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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―白虎の月2日― 旅立ちの日
244/273

誕生

「アルルっ、頑張って! あともう少し!」

「辛くてもリーズが付いてるからねっ!」

「メエェッ!!」


 いよいよ出発前日となったこの日、リーズはミーナやマノンたちと一緒に、羊小屋で羊の出産に立ち会っていた。

 ミーナとリーズが近くで固唾をのんで見守る中、親羊のアルルが最後のひと踏ん張りとばかりに嘶くと…………茶色のモコモコの毛の間から、黒い顔がひょこっと姿を見せ、そのまま一気に藁の上に着地した。

 新たな生命の誕生の瞬間であった。


「やった! 生まれたっ!」

「あらあら、羊の赤ちゃんは生まれた時にはもう毛がびっしり生えてるのね」

「まだまだここからが大変ですわ。子羊はすぐに自力で立ち上がらなければいけませんの」


 リーズやミーナの後ろで様子を見ていた姉のウディノと母親マノンも、初めて見る羊の出産に立ち会い興味津々のようだ。

 しかし、ミルカの言う通り子羊にとってはここからが最大の試練で、数十分以内に一人で立ち上がり、自力で母親の乳房までたどり着いてお乳をのまなければならない。

 そして、出産からお乳を得るまでの間、余程のことがない限り人間は手出ししてはいけない。


「立てるかな? 立てるかな?」

「その調子、その調子っ!」


 生まれたばかりの子羊は、何度も立ち上がろうとしてはすぐにコテンと転がってしまうが、おぼつかない足腰がすぐにしっかりするようになり、20分もする頃にはぎこちないながらも立ち上がり――――ようやく母親のお乳にありつけたのだった。

 生まれた我が子が立ち上がって嬉しいのか、親羊アルルも子羊の身体を隅から隅まで丁寧に舐めてあげていた。


「ふぇっ……赤ちゃん、よく頑張ったね! アルルもすごく頑張ったよ!」

「リーズも感動したよぅ! よかった、ほんとうによかったよぉ!」

「あらあら、二人とも感動で泣いてしまいましたわ。リーズさんは初めてですからいいとしましても、ミーナは去年も出産の度に感動で泣いていましたのに」


 もう十代後半だというのに、感受性が強いリーズとミーナは感動で大粒の涙を流していた。

 ミルカも微笑ましい半分呆れ半分といったところだが、何事もなく無事に出産が終わり、羊が増えたことは喜ばしいとも思っておる。


「本当にすごかったですわ。出産というのは、これほどまでに一大スペクタクルなのですね」

「いやいや母さん……この中で唯一出産経験がある人が何言ってるの……」

「そうねぇ、自分の時は大変すぎてよく覚えてなかったから」

「……それもそうか」


 なんとなく他人事のように感じていたウディノだったが、羊とはいえいざ出産を目の当たりにすると、いつか自分もこのような苦難を乗り越えなければならないことを感じ始めた。

 だが、それ以上に…………


(もうすぐリーズも、赤ちゃんを産むことになる。いえ……もしかしたらそれ以上の試練が、この後待っているかもしれないのね)


 リーズはもうすぐで妊娠三か月となる。

 本来であれば今まで以上に安静にしていなければならないのだが、残念ながら時代はまだリーズの力を必要としている。

 生まれてくる子供のためにも、人々の未来のためにも、勇者はすべてに決着をつけに行かなければならないのだ。

 できることなら自分が代わってあげたいとさえ思えるウディノだが、現実は非常である。


 そんな姉の複雑な心境もつゆ知らず、当のリーズは…………


「この子の名前はもう決まってるのミーナちゃん?」

「ううん、まだ決まってないよ。あ、せっかくだからリーズお姉ちゃんが名前を決めるのはどうかな?」

「え、いいの!?」


 せっかく立ち会ったということで、リーズは子羊の命名権をもらったようだ。


「うーんと、()()()()()()()()()()()()から、男の子なんだね。どうしようかな……個々の羊たちはみんな『ルル』がつくから……クルル、なんて――」

「あ、ごめんなさい、クルルはもういるの」

「じゃあ、カルルとか」

「カルルももういるの……」

「ううんと、テルル……は、あの大きな羊さんだし。確かウルルもいたよね。うーんうーん……」

「あ、あの……あまり私たちの名前の付け方にこだわらなくてもいいからね?」


 イングリッド姉妹が飼っている羊は30頭を超える為、姉妹の命名規則でつけられる名前がそろそろ枯渇しつつあるようだ。

 リーズはその後10分近く命名に悩んだ。


「え、ええとね、じゃあ……シャルルでどうかな」

「シャルル! 私もいいと思う! 今日からこの子の名前はシャルル君にけってーい!」

「えへへ、これからよろしくねシャルル君っ」

「メェ」


(シャルル……あいつと同じ名前だわ)


 一周回って人の名前っぽくなった……というか、ウディノの知り合いにシャルルという名前の人物がいるのだが、あえて何も言わないことにした。


 羊の出産がひと段落して、羊小屋が和気あいあいとなっているところで、アーシェラがこの場にやってきた。


「この様子だと出産は無事終わったみたいだね。みんな、そろそろお昼ご飯の準備ができたよ」

「あ、もうそんな時間なんだ!」

「ここまで出来れば子羊も大丈夫ですわ。皆さんでお昼にしましょう」


 この日の昼食はリーズとアーシェラだけでなく、イングリッド姉妹やリーズの母親たちも交えて、大人数で食事をすることになっている。

 明日になると、しばらくの間、村に残る人たちと食卓を囲むことができなくなるのだから…………


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