問答
「ううぅぅ……ティムさんにそんなつらい過去があったなんて……」
「よがっだねぇティムくぅぅん! 助けた人はえらいよぉぉっ!」
「あ、あの……そんなに泣ける話じゃなかったと思うんだけど」
「いや、本当によくぞ話してくれたよ。話してくれたことで、少しでも胸が軽くなってくれたらいいんだけど………ほら、リーズも、マリーシアも、鼻水かんで」
女子二人が感極まって泣き出してしまい、話すのがつらかっただろうティムが逆に困惑するばかりだった。
リーズとマリーシアの涙と鼻水を拭いてやりつつ、アーシェラはティムが過去のことを話してくれたことをしっかりと労った。
「胸が軽くなった……かどうかは分かりませんけど、ちょっとだけ鬱憤が晴れた気がします」
「そっか、それはよかった。とはいえ、ティム君の心のわだかまりが楽になるのは、まだ時間がかかるだろう。負った傷については一生癒えないかもしれない。僕が力になれるのはこのくらいでしかないけど、辛いときにはいつでも頼ってくれていいよ」
「ありがとうございます……やっぱり、あの人の言ったとおりだった」
「え、何が?」
「ああいえ、何でもないです」
実はティム、この村に来るまでの経緯で話していないことが一つある。
彼が新米冒険者のフィリルとともにこの村に派遣されたのは、助けた隊商の商人からロジオンが保護した後、その働きぶりに目を付けた……だけではなかった。
『お前、せっかくだからもっと働き甲斐のある場所にいってみないか? ああいや、厄介払いするってわけじゃない、行きたくなかったら断ってもいい。けどな、そこに行けばきっと……何かが変わるはずだ。何しろそこには、俺のカミさんの次に信頼できる唯一無二の親友がいる。なんなら女神様よりも頼りになるはずだ』
ロジオンからこの話を持ち掛けられた時、正直ティムはあまり乗り気じゃなかった。
かつて親戚の家を何度もたらいまわしにされたことがあるのだから、また短期間で居場所がぐるぐると変わるのは嫌なものだ。
だが、ロジオンは断っていいと言っていたものの、すべてをあきらめきっていたティムは反抗することなく、開拓村行きを承諾した。
(正直、すごく不安だった。ずっと馬車に揺られてもなかなか着かないし、やたら話しかけてくる女の子はいるし、いったいどんなところに連れていかれるのか)
そんなこんなで世界の果ての開拓村までやってきたティムは、パン屋見習いになってから不思議と毎日が楽しくなって、いまではすっかりこの村の一員として定着してしまった。
「ただ、村長さんが女神様なんかよりよっぽど頼りになるって本当だったんだなって」
「やだなー、ロジオンったらそんなこと言ってたの? まあ、ロジオンもあんなんでいろいろ苦労したから――――」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
直前まで涙を流して感動に震えていたマリーシアが「聞き捨てならない」とばかりにガタッとその場で立ち上がった。
「た……確かに村長さんが思っていた以上に頼りになる方だとは私も思いますが、やはり神官として、女神様より頼りになるという言葉は聞き逃せません!」
「えー、だって事実じゃん。俺が女神様お祈りしないのも、頼りない女神様じゃ無意味だって思ってるからだし」
「あーっ、また言いましたねっっ! さっきの話に情をほだされましたが、それとこれとは話が別ですよ!」
「ちょちょ、二人ともっ、また喧嘩しないでってばっ!」
せっかくティムの過去の話を聞けて落ち着いたというのに、またしても喧嘩を始めてしまう二人。
リーズがあわてて止めようとするが、意外にもアーシェラが手でリーズを制した。
「……? シェラ?」
「今回はもう少し様子を見よう」
いつもなら喧嘩はよくないとすぐに止めに入るアーシェラが、不可解なことに今回は手を出さない方がいいと判断した。
さすがにアーシェラの判断だとしてもいまいち腑に落ちなかったリーズだったが、アーシェラのやることに間違いはないだろうと思い、あえて引き下がった。
「ま、君は神官様だから女神のことを盲信するのは当たり前なんだと思うけど、正直俺には何の思い入れもないから」
「ですがっっ……! 幼少のティムさんの面倒を見てくれたのは神官さんですし、こうしてこの村で穏やかに暮らせているのも、女神様のお導きで…………!」
「そうだよ。俺を助けてくれたのは……貧しくて、自分の生活でも精いっぱいなのに、俺の面倒を最後まで見てくれたイェオルさんであって、女神様じゃない。再びどん底に落ちた俺を拾ってくれたのはあの時の隊商の人たちだし、この村で俺が普通の生活を送れるのはアーシェラ村長のおかげだ。女神様のおかげじゃない」
二人の口論は益々ヒートアップしていく。
非常に信仰心の篤いマリーシアが、女神の導きだと説くも、ティムにとっては逆効果でしかなく、むしろその皮肉にあふれた口がさらによく回るだけだ。
「だいたいさ、何もかもが女神様のお導きなんだったら、神殿がイェオルさんを見捨てて、病気で亡くなったのもお導きなの?」
「っ!? そ、それはちがっ……!」
「それに……女神が全知全能で、すべての人を救済するのなら、なんで幼い日の俺の家を助けてくれなかった? あの時女神様は昼寝をしていたとでもいうの? もし俺の人生が女神様のお導きなら、俺はずいぶんと女神様に嫌われているみたいだなぁ」
「ち……ちがう、ちがいます……そんなの」
勝負は一方的だった。
世間知らずで女神様に一途だったマリーシアと、若くして数多の辛酸を舐めてきたティムでは、言葉の重みが違いすぎた。
とうとう何も言い返せずにうなだれるマリーシアに対し、ティムはめったに見せないどや顔で勝ち誇る。
「あーさっぱりした。とにかく、これで俺が何でお祈りとかしないかわかっただろ? どうしても俺の頭を下げさせたかったら、もっとうまい詭弁でも練ってくるんだね。あ、ごちそうさまでした、村長さん。今日の料理、すっごくおいしかったです、今度レシピ教えてください」
「……わかった、今度時間があるときに教えてあげるよ。今日はいろいろと話してくれてありがとう」
結局仲直りどころか、むしろ決定的な亀裂を生じさせたまま、ティムは珍しく晴れ晴れした表情で村長宅を後にした。
そしてアーシェラも、マリーシアをフォローすることなく彼を送り出した。
「シェラ……」
「事情は後で話すよ、リーズ。マリーシア、君にはまた少し厳しいことを言ってしまうけれど、君が神官として成長したいのなら、彼の本音を受け止めるんだ」
「…………はい」
「それと、泣くなら今のうちだ。君が涙を流しても、リーズと僕は決してほかの人には言わないから」
歯を食いしばってうつむいているマリーシア。
その服の裾に一滴の涙が染みを作ると、まるで堰を切るように次々と涙の雨が降り注いだ。




