消化
「さあみんな、おなかがはちきれるくらいたくさん食べてね。旅に出てしまうと、しばらくみんなのために料理することができないからね」
「ヤッハッハ! 言われなくてもそのつもりだ! なにせ今日の朝ごはん抜いてきたからね、ヤーッハッハ!」
「あたしなんて昨日のお昼から何も食べてません!」
「そこまでする必要ないのに……なんだかんだで私まで断食に付き合わされたわ」
この日のお昼は、村人全員が集会所に集まり、全員で食事をすることになった。
名目上はリーズとアーシェラの旅の無事を祈る壮行会と、しばらくアーシェラの料理を堪能することができないので今のうちに味わっておこうということなのだが…………それを差し引いても、大きな机の上に並ぶ料理は今までになく異様な光景だった。
「贅沢なのはわかってんだが、見事に肉ばっかだな」
「うふふ、どうしましょうねぇ! また太っちゃうわ」
パン屋のディーター夫妻をはじめ、村人たちの前にはとんでもない量の肉料理がテーブルの上で山脈をなしていた。
アーシェラの得意料理であるハンバーグはもちろんのこと、もはや煉瓦のようなとんでもない厚切りのステーキや、ハムにソーセージ、串焼き、モツのスパイス炒めなどなど…………
一応、常備菜から出したサラダやシチューといった胃にやさしい料理もあるが、そんなことがどうでもよくなるくらい、暴力的なまでの肉類の数々は、出席者たちの度肝を抜いたのだった。
「本当ならもうちょっとバランスや見た目にもこだわりたかったんだけどね……」
「でもリーズはこーゆーのも大好き! 一度は飽きるくらいの量のお肉食べてみたかったんだ!」
「これはすごいね…………顎が痛くなっちゃいそう」
リーズは目を輝かせて早速巨大ステーキを無造作に切り分ける一方、姉のウディノはどこから切り崩そうか迷っているようだ。
アーシェラが無理を承知でこの極端な肉料理の山を作ったのには当然理由がある。
この年の冬は、リーズのおかげで村周囲に生息する危険な魔獣をかなりの数排除することができたのだが、その副産物として魔獣の肉が大量に手に入った。
越冬の食料には困らなかったが…………あまりにも数が多すぎて、逆に消費しきれなかったのだ。
大食いなリーズのために毎日ハンバーグを多めに作っても、なお食糧庫からあふれ、燻製が間に合わないのだからいかに過剰供給だったかがうかがえる。
これから数か月リーズが村から離れると、当然食料の消費も一気に落ち込む。
なのでアーシェラは半ばやけくそで、壮行会という名目で余剰在庫の肉類を一気に消費してしまうことにしたのだった。
「うふふ、こんな贅沢ができるのもリーズさんのおかげですわ。去年の冬は食料の確保がとても大変でしたの。私が川魚をたくさんつってこなければ、飼っている羊をお肉にしなければならないところでした」
「私の羊さんたちは毛を採る専門なんですっ! お肉にするなんてだめですっ!」
「とまあ、ミーナは優しすぎて屠畜できないので、釣りのプロたる私が冬の食料事情を支えるんですの」
「そ、そうだったんだ…………で、でもっ、ミーナちゃんが頑張ってくれたおかげで、羊さんたちもたくさん増えて、羊の毛も一杯取れてるから、結果オーライってことで!」
ミルカの言う通り、去年の冬はまだ村を立ち上げたばかりだったせいで食糧事情が逼迫し、最悪イングリッド姉妹が飼育している羊を食料に変えることも検討されたほどだった…………が、ミーナを悲しませたくないという想いが村人内で一致した結果、様々な手段で何とか耐えることができた。
家畜をペットのように扱うのは酪農家としてはあまり良いとは言えないのだが、ミーナがいなければ、先ほど生まれたばかりの子羊シャルルはこの世に生を受けなかったかもしれない。
「ははは、ミーナがいる限りこの村では羊肉は食べられないと思え。それにしても、村長はまた料理の腕を上げたか? こんなにうまいステーキを食べたのは初めてだ」
「僕も、食べきれるかなってちょっと心配だったけど、なんかすごく柔らかくて食べやすいんだけど」
「んん~♪ お口の中で溶ける~♪」
「これはね、下拵えとして昨日の夜からキノコと一緒に水に漬けておいたんだ。こうするととっても柔らかくなるだけじゃなくて、キノコの香りや味がお肉に浸み込んで、味がより際立つんだ」
「えへへ、リーズも昨日手伝ったんだけど、こんなふうになるんだ」
羊肉こそ食べられないが、それ以外の肉であれば今日は食べ放題だ。
中でもレスカ姉弟が絶賛した巨大ステーキは、その見た目に反して非常に柔らかくて食べやすいうえに、とてもジューシーだった。
あまりにも柔らかいものだから、まるでクリームが溶けていくかのように、あっという間に消えてしまう。
リーズもだいぶご満悦のようで、すでに3枚ほどお代わりをしてしまっている。
「冬の間に僕の料理のレパートリーも随分と増えた。やっぱり、リーズに食べてもらうことを考えると、次はもっとおいしいものをって思えるから、知らないうちに腕も上がったのかもしれない」
「えっへへ~、リーズだってシェラに喜んでほしいし、生まれてくる赤ちゃんのためにもお料理練習してるんだ」
「それは素敵だわ。そうだ、お母さんもお料理習ってみようかしら。リーズが帰ってくる頃には今日みたいなパーティーが開けるようになれるかしら?」
「母さんってばまたそうやって何でもやりたがるんだから……でもまあ、母さんの料理なら私も食べてみたいかも。私もしばらくこの村にいるから、一緒に練習しようかしら」
「本当に!? じゃあ、リーズ楽しみにしてるね! けど、モズリーちゃんはいろいろあってリーズたちが借りてっちゃうけど」
「え、えと、頑張ってください奥様」
(手芸を教えるのだって大変だったのに、これ以上頼まれごとはごめんだわ)
これ以上マイペースなマノンに付き合う必要はないことに、モズリーは内心ほっとしたのだった。




