帰道
温泉に入って一時的に体を温めたリーズたち一行だったが、旧街道の本格的な山道に入ったとたん気温が一気に低下し、周囲にはうっすらと積もった雪が見え始めた。
「コレ、なに? 氷の砂?」
「やっぱりイムセティちゃんは雪を見るのが初めて? これはね、雪っていって、寒さで雨が凍るとこんなふうに積もるんだよ」
「はえーっ」
やはりと言おうか、常夏の国出身のイムセティは人生で初めて見る「雪」というものを興味深そうに眺めていた。
手で掬うとひんやりするが、彼女の高い体温によってたちまち掌で溶けていってしまう。それはまさに、イムセティが言うように「氷の砂」のようであった。
「しかし……この山に大雪が降ったのはもう2ヶ月以上も前だというのに、このあたりの雪もまだ溶けきっていないとは…………」
「この先の道はまだ結構積もっているかもね」
「みんな、わかっていると思うが、この先の道はかなり厳しいだろう。各自勝手な行動は慎むように。特にモズリー、下手に逃げたところで遭難するのがオチだからな」
「わかってるよーだ」
手綱を操るレスカの手により一層力が入り、その表情にも緊張感が漂っている。
もうそろそろ春が近いとはいえ、気温はまだ日中でも肌寒いこの時期は、雪がなかなか溶けず、おまけに溶けた雪が凍ることでアイスバーンを形成するという難関となる。
去年のこの時期にはロジオンが対象を率いてこの道を進んできたが、予定を5日遅れで到着するほどのひどい目に遭ったのだから、その道のりの厳しさは想像を絶するものがある。
レスカとフリッツが危惧した通り、標高が上がるにつれて辺りは一面白い世界となり、馬車は何度も足止めを食らう羽目となった。
「イムセティ、悪いが雪かきを手伝ってくれ! 村長、術強化を頼む! フリ坊は馬車の操縦に専念しろ」
「アイサー!」
「わかった、強化だけじゃなくて僕も手伝うよ」
「どうどう、足を取られないように…………」
「シェラ! リーズも手伝った方がいい?」
「すまないけど、リーズは今は安静にしてほしい。その代わり、周囲に魔獣がいないか見張っていてくれないか」
「むぅ……シェラがそう言うのなら」
リーズはもしものことがあると困るので、重労働からは外されて馬車の見張りを任された。
あまり身体を動かせないのは若干不満だったが、万が一のことがあれば「大変」では済まないため、今はおとなしくしているほかない。
「いーよいーよ、私も手伝ってあげるから」
「モズリーちゃん、いいの?」
「私だって早く山向こうに帰りたいし、馬車でじっとしてても暇だもの」
ということで、モズリーまで雪かきを買って出たこともあって、道をふさぐいくつかの雪だまりを想定より早くかき分けて進むことができた。
だが、それはそれとしてリーズの心境はやや複雑だった。
(リーズは今まで前で戦ってばかりだったから……後ろでじっとしてるのはやっぱり慣れないなぁ。もしかしてシェラも、同じような気持ちになったことがあるのかな)
もちろん見張りだって大切な仕事だし、全体の後ろから前に指示を飛ばすのも重要な役目だ。
それでもリーズは、やはり自分で一番前に立って、人一倍頑張らないと働いた気にならない。ずっとずっと「勇者」として人々の前に立つ仕事をしてきたから、自分の手足を動かさないと気がすまなくなってしまったのかもしれない。
「よいしょっと、ただいまリーズ。これで前に進めるから……おっと、雪遊びできなくてちょっと残念だった?」
「えっへへ~、バレちゃう? やっぱりリーズは後ろでどっしり構えるのって向いてないかも」
「そんなことはないさ。リーズにはまだその経験が少ないだけだから、この先何回もこういうことをしなきゃいけない時は来るはずだ。なんて言ったって、リーズは「村長夫人」で、僕の奥さんなんだから」
「うん、そうだねっ♪ えへへ、シェラの隣に立っていいのはリーズだけだし、リーズの隣に立っていいのはシェラだけだもんね」
うまく丸め込まれた気もしないでもないが、リーズは細かいことを気にせず、アーシェラの身体にピタッと寄り添った。
「あ、シェラの身体あったかいね! 雪かきして動いたからかな?」
「そうかな……僕はリーズの身体の方があったかく感じるけど」
「それにこうすると……ほら、スンスン、シェラのいい匂いが湯気みたいにホクホクでてくる♪」
「ま、まった……さすがにこんなところでコートの中をクンクンされるのは、恥ずかしいっていうか、みんな見てるからっ!」
「いいじゃんいいじゃん、見せつけちゃえっ♪」
「姉さん……その、僕あまり動いてないのに、気のせいか、あったかくなってきたっていうか」
「本当にあの二人は……あー、ブラックコーヒーが飲みたくなってきた」
「オネイチャン……ミー・ネイ、ミー・ネイ……」
「あんたもいっちょ前に恥じるのね……勇者が此処まで色ボケとは思わなんだわ」
雪かきという労働をしたからか、はたまた別の熱がそうさせるのか、氷点下の気温の中を進む馬車の中は、しばらくの間、まるで暖房を搭載したかのようにアツアツだったという。
補足?
ブロス「ヤアァ、ヴォイテク船長! 南の島の言葉がわかるって本当かい?」
ヴォイテク「おうよ、ある程度はな!」
ブロス「『ミー・ネイ』って、どういう意味なの?」
ヴォイテク「……言わせんな恥ずかしい」




