馬車
「ヤァ村長! ヤアァ村長! いよいよこの時がやってきましたナ! ヤッハッハ!」
「頼んでおいた馬車の修理が終わったんだね。こんな忙しいときにありがとう」
「イヤイヤ、向こうで力になれない分、ここでしっかりと働いておきませんと!」
白虎の月10日――――この日アーシェラは、リーズとともにブロス夫妻の家に来ていた。
ブロスには以前から、山向こうに向かう際に使う馬車の点検と修理をお願いしており、この日すべての点検が完了したということで二人も最終確認しに来ていたのである。
「予想以上に傷んでたからちょいと修理に時間かかっちゃいましたが、その分安全は保障しますよ! ヤーッハッハ!」
「へぇ、こんな馬車があったんだ。リーズが村に来て結構経つけど、初めて見たかも」
「大きすぎて普段使いに向かないからね……」
修理を終えた馬車は、この小さな村に似つかわしくないほどの大型の木造馬車で、運転台も含めれば大人が8人ほど乗ることができる上、屋根を幌ではなく板張りにして荷台を設けることで積載量も相当確保できる。
だが、そんなすごい馬車にもかかわらず、リーズが村に来てすでに半年くらいになるのに、その間使われているところを一切見たことがなかった。
「そもそもこの馬車は、この村に移住してくるときにたくさん荷物を積む必要があったのと、いざとなった時に馬車で寝泊まりできるようにしたかったから用意した物なんだ。ロジオンが餞別代りだって譲ってくれてね」
「あの苦難の道のりを踏破するときは本当に頼もしい相棒でしたナァ! まあ、そんな相棒も今ではすっかり倉庫代わりにされてたけど! ヤッハッハッハ!」
「そうなんだー。確かにこの大きさだと、たくさん運ばないとちょっとね」
過ぎたるは猶及ばざるが如し…………大きくて頑丈なのはよいが、元々長距離移動を想定しているせいで、普段のちょっとした作業に使うには明らかに過剰なのだ。
牽引するにも最低馬が2頭いなければならず、維持費もばかにならない。
(一応、ブロスの家では馬を3頭飼育しているが、いずれも普段はユリシーヌが村の外の巡回に使っている)
そんなわけで、ここ1年ほど全く使っていなかったせいで手入れができておらず、改めて点検したところだいぶ部品が傷んでしまっていたのである。
ブロスも今の時期は何かと忙しいのだが、馬車はリーズとアーシェラが王国に向かう道を進むための生命線になるため、ブロスはしっかりと完ぺきな状態に仕上げてくれたのだった。
「とりあえず馬車はこれでいいとして、ほかに用意しておくものはあるかい村長?」
「そうだね……」
アーシェラは服の内ポケットをまさぐると、1枚の羊皮紙を取り出して、ペンでいくつかの項目にチェックを入れた。
どうやら、旅に出るための準備リストのようだ。
「念のため、保存食をもう少し多く持っていこうかな」
「それならこの前仕留めた巨大魔獣の干し肉がたくさん余ってるから、持てるだけ持って行ってくれていいわ」
「あ、ゆりしー」
ちょうどそこに、子守がひと段落したと思われるユリシーヌがやってきた。
「リーズさんのおかげで、魔獣をたくさん倒すことができたけど、皮やお肉がそろそろ倉庫を圧迫しそうなの。ついでに向こうで処分してきてくれると助かるわ」
「えっへっへ~、リーズちょっとやりすぎちゃったかな?」
「そうか、今年の春はロジオンが来るのが遅くなるから、いつも引き取ってもらっている分もしばらく保管しとかなきゃならないのか。うーん、そろそろ倉庫も拡張しないとダメかな。けど、デギムスさんにはほかに建ててもらいたいものがたくさんあるし………」
「ヤァ村長、それを考えるのはいろいろ終わってからでもよくない?」
「おっとごめん、考え始めるとつい。とりあえず、日持ちするものや素材を可能な限り詰んでおこう。とはいっても、6人いるからそこまでたくさん積めるかはわからないけど」
「ヤヤッ、予定では村長さんたちとミルカさんちの二人だけだったのでは?」
「一人はあのモズリーとかいう子を連れてくんでしょう。リーズさんたちも思い切ったことをするわね」
モズリーとは紆余曲折あったが、リーズとアーシェラは約束通り彼女を一緒に山向こうに連れていくことにしたのだった。
もしかしたら途中で逃げ出して第三王子の陣営に戻るかもしれないが、村に残しておいてもリーズがいない間に何かされた方がよほど厄介だ。
で、もう一人誰を追加で連れていくかというと――――
「あともう一人はイムセティちゃんだよ」
「ああ、あの寒そうな格好の南の国のお姫様ね…………安全な旅とは言えないのに、連れて行くなんて、大丈夫なの?」
「ちょっと心配ではあるけど、あの子にももっとこの世界の広さを知ってほしいんだ。あと、さすがにこの村にちょっと飽きてき始めたみたい」
世界の見聞を広めるためにこの大陸にやってきたイムセティは、この村に来てからあっちこっちせわしなく駆け回っているし、何なら今でも楽しそうに見えるのだが、最近は遠出する頻度が増え始めており、リーズとアーシェラはイムセティがもっといろいろなところを見てみたいと思っていると判断した。
危険があるのは承知だが、今回の旅に同行することはきっと彼女の成長により大きな効果が見込めるだろう。
「それに、モズリーちゃんと一緒にいさせてあげた方が、お互いのためによさそうだから」
「ヤッハッハ、確かにあの子はなんだかんだでモズリーに一番なついているからねぇ! ま、悪いようにはならないでしょ!」
こうして、旅支度も着々と整い、後は出発日を待つだけとなった。




