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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―白虎の月2日― 旅立ちの日
246/274

出発 Ⅱ

 白虎の月 16日目――――


 まだ日が昇って間もない時間にもかかわらず、その日は村人たち全員が入り口に集まっていた。

 これから山向こうに赴き、すべての決着をつけに行くリーズ、アーシェラ達を見送るためだ。


「ヤァリーズさん、あなたが暫くいないとなると、村が随分と寂しくなりますナァ。その代わり、私とフィリルで少しでも賑やかにしてみますヨ! ヤーッハッハ!」

「そうですリーズさんっ! リーズさんがいない分、あたしが頑張ってはしゃぎますからっ! 心配しないでくださいっ!」

「そんなことしなくていいから…………近くで騒がれるこっちの身にもなりなさいよまったく。それより二人とも、山道はまだ雪が深く残って冷えるはずだから、身体に気を付けるのよ。特にリーズの身体は、リーズだけのものじゃないんだから」

「うん、ありがとう。リーズもシェラも、そしてお腹のこの子も、絶対にみんな無事で帰ってくるって約束するよ!」


 まず声をかけてくれたのはブロス一家だった。

 ブロスの両親と大勢の子供たち、そして新入りのフィリルを抱えながら、しばらくは村長夫妻の代わりに村の留守を切り盛りしなければならない。

 彼らにかかる負担はかなりのものになってしまうが、ブロスたちはそれを感じさせないくらいいつも通りの能天気さで送り出してくれた。


「いってらっしゃい、リーズお姉ちゃん! 私も羊さんたちも、いい子にして待ってるからね!」

「ミーナちゃんも、生まれたばかりのシャルル君たちのお世話、よろしくねっ!」

「村長がいないと私の仕事も増えてしまいますわね。なので、長引かないよう《《例の物》》をお渡ししましたから、ここぞという際には遠慮なく使ってくださいませ」

「うん……今回もこれのお世話にならないことを祈るよ」


 リーズがミーナと羊たちと抱き合っている間、アーシェラは村長に変わって村を取り仕切ることになるレスカと何やら剣呑な会話を交わす。

 アーシェラがその手に持つ、先端に女神の像が彫られた木製の杖は、これまで幾度か小さな危機があった際も決してその真価を開放することはなかった。

 今回も使わずに済めば…………アーシェラは心の底からそう願わずにはいられなかった。何しろこれは、今はもう作ることができない、たった一度きりの切り札なのだから。


 そして――――


「本当は私も力を貸してあげたかったんだけど、足手まといになるだけだからね。リーズ、あなたが家を出た時は私も学校の寮に行っていたら何も言えなかったけれど……………改めて言うわ。行ってらっしゃい、無事に帰ってきてね」

「うん……お姉ちゃん、そしてお母さんも……リーズは今度こそちゃんと、家に帰ってくるからね!」

「ふふふ、本当に……立派な娘になったわ。母さんは今度こそ、ちゃんとおかえりって言ってあげたいから、しっかり使命を果たしてくるのよ」

「うん……! えへへ、帰ってきたらお母さんが料理を作ってくれるんでしょ? 楽しみにしてるね!」

「もちろん、お母さんだって本気を出せば、きっとすごいことができるんじゃないかってずっと思ってたんだから」

「あはは……母さんったら(不安だ)」


 リーズが冒険者になるために家を飛び出したとき、母マノンと姉ウディノには何も言わなかったリーズ。

 決していい家庭環境だったとは言えないが、なんだかんだ言って血のつながった家族が家で待っていてくれることの安心感は大きい。


「アーシェラ君も、私じゃ代わりのお母さんになれるかわからないけど、安心して帰ってこられるようにしておくから、ね」

「はい、お義母さん。そう言ってくれるだけでも心強いです」


 アーシェラの実母と違い、いまだにマノンとはどこか歯車がかみ合わない感覚を感じる。しかし、マノンの屈託のない言葉は、不思議とアーシェラを安心させる何かがあった。

 この人がいれば、きっとこの村は平和に過ごせるだろうと。


「さて、最後はあたしらだね。食いしん坊がいなくなっちゃって、おばちゃんちょっと寂しいけど、帰ってきたらまたおいしいパンをたくさん焼いたげるからねぇ!」

「聞いた話じゃ、帰ってくるとき新しい村人連れてくるんだってな。ロジオンに小麦たくさん送ってくれって言っておいてくれ」

「わかった! ロジオンにはリーズがたくさんほしいって言っておくから! 妬ききれないくらいたくさん小麦持ってくるからね!」

「いや……それは流石に、無理のない量でお願いします。それと、これは俺が作ったお弁当です、どこかで食べてください」

「ありがとう! 今日のお昼にみんなで食べるね! えへへ、ティム君もなんだか来た時よりも大人びてきた気がする。帰ってきたらもっと背が伸びてるかな?」

「そ、そんなことは…………」


 珍しく顔を赤らめてうつむくティム。

 この村で過ごしているうちに、彼なりに自信が付いたのだろう。丸くなりがちだった背筋が伸びたからか、今が育ちざかりなのか、リーズの言う通り彼の印象はずいぶん変わったとみていい。


「む……ぼ、僕だってこの度で一杯経験を積んで、力も身長も負けないくらい伸ばしてやるんだ!」

「私は今のフリ坊でも一向に………」

「何か言った、レスカ姉さん?」

「いやなんでもない」


 馬車の御者台に乗り込んだフリッツは、同じ男子として負けられないと密かに対抗心を燃やすのだった。


「あの、勇者様…………いえ、リーズさん。私からは、これを」

「え、これって木彫りの女神様の像! 確かこれ、マリーシアちゃんがコツコツ作ってたのだよね、リーズがもらっていいの?」


 一方、マリーシアからリーズに、手のひらに収まるサイズの小さな木彫りの女神像が手渡された。

 この村に来てからいろいろと不安だったマリーシアは、ユリシーヌに教えてもらいながら木材から木彫り人形を彫っていた。

 当然このような作業には慣れていないマリーシアは、不器用ながらも必死で彫刻刀を握り、不格好ながらも羽の生えた人型の形にすることができた。

 おそらく、異国の地も同然の環境に置かれて不安だった心を、少しでも安らげるためのお守りにするつもりだったのだろう。


「ずっと……孤独だと思っていました。でも、今はもう違います。まだこの村に来て少ししか経っていませんが、それでも今はここが私の居場所だって思えてきたんです。聖女様が来るまで、私はこの村で勤めます。お守りをお渡ししたのも、私の覚悟の証です」

「…………うん、わかった。このお守りはマリーシアちゃんだと思って、大切にするね」


 こうして、すべての村人と言葉を交わしたリーズは、名残惜しい気持ちを押し殺してアーシェラとともに馬車に乗り込んだ。


 二頭の馬が牽く大型四輪馬車には、リーズとアーシェラのほか、その護衛や手伝いなどをするレスカとフリッツ、そして……スパイ少女モズリーと南国少女イムセティの計6人が乗っている。

 彼らはこれから10日以上かけて山の向こうの町を目指すことになる。


「イムセティーちゃーん! 村に帰ってきたらまた遊ぼうね!」

「アーイ! フィリルおねいちゃん! オミヤゲいっぱいいっぱい持ってくるネー!」


 小さな村に少し飽き始めていたイムセティーは、天高くそびえる山の向こうの景色が楽しみなのか、とてもテンションが高い。

 そしてモズリーも…………


「リーズをよろしくね、モズリーちゃん」

「はい、奥様もお元気で」

「モズリーちゃんも無理やり王国から連れてこられて故郷が恋しかったでしょう? もし、モズリーちゃんが望むなら、そのまま家に帰ってもいいからね」

「奥様……」


 マノンは、モズリーが望むならそのまま王国に帰ってもいいと言った。

 本当の故郷を知らないモズリーにとっては、何とも皮肉な言葉だった。


「大丈夫です、私はきちんと奥様の元に帰ってきますので!」

「あら本当? 嬉しいわ。うふふ、気を付けて行ってらっしゃい」


 モズリーの言葉が本心なのかどうかは、誰にも……モズリー自身にも分らなかった。

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