尋問
ロジオンからの手紙を受け取った次の日、リーズとアーシェラは、マノンの侍女に扮したスパイであるモズリーと話をするため、マノンが暮らしている家に赴いた。
「それじゃあお母さんはお仕事してくるから、モズリーちゃんはお留守番お願いね」
「あっはい」
マノンは羊飼いの仕事がすっかり気に入ったのか、今日も今日とて朝早くからミーナたちと一緒に出掛けて行った。
また、リーズの姉ウディノもブロス夫妻とともに村周辺の探索に赴いているため不在。こうして都合よく3人だけの空間ができることになった。
「それで、聞きたいことって何です?」
席についたものの、モズリーは露骨に不服そうだった。
アーシェラがわざわざ入れてくれたハーブティーも、あまり美味しくなさそうに飲もうとしている。
「じゃあね、リーズがまず聞きたいのは、なんで第三王子様が世界を滅ぼしたがってるかなんだけど――――」
「ブフッ!?」
いきなり豪速球ストレートな質問を投げつけられ、モズリーは霧吹きのようにお茶を噴出した。
「そ、そんなの言えるわけないでしょ!」
「言えないってことは、モズリーちゃんは一応理由知ってるんだね♪」
「そ……そりゃまぁ、でも、知ったところでどうなるわけでもないでしょ。ましてや勇者相手になんて絶対口割らないんだから! 拷問したって無駄よ」
「そっかぁ。じゃあ別のこと聞くけど――」
「えっ」
絶対口を割らないとは言ったものの、あっさり話題を変えられると、それはそれで困惑してしまうモズリーだった。
「モズリーちゃんはどうして邪神教団にいるの?」
「……そんなこと聞いてどうするの? 教団員辞めろって言いたいわけ?」
「出来ればやめてほしいけど、すぐにその気にならないことはリーズも分かってる。ただ、もう魔神王はリーズが倒したのに、まだ教団にいるのは、何か深い理由があるんじゃないかって思って」
(リーズは本当にまっすぐだ……普通ならこんな質問で答えてくれるはずはないけど、果たして)
後方でリーズを見守るアーシェラは、内心期待半分不安半分といったところだった。
いつもの彼だったら、おそらくモズリーを理詰めで問いただした挙句、心を閉ざされて肝心のことを聞くことができなかったに違いない。
だからこそ、アーシェラはリーズのカリスマと天真爛漫さにすべてをかけた。
果たしてそれが吉と出るか凶と出るか――――
「はぁ……私がそんなこと話すわけないでしょ。第一、何のメリットもないし」
「まあまあ、リーズだってそう簡単に話してもらえるとは思ってないよ。モズリーちゃんが世界を滅ぼしたいなんて考えるのは、多分よっぽどのことがあったんだって思うの。リーズだってこれから王国を一回滅ぼしに行くんだから、少しはわかってあげられるんじゃないかって」
「ちょ……ちょっ、まっ!? 今なんて!?」
「うん、だからね、リーズはシェラたちにひどい目に合わせた王国が嫌いになったから、今度王国を滅ぼしに行くの」
「噓でしょ」
モズリーは感情がジェットコースターのように激しく上下し、完全に混乱してしまった。
まさか勇者が「王国を滅ぼす」と言うとは完全に想定外だし、なによりそんな大きな話なのにリーズがニコニコ顔で言っているのが信じられなかった。
(こ……この勇者、やっぱりあの人の娘なんだなぁ)
ストレイシア家の血はいつもポジティブで人当たりがいいが、シリアスな話すらもその勢いで押し切るという悪癖があるようだ。
「ま、まあ……滅ぼすって言うと語弊があるけど、王国の中でリーズを無理やり王子様と結婚させて王国に閉じ込めたいっていう人たちがいるから、それを排除しに行くっていう話なんだ」
さすがにアレなので、アーシェラが補足を入れてきた。
「王国にいるグラントさんとはすでに話はついていて、腐敗している上層部を一掃するお手伝いをする代わりに、リーズが王国から干渉されないようにしてもらうっていうのが、僕とリーズの計画なんだ」
「ま、まったまった! こんなこと言うのもなんだけど、そんなこと私に話していいの!?」
「もちろん! だって、もうシェラの計画はほとんど整ってるし、もしモズリーちゃんが王国に戻っても、もう手遅れなんだもんね」
「それは……」
そう、リーズたちがモズリーに大切な計画をべらべら話しているのは、モズリーが今ここにいる時点で、今更第三王子のところに戻ってもどうにもならないことが確実だからだ。
まるで悪役が正義の味方に対し、勝ち確だからと思いあがって種明かしするような構図だったが、モズリーの場合助けに来てくれる仲間の当てが全くないので、完全に「チェックメイト」宣言としか受け取れなかった。
(あのグラントとかいうおっさんがコソコソ動いてたのはそのせいだったのか……)
グラントが王国内でクーデターを企んでいるような動きをしていることは、主のジョルジュを通じてモズリーも知っていた。だが、第三王子陣営はグラントが最終的に何を企んでいるのかまではつかめていなかった。
そしてその理由が、意外なほどくだらないものだったことも。
(そうか……全部この勇者の我儘だったんだ。王国の生活が性に合わなくて、好きな人と好きなように過ごしたいから……邪魔するなら、王国も魔人王様も、全部なぎ倒す。こんなの、私だけじゃ勝てないに決まってるじゃん)
この村に来てから、邪心教団への執着が徐々に薄れてきつつあったモズリーだったが、リーズの話を聞いてから今まで自分が頑張ってきたことが急にばかばかしく思えてきたのだった。




