信仰
「ちょうどそろそろお昼にしようかなって思ってたところなの! ディーターさんには言ってあるから、二人とも一緒に食べよ!」
「「は、はい……」」
先ほどまで口喧嘩していたマリーシアとティムだったが、村長宅に連れてこられると少々緊張するのか、二人しておとなしくなってしまっている。
特にマリーシアは以前の礼儀作法に関するあれこれがあったせいで、この家での昼食にまだ少しトラウマがあるようだった。
「まあまあ二人とも、そんなに緊張しないで楽にしてていいよ。僕もお昼は大したものは作れないからね」
そういって台所から現れたアーシェラは、朝に多めに作ったシチューの残りを鍋ごと運んできた。
午前中は忙しいことが多いので、基本的にこの家のお昼ご飯は朝ごはんの時にまとめて作ってしまい、あとは何日か保存できるおかずをいくつか出して時短している。
それでも、温めたシチューはとてもいい匂いだし、付け合わせのサラダなども、とても簡易的に用意したとは思えないくらい色彩豊かだった。
口喧嘩でいつもより余分にエネルギーを使ったからか、アーシェラお得意のシチューとハンバーグ、それにサラダなどを見るだけで、思わず喉をごくりと鳴らしてしまう。
「それじゃあどうぞ、召し上がれ」
「えへへ、今日もシェラのご飯おいしそう!! いっただっきまーす!」
「天にまします女神様、今日の糧を得られましたのも、女神様の恩寵によるもの――――」
「……いただきます」
相変わらずマリーシアだけ食事前の挨拶が長いうえに、感謝する対象がアーシェラではなく女神様なのが、ティムにとって若干気になるところだったが、さすがにそこまでケチをつけるほど彼も無粋ではなかった。
それに、朝の残り物とはいえアーシェラが丹精込めて作った手料理を食べていると、些細なことで喧嘩したのがすぐにばかばかしくなってきた…………が、今はいいとしても今後またトラブルが起きないとは限らない。
アーシェラはこの場であえてティムの抱えている問題に踏み込んでいくことにした。
「さてと…………さっき二人が言い合いをしていたことなんだけど」
「……」「……」
「そもそもティムは、別に無神論者ってわけじゃないし、女神様に恨みがあるってわけじゃないんだよね?」
「ええと……まあ、そうです。俺自身、別に女神様に罰を受けて恨んでるとか、そういうことじゃないんです。マリーシアが狂信者だったとしても、俺は別にそれでいいと思います」
「狂信者!? わ、私はそこまで見境なくないですよ! あの南国少女が別の神様を信仰しているからと言って、ひどいことしようとしませんし、そうですよね!」
「まあ、狂信者っていうのは、それこそリーズたちが戦ってきた邪神教団の人たちみたいなのだから」
「……話がそれたけど、ティム自身は神様を否定する気はないけど、祈る気にもならないという人は、実はさほど珍しい事じゃないんだよ」
「「えっ!?」」
さほど珍しい事じゃない、というアーシェラの言葉に、マリーシアだけでなくティムもきょとんとしてしまう。
「め、珍しくないってどういうことですか村長さん! ティムさんみたいな不信心者がこの世の中にたくさんいるってことですか!?」
「残念だけどその通りだ。僕の知る限りでも今いない人を含めて6人知ってる。何しろこの世界には何千万人の人間がいるって言われているから、ほんのわずかな割合でも結構な数になってしまうんだろうね。そして、マリーシアが言うところの「不信心」な人たちも理由は様々だった。今日の糧も得られないような貧しい人、家庭がうまくいっていなかった人、理不尽な不幸に絶望した人……中には女神様に唾を吐いた分だけ男が上がるって言いきって、数々の犯罪に手を染めていた人もいたっけな」
アーシェラの話を聞いて信じられないといった顔をしているマリーシア。
幼いころから女神への篤い信仰を持つことが当たり前だった彼女にとって、環境の良しあしによって人間が信仰を放棄することが信じられないようだ。
(マリーシアには少し刺激が強かったかな。でも、信仰というのは必ずしも盤石なものではないことはこの際知っておいた方がいい)
信仰といえば、リーズがまだ王国にいたころ、不平等な扱いを受けた二軍メンバーがリーズに対して不満を持ち始めたのを必死で止めたのがアーシェラだった。
あれほどまで尊敬していた「勇者リーズ」への信仰が、見る見るうちに崩壊していくのを間近で見ていたアーシェラにとって、女神信仰に反発する不信心者が一定数いる理由がよくわかっていた。
「とはいえ、女神様への反発も人によっては普通になったり、逆に信仰心に目覚める人もいる。一生の間ずっと女神様を悪く思っている人なんて、それこそもっと少ないはずだ。ティムだって、たぶん何かのきっかけで、一時的に女神様のことを快く思っていないだけなんだと思うよ」
「村長……」
「大丈夫、前にも言った通りこの村の人たちは僕やリーズも含めて、いろいろ複雑な事情を抱えて、ここまで逃げてきたんだ。過去を詮索するようなことはしない、ただティムの中で過去の問題にある程度決着をつけてくれればそれでいい」
マリーシアが信仰についてまた悩み始めている一方で、ティムは逆に心の中のもやもやが少し晴れたかのような気がしていた。
(もしかしたら、この人たちなら俺は…………)
リーズとアーシェラなら、もしかしたら自分の境遇を理解してもらえるかもしれない。そう考えたティムは……少し逡巡した末に、思い切って口を開いた。
「村長は……俺の過去を詮索しないって言ってくれました。でも、この機会だから、俺がどうしてここに来ることになったのか、聞いてくれませんか」
「いいの、ティム君? 無理しなくてもいいんだよ?」
「最近思ってたんです、いつまでもウジウジしてたらいつまでも弱い俺のままだって」
「……………」
今まで内に抱えてきたことをようやく吐き出すことができる。
今までどこか遠慮がちな少年だったティムが、久しぶりに積極的になったのを見て、なぜかマリーシアは複雑そうな表情を浮かべていた。




