責任 Ⅱ
「うまくやりすぎたって……どういうことなの、シェラ?」
「そうだね……どこから話したらいいか。リーズは「王国暗部」っていう組織に聞き覚えはあるかな?」
「ううん、リーズは聞いたことない。でも、なんとなく嫌な予感しかしないかも」
「王国暗部っていうのは、言ってみれば王国のスパイ・暗殺の専門集団だ。リーズたち勇者パーティーや、騎士団が王国の表の顔なら、彼らは王国を裏側の顔なんだ」
「へえぇ、リーズも1年の間王国にいたけど、そんな人たちがいるなんて知らなかった。っていうか、リーズが知らないのにシェラは何で知ってるの?」
「実は僕も直接メンバーを見たことはないんだけどね。きっかけは、冒険者の間でひっそりと噂になっていたのをたまたま聞いただけなんだけど、実際にその存在を知ったのはボイヤールさんから教えてもらったからだ」
王国暗部という組織は、アーシェラの言う通りスパイから暗殺、政治工作などあらゆる汚れ仕事をやってのける諜報組織であり、王国の歴史を陰から支えてきた闇の功労者たちである。
驚くことに組織の規模は王国の要人ですら正確に把握していないと言われており、噂では万単位の構成員を抱えているとされる巨大組織にもかかわらず、存在を知っているのは一部の貴族だけというほどの隠密性を誇っていたという。
「ボイヤールさんは王国に住んでいる間、四六時中監視されていたせいで、彼らのことが心底嫌いになっちゃって……王国にいろいろ干渉されたくない僕らと、それにクーデターを進めるグラントさんも思惑が一致した結果、協力して王国暗部の力を弱めることにしたんだ」
「でもどうやって?」
「…………王国暗部の目的は、リーズ……君を探し出すことだった」
「っ!!」
「僕たちはそれを逆手にとって、少しずつ彼らをおびき出して……最後はボイヤールさんが始末していたんだ」
「シェラってやっぱり……本気出すとえげつないよね」
「うん……たまに自分の意地悪さが嫌になるくらいだよ」
王国暗部は確かに優秀な組織であった。
だが、リーズの居場所の捜索となればできることは限られており、アーシェラはその「できること」の上に幾重もの罠を置いた。
王国暗部が得られた情報をたどっていくと、どうしてもロジオンたちが団結して作り上げた元2軍メンバーネットワークに接触せざるを得ず、知らず知らずのうちに危険地帯に誘い出されてしまうのである。
正直、謎の超巨大組織相手に自分の工夫がどこまで通じるかアーシェラには不安だったが、元2軍メンバーネットワークはその強固さで見事な連携を見せ、ボイヤールも今までの恨みとばかりにノリノリで彼らを「始末」したおかげで、アーシェラの思っていた以上に王国暗部に打撃を与えることができた。
そう、アーシェラが「やりすぎた」と思うほどに。
「こうして、リーズを狙った王国暗部たちは全員行方不明。ボイヤールさんが言うには3000人以上は数えていないらしいから、組織としては致命傷を負ったとみていい」
「えー……リーズ一人のためにそんなにたくさんスパイが来てたんだ」
「それだけ王国も必死なんだろうね。でも、それに加えてグラントさんの方でもクーデターの邪魔になるからって密かに粛清を進めていたらしいし、さらには王国内部でも貴族たちの派閥争いが激化して、そっちでも彼らが消耗品みたいに使われていった。そのせいで…………王国内に巣くう邪神教団の残党の動きに、誰も気が付けなかったみたい」
「そっか……それでシェラは、上手くやりすぎたって言ったんだね」
リーズもアーシェラから手紙を受け取って眼を通した。
手紙の送り主はロジオンで、計画にかなりの想定外な事態が発生していることが示されている。
「王国で反乱!? しかもロジオンたちが巻き込まれてるって!?」
「僕も甘かった……正直、ここまで王国の崩壊が早いとは想定外だ。もしかしたら、予定を少し早めないといけないかもしれないね」
「……ロジオンからの手紙、なんだか迷ってるように見える。もしかして、リーズたちに知らせるべきかどうか悩んだんじゃないかな」
「たぶん仲間たちの間では、リーズや僕たちに余計な心配をしてほしくなくて、自分たちで解決しようとしているのかもしれない。それはそれで心配だけど……」
「大丈夫だよ、シェラ。リーズはみんなを信じる。きっと、リーズたちが向こうに行くまで、何とか持ちこたえてくれるはず!」
王国では邪神教団の残党が不明ながらも良からぬことをたくらんでおり、グラントは第二王子の無茶な命令により、元1軍メンバーたちとともに反乱鎮圧に赴かねばならず、そして元2軍メンバーたちは自分たちの国を護るために、下手したらかつての仲間たちと戦わなければならない。
この事態を治められるのはリーズだけであり、出来ることならリーズだけでも一目散に山向こうへと向かう必要があるかもしれない。
しかし、リーズは仲間たちを信じて、予定通りの日程で進めることを決めた。
アーシェラのように確固たる根拠は持っていないが、それでも今無理してリーズの身に何かあれば……………
「わかった、リーズがそういうなら僕も異存はないよ。ただ、旅に出る前にもう一つだけ、やることができたかもしれない」
「やること?」
「義母さんの侍女に扮していたスパイ……モズリーに聞いておかなきゃならないことがある」




