温泉Ⅱ
「ワハー! マっしろしろのプーナワイだーっ!!」
「これがユリシーヌの言っていた白い湯か。なんでも、肌がすべすべになるらしいが…………」
「やっぱりここを通ったら温泉に入らないとね!」
旅の途中で旧街道から少し離れた断崖地帯にやってきたリーズ一行。
お目当てはもちろん、以前リーズとアーシェラがデートの最中に偶然発見した温泉だ。
時折大地を揺らしながら、湯気とともに岩盤の割れ目から勢いよく吹き上がる熱湯は、リーズやブロス夫妻が時々手入れしている窪地に溜まっていく。
石灰や硫黄を含む成分のお湯は白く濁っており、ユリシーヌによればお肌がつやつやになる効果があるとか。(実際、夫のブロスに「お肌つやつやになった」と喜ばれたらしい)
「火の島」出身らしいイムセティの故郷にも温泉があるようで、彼女は久々の天然温泉に目を輝かせていた。
「わーい! アッチャラッチャー!」
「ちょ、ま……まてイムセティ! ここで脱ぐなっ!」
ただでさえ普段から目のやり場に困る衣装を着るイムセティが、温泉を前に何のためらいもなく服を脱ぎだした。
レスカがあわてて止めるも時すでに遅し、イムセティはあっという間にすっぽんぽんになった。
「わわわわわわ!? ぼ、ぼぼぼ、僕は後でいいやっ!」
「そうだね……まずは女性陣でゆっくり入っていいから」
そして、いたたまれなくなった男性二人はいそいそと退散するのであった。
「リーズはシェラと一緒に入りたかったけど……今回は仕方ないかな」
「そ、そうだな……リーズも自重してくれるとありがたい」
「えっと、私は遠慮しておこうかな、なんて」
「えっへへぇ、モズリーちゃん、逃げちゃダメだよ♪ ミルカさんとミーナちゃんから聞いたから、モズリーちゃんがお風呂嫌いだって知ってるんだよ♪ それじゃあ、脱ぎ脱ぎしちゃおっか♪」
「や、やめてくれーーーっ!」
「まったく、女の子同士であっても無理やり裸にするのはどうかと思うな。リーズにはあとでちゃんと注意しておかなきゃ」
「あうあうあうあう…………」
女子たちのあんな声やそんな声は、きちんとアーシェラとフリッツの耳にも入ってくるが、ただ切れるばかりのアーシェラに対し、うぶなフリッツは顔を真っ赤にしながら鼻血を垂れ流す羽目になった。
「さてと、そうはいってもただ待っているだけだとつまらないな。フリッツ、ちょっと手伝ってもらっていいかな」
「え? あ、はい。僕にできることであれば」
そういってアーシェラは、一時的に馬車を留めてある場所の近くにある雑木林へ足を踏み入れる。
彼のお目当てのものはすぐに見つかった。
「オオライチョウの巣だ」
「村長、お肉ならもうたくさんあるのに、狩るんですか?」
「今回の目的は卵の方だ。とはいえ、親鳥も仕留めないとならないね。かわいそうだけど、親子で今日のお昼ご飯になってもらおう」
『ア゛ア゛ーッ゛』
鳥の魔獣の一種「オオライチョウ」は白黒の縞模様の翼を全力で広げて、近づく人間を精いっぱい威嚇するが…………フリッツが容赦なく電撃魔法を浴びせて、攻撃される前に一撃で仕留めた。
「巣の中に卵はあるかな、フリッツ君、登ってみてきてほしい。落ちないように気を付けてね」
「村長は相変わらず高いところダメなんですね……」
親鳥がいなくなった巣の中を覗いてみれば、果たして卵が3つほど残されていた。
「村長、ありました!」
「ありがとう! 何個あった?」
「3つですね」
「3つか……人数分は欲しいから、別の巣も探索してみよう」
こうして、人間のエゴにより、このあともう一つのオオライチョウの巣が襲撃されることとなったが、ともあれ人数分の卵を手に入れることができた。
「卵を集めて何に使うんですか?」
「文献に書いてあったことを思い出してね、一度やってみたいことがあったんだ」
女子たちが入っているのとは別の個所から湧く温泉にやってくると、アーシェラは採りたての卵を網に入れて熱湯の中に浸した。
「温泉地ではこうやって温泉のお湯でゆでたまごを作っていたそうなんだけど、何でも温泉独特の仕上がりになるって聞いたことがある」
「へぇ……温泉にそんな使い道があるんですね」
「もしかしたら、今後料理のレパートリーが広がるかもね」
そんなこんなで十数分後、お湯につかってすっかりいい気分になったリーズたちが戻ってくると、アーシェラとフリッツが焚火にあたりながらオオライチョウの羽毛を毟っていた。
「あれシェラ、リーズたちがお風呂入ってる間に鳥のお肉調達してきたの?」
「おいおい村長、肉なら腐るほどあるのにまた狩ってきたのか」
「ああいや、これはどっちかっていうと副産物でね。本命はこっちなんだ」
「これ……ゆで卵?」
「リーズたちを待ってる間に、熱湯を利用して温めたんだ。お皿を用意したから、その上で気を付けて割ってね」
普通、ゆで卵と言えば殻をその場で「剥く」ことになるが、温泉卵は卵白が固まらないので、生卵と同じように皿の上で割る必要がある。
フリッツが全員分の食器を配ると、各々不思議そうに卵を割っていった。
「な、なにこれ!? ゆで卵のようでゆで卵じゃない! 白身がゼリーみたい!」
「プニプニ! プニプニダ!」
「ね、不思議でしょ。僕もどうしてこんなふうになるかわからないけど、とにかく食べてみよう」
今と違ってこの時代は繊細な温度調節が難しいため、温泉卵は文字通り温泉の温度で作るしかない。半熟の卵を初めて見たリーズたちは、興奮しっぱなしだった。
そして味の方も――――
「ん! ウマッ! これはたまげた!」
「んふふ、ほかほかして、ちゅるんとしてるっ!」
「これは…………」
「想像以上だ! もしかしたら、将来村の名物になるかもしれない!」
「大当たりだね、村長さん!」
ゆで卵とはまた違った濃厚な味と、とろりとした不思議な食感はたちまち彼らの舌を虜にした。
リーズにセクハラされてやや不機嫌だったモズリーも、食べた瞬間に絶句し、うっとりとした表情を浮かべている。どうやら、余程この食べ物を気に入ったらしい。
こうして早めに昼食を摂った後、せっかくだということでアーシェラとフリッツも温泉に浸かってくることになった。
残された女性陣4人はしばらくのんびり焚火を囲っていたが…………
「なあリーズ、一つ提案があるんだが」
「奇遇だねレスカ。リーズもやりたいことがあるんだけど」
「あのー、それはひょっとして…………」
「?」
いまいちよくわかっていないイムセティをよそに、リーズとレスカ、モズリーが神妙な表情で顔を見合わせる。
「おかわり、取りに行こう!」
「「「おーっ!!」」」
温泉卵がよほど気に入ったのか、4人は武器を片手に意気揚々と鳥の巣を探し始めた。
オオライチョウたちの受難は、まだまだこれからのようだ。




