怨恨
「そんなわけだから、もしモズリーちゃんや第三王子様が今の王国が嫌いで世界ごと滅ぼそうとするなら、リーズが代わりに恨みを晴らしてあげる♪ だから素直に何が嫌なのか言っちゃいなよっ!」
「いや、そんなこと言われても……」
敵の敵は味方とは言うが、いきなり本心を白状しろと言われても素直には頷けない。
「だいたい、ジョルジュ様を殺そうとする人に、あの人がどんな思いでいるのかなんて関係ないでしょ」
「そうかな? リースはそうは思わないよ。もし第三王子様と話合いしてこの世界を滅ぼすのを止められるなら、もしかしたら仲良くなれるかもしれないし」
「はぁ、本当にそんなこと思ってるのであれば、お花畑としか言いようがないわ。あの人が抱えてる積年の恨みなんて、それこそ世界を滅ぼさない限り消えることはないんだから」
「そっかぁ、それはちょっと残念かも」
実際、リーズが第三王子とも分かり合えるかもしれないと考えていることに偽りはない。
そのうえで、結局他人と分かり合えないことも多いことはわかっている。
「リーズもね、王国とは色々あったけど、許せないことだけじゃなくてお世話になったこともあった。だから、リーズの我儘で多くの人を殺しちゃうことに今もかなり罪悪感があるの。だからこそ、助けられる人は助けたい、そう思ってる。そして、助けたい人の中にはモズリーちゃんもいるってわけ」
「助けたい? 私を?」
「少なくともリーズは、モズリーちゃんが根っからの悪い子じゃないってことはわかってるよ! モズリーちゃんもこの村に来て結構立つけど、まだ何も悪いことはしてないし、お行儀もいいから、きっと教団にいなくても楽しい人生を過ごせると思うんだ」
「お行儀がいいって、私はただ…………そう、ただ諦めてただけ。リーズさんを暗殺しろって言われてるけど、私の実力じゃそんなことできないし、村の人をだれか殺したところで何の意味もないどころか、そんな隙すらない。私ができることなんて、ジョルジュ様が頑張って世界を滅ぼすのを期待するだけ」
「ふふふ、でもリーズはわかってるよ。そろそろモズリーちゃんも、今の世界だってそんなに悪くないって思ってるって」
「…………」
図星だった。
今までモズリーがいた環境は、悪意に満ちた邪神教団か、さもなくば陰謀渦巻く王国の中だけだったので、世界がこれほどまでに広く、多様な環境に満ちているなんて知りもしなかった。
「それでも、たとえジョルジュ様の計画が失敗して、私一人取り残されても困るし、結局居場所なんてない。私は邪神教団のおじいちゃんたちに命じられて、いろいろ悪いことしてきたんだもの。人を殺したことだって何度もある。平和な世の中が来たら、きっと私の存在なんて…………」
「そんなことないよっ!!」
「っ!?」
突然リーズがガタッと立ち上がり、驚いたモズリーは危うく椅子ごとひっくり返りそうになった。
「モズリーちゃんはリーズのこと嫌いかもしれないけど、リーズはモズリーちゃんのことをもう仲間だと思ってる」
「わ……私が、仲間!?」
「それに、モズリーちゃんがいなくなったら、きっとお母さんだって悲しむ。モズリーちゃんが今までどれくらい悪いことをしてきたかはわからないけど、だったらこれから償っていけばいいと思うよ」
「そんなこと、簡単に言わないでよ……」
「リーズはね、心配なの。もしリーズたちが王国ですべてに決着をつけて、邪神教団の人たちや第三王子様たちを殺してしまったら、モズリーちゃんはどこかに消えちゃうかもしれないとおもって。避けられない犠牲がたくさん出たとしても、せめてモズリーちゃんだけは生きてもらいたいから…………」
モズリーの両手を強く握りながら、本気のまなざしでそう訴えるリーズ。
その特徴的な金と銀の瞳で見つめられると、モズリーは何も言い出せなくなった。
(わからないよ……今更王子様たちを裏切ることなんてしたくないし、かといってこの世界が滅んで、私も含めてみんな死んでしまうのも、今となっては…………)
いったい自分が何をしたいのかすらわからなくなりつつあるモズリーは、しばらく沈黙しながら熟考したが、数分後ようやく重い口を開いた。
「もういいわ、私の負けを認める」
「本当っ! じゃあ……」
「ジョルジュ様のことは話せないけど、私のことくらいは話してあげるわ。とはいっても、正直リーズさんが話してくれたことの対価になるようなことは何もないけどね。そもそも私、小さいころの記憶がないの」
「記憶がない?」
「昔偉い人に聞いた話だと、旧カナケル王国の辺境の村で、王国の軍が焼き討ちしていたところを教団の人が助けてくれたらしいけど、それはたぶん嘘。今思えば、逆に教団の人がどこからかさらってきたっていうのが普通だわ。けど、何も覚えてないから恨みとか特になかったし」
「ふむふむ」
観念したモズリーは、参考になるかわからないと前置きしつつも、自らの半生を覚えている限り語り始めた。
リーズが穏やかな顔で聞いている一方、アーシェラはしきりにメモを取っていた。
アーシェラは、教団の実情について元幹部だったミルカからいろいろと聞き及んでいるが、ミルカですら知らない部分も当然あり、モズリーが話していることはまさにミルカの管轄外の範囲だったので俄然興味が出てきたのだ。
「教団にお友達とかいなかったの?」
「いなかった。私はなんだかんだで優秀だって褒められて育ったから、いろいろな訓練を受けた後、王国に潜入するチームの担当になったけど、それ以外の子たちは何があったか知らないけどいつもボロボロだった。私だけいい子いい子されたから、ほかの子たちは私のことをすごく恨みがましい目で見てたことは覚えてる」
邪神教団は人類の滅亡を目指している以上、その思想に反出生主義が含まれていたが、すべての子供が虐げられていたわけではなかったようで、モズリーのように利用できる子供はうまく利用しようとしたのだろう。
ミルカが言うには、教団の勢いが盛んだったころは捕まえた子供は片っ端から処分していたようだが、各国の反撃などで教団員に被害が出始めると、実働部隊の補充が難しくなり、仕方なく子供を殺すのではなく訓練して教団員に仕立て上げる方向に変化したらしい。
おそらくモズリーはその素質が教団員にとって都合がよかったのだろう。
「私がスパイとして王国に送られたのは今から3年前の春くらいだったかな」
「3年前……リーズたちが勇者パーティーを結成した年だね」
「王国に協力者ができたから、国を内側から滅ぼすスパイ活動をすることになった。もっとも、その協力者がまさか王子様だなんて思わなかったけど」
「なるほどなるほど。ってことは、教団にはリーズたちの動きは筒抜けだったってことかな」
「筒抜けとまでは言えないかな……結局、勇者パーティー自体にスパイを潜入させるのは、あのグラントとかいうおっさんのせいでできなかったし」
グラントの提案で勇者パーティーは雑用や使用人を一切配した、かなり極端な編成になったことを、当時のアーシェラはかなり不安に思っていたが、スパイの侵入を防いだという意味ではグラントの考えは結果的に正しかったようだ。
「じゃあ、リーズたちに送る物資を横流ししたり、いろいろと無茶な命令を出してきたのも…………」
「あ、それは私たちのせいじゃないよ。王国貴族たちが好き放題やってただけだと思う」
「えぇ……」
モズリー達邪神教団が勇者パーティー結成当初から王国で暗躍していたことは確かなようだが、王国の無能ムーブは教団のせいではないとわかると、なおさらやるせない気持ちになるリーズとアーシェラであった。




