将来
この日リーズとアーシェラの家では、村の子供たちが集まって勉強をしていた。
「それでね、ここからここまでこのくらいの時間で歩いたから、その速さは…………」
「あ、そっかぁ! フリッツお兄ちゃんありがとう!
フリッツがブロス夫妻やパン屋の子供たちに算数を教えていた。
「フリッツ君、教えるのがとても上手くなったね!」
「あ、リーズさん……上手いだなんて、ちょっと照れちゃうよ」
「うんうん、人に教えるのは自分の勉強にもなるけど、フリッツは特にわかりやすいと思う。今後はずっとフリッツ君に教師役を任せちゃおうかな」
「ちょ……ちょっと! 僕の勉強も見てよ! 冒険に使える知識とか、いろいろもっと知りたいのに!」
「あはは、冗談さ。フリッツの勉強は僕がちゃんと見てあげるよ」
去年の暮れごろから、アーシェラはフリッツに時々小さい子たちの勉強を教えてあげてと頼んでいた。
別にアーシェラ自身が忙しいというわけではないのだが、この先村の子供が増えることを考えると、ほかにも教師役が欲しかった。そこで白羽の矢が立ったのが普段魔術の勉強をしているフリッツだった。
「でも、本当に教えるのがうまいね。将来、村の教師になってもいいんじゃないかな」
「そ、そうかな……けど、僕は大人になってもレスカ姉さんの手伝いもしたいし」
「あと、魔術道具の開発もしてもらわなきゃ」
「うーん……やることがたくさんだ」
「もうシェラってば、あんまりお仕事増やしすぎないでね」
人出が少ないこの村にとって、将来フリッツにしてもらいたいことはそれこそ山ほどある。
大変だと思いつつも、内心フリッツは村の為に自分の力がフルに発揮できることを嬉しく思っていた。
「村長っ、僕も村長みたいに何でもできるようにがんばるよ!」
「僕だってそんなに何でもできるわけじゃないけど…………お互いにできることをどんどん増やしていけたらいいね」
この時アーシェラは「何でもできる」というのはフリッツなりのお世辞だと受け止めていた。
彼自身は多芸であることはそれなりに自負しているのだが…………
(リーズと比べるとさすがにね……)
隣でニコニコと子供たちに字の書き方を教えているリーズを見ると、自分はそこまで何でもできるわけじゃないと改めて自覚する。
そんなことを考えていると――――
「ぬわーっ! だめだぁ、難しすぎるよぉっ!」
「どうしたのフィリルちゃん」
「村長さんの問題が解けなくて…………頭われそう」
別のテーブルで問題用紙とにらめっこしていたフィリルが、あまりの難しさに音を上げた。
リーズが紙に書かれた問題を見ると、そこには三点測量がかかれていた。
ただ、一瞥しただけだと必要になるはずの数値の一部が欠けており、一見すると解けないように思える。
「んー、なるほどね」
「リーズさん解けるんですか!?」
「ちょっとしたコツがあるんだけどね」
なお、リーズは直感で、しかも暗算で問題を解いてしまった。
冒険を始めたころは測量などの計算は苦手なリーズだったが、冒険をしていくうちにいつの間にかほぼほぼ暗算で測量できるようになったというのだから、天才とはすごいものである。
(教えてもいいんだけど、もう少し考えてもらいたいし)
リーズがフィリルに答えを教えるべきか悩んでいたのだが……
「なんだそれ、引っ掛け問題じゃないか。三角形の頂点をこっちにスライドさせて、ここに線を引けば、こことここの角度が同じになって、こっちの長さがわかるんじゃない?」
「あっ」
横からあっさりと問題を解決した人物がいた。
パン屋見習のティムだった。
「ほ、本当だ! それなら簡単じゃん! よくわかったね、すごい!」
「……別に。こんなの、ちょっとしたテクニックの問題だし」
「おや、僕が作った問題をいともあっさりと解いちゃったか」
「あ……村長。ごめんなさい、出しゃばりすぎましたか?」
「そんなことはないよ。けど、最近はずいぶんと勉強の成果が出ているね、僕も嬉しいよ」
天才と言えば、アーシェラは子のティムという少年も、勉強に関しては驚くべき才能を持っていると感じていた。
猟師見習のフィリルは計算が苦手……というよりも、実地での経験でこそ真価を発揮するタイプで、どうしても机上の計算だけだと思考と直結しにくいようだ。
(こんなところまで亡き姉ツィーテンに似ている)
一方でティムは、普段から周囲にあまり興味を示さないように見えるタイプなのだが、ひとたび目的を見つけるとそれに向かって恐るべき集中力を発揮する。
(元の素性を探らないのはこの村の暗黙の了解だけど、そろそろティムについてもう少し知っておく必要があるかもしれないな)
村に来た頃、いろいろとあきらめきった雰囲気を出していた男の子ティム。
今は成り行きでパン屋の見習いをやっているのだが、今の段階で彼の将来を固定してしまっていいのか、彼にはもっといろいろな可能性があるのではないか、アーシェラはそう感じた。
とはいえ、彼を連れてきた親友のロジオンでさえ、彼の素性は一切語らなかった。
この村にいる人々は、幼い子供たちやフィリルといった一部を除けば、誰もかれもが後ろ暗い過去を持っているのだが、ティムのそれはおそらく群を抜いて複雑かつ触れられたくないものなのだろう。
果たしてどのあたりまで彼の過去に触れるべきか、アーシェラは静かに考えを巡らせ始めた。
ミニ用語解説:「白虎の月」
時期:11/5~12/2
季節カラー:白
相性の良い月:天馬の月(3/26~4/22)
相性の悪い月:巨神の月(5/21~6/17)
この世界で広く崇拝されている「創造の女神」に仕えるとされる女神のペット……もとい神獣は、白い毛並みに黒の縞模様が入った巨大なトラであるとされており、女神に逆らう不届き者の首を一撃で食いちぎると言われている。
それゆえに、トラは「正義」を体現する動物と扱われており、神殿に仕える戦士や貴族はトラの意匠を模った武器や鎧を作るの者も多い。
神殿騎士団の青年部である「白虎連隊」は神殿の大正義を担っていると評判である。
が、生物のトラは王国がある地域から遥か北方にしか生息していないため、実際に目にしたことがある人間はほとんどいないようで、半ば伝説上の生き物とすら思われている節がある。




