丈夫だ……たぶん、きっと、うん、大丈夫、かも」

「全然大丈夫じゃなさそうだが」

「む、無理しなくていいんだよ村長さん!」

「セティもオウエンするよー!」

「…………(この人、こんな弱点があったんだ)」


 アーシェラはリーズに左手をつないでもらいながら、まるで生まれたての小鹿のように震える脚で、吊り橋を渡り始めた。

 山道でもそれなりのスピードで歩くことができる、元冒険者の健脚を持つアーシェラであれば、普通に歩けば3分とかからずに渡りきれるだろうが……今の拙い歩みでは渡りきる前に日が暮れてしまいかねない。

 というか、わざわざ徒歩で渡らずとも、橋を渡り終えるまでの間、馬車の中で目をつぶっていればさっさと渡りきることができるというのに、この村長は自らへのけじめの為なのか、あえて徒歩で渡ることを選択したのだった。


(初めてこの谷を越えた時は……結局自力では渡り切れなかった。それは僕が弱かったせいだ。けど、あの頃の僕とは違う…………これくらいの試練を乗り越えられなきゃ、リーズを護ることなんてできない!)


  内心ではそう奮い立たせているが、恐怖症というのはそう簡単に克服できるものではない。

 谷の向こう側は、まるで別世界の彼岸のごとく遠く感じるし、時折谷底から吹く風が橋を揺らすたびに、アーシェラの心臓は爆発しそうなくらい跳ね上がった。

 何より……少しでも視線を下にやれば、底が見えない真っ暗闇が、悠然と口を開けている。

 この、無限とも思える深い谷底は、幼いアーシェラの目の前で、彼の父親とともに大量の避難民たちを吞み込んでしまったのだ。

 それを思うだけで、思わずめまいで倒れそうになる。


 そして、それを後方で見守る4人は、アーシェラの危なっかしい足取りにハラハラするばかりだった。


「まったく、あの村長は普段私たちに無茶するなという癖に、変なところで強情になるのだから……」

「それにしても、まさかこの街道の橋がいつの間にか修復されてたなんて、私たちですら知らなかった。通りで王国があちらこちら探しても、勇者の影も形も見つけられないわけね」

「僕たちだって、まさかこんな危ないところを通るなんて思わなかったな。この橋を作るのには1ヶ月くらいかかったし、ここを通り過ぎても問題は山積みだったよ」

「以前にこの橋を渡った時、馬車には荷物が満載されてたせいで村長は徒歩で渡らざるを得なくてな…………その時はリーズもいなかったから、ブロス夫妻に両脇を抱えられながら歩いていたな。向こう岸についた時にはほぼ気絶してたぞ。たぶんだが、村長はその時の記憶を何とか払しょくしようとしているのかもな」


 アーシェラがかつてこの谷を渡ってまでも今の村があるところに行ったのは、俗世への、そしてリーズへの未練を絶つためだった。

 この谷はある意味でアーシェラが自分で自分を閉じ込めるための牢屋みたいなものなのだろう。

 それを自らの足で破ろうというのだから、アーシェラの並々ならぬ覚悟が垣間見える。


 で、肝心のアーシェラは、すでに普通の人なら向こう岸に到達しているほどの時間をかけてもなお、橋を半分も渡っていなかった。


「ねぇシェラ」

「ど、どうしたの……リーズ?」

「シェラも前にこの橋を渡ったんだよね。村を立ち上げるときに。その時はどうやって渡れたの? 気絶しなかった?」

「あ……あはは、あの時も結局大丈夫じゃなかったよ。この橋を作るのに一か月くらいかかったから、野営してる間、いつこの谷を越えなきゃならないのかと思い続けて具合が悪くなりそうだった。そしていざ渡るときも一瞬で足がすくんじゃって……ブロスたちに抱えてもらえながら歩いたけど……途中から記憶がさっぱりなくて」

「やっぱりシェラも大変だったんだね。それに、そこまでしてリーズのこと忘れようとしてたなんて」

「リーズ……」

「あ、怒ってるわけじゃないよ! むしろ、シェラをそうさせちゃったのはリーズのせいだし! それに……リーズもこの橋を渡るとき、ちょっと怖かった」

「怖かった? リーズが?」


 リーズがこの橋を渡るのが怖かったと聞いて、アーシェラは心底意外そうな顔をしていた。

 常人ではその姿を見るだけで発狂すると言われた魔神王を真正面から叩きのめしたリーズが、橋を渡るのに今更恐怖を感じるだろうか?

 いや、そう言った意味で恐れを感じていたわけではないことは、アーシェラにも何となく想像がついた。


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― 新着の感想 ―
 こんにちは、御作を読みました。  敵と相対する恐怖と、天険を越える恐怖はまた違ったものがありますよね(⌒-⌒; )  シェラ君にとっても思い出深い? 地ですが、まさかリーズちゃんにとってもだとは驚き…
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