転がり始めた岩
「で、またしても相手に足元を掬われたってわけですか……そんな調子で大丈夫なんですか?」
「ううむ……そういわれると面目ないが、さすがに第二王子を手ごまにされると、私の立場ではどうしようもない。ゆえに、今は攻めた手を打たねばならん」
ここは王都の一角にある貧乏貴族が持つ屋敷。
そこでは、つい昨日反乱鎮圧を依頼されたばかりのグラントと、王都で情報収集に励む商人マリヤンの姿があった。
マリヤンはこのところ第三王子陣営に目をつけられているせいでなかなかグラントと接触できなかったが、最近は彼らが別の方面で動き始めているせいでマークが緩んだので、こうして急遽顔を合わせたのだった。
「じゃあ、計画の変更とか……」
「いや、クーデターの計画に変更はない。支障が出るとしたら、第三王子とその派閥を一掃することが少々困難になることと、王都に住む人々の被害を抑えるのが難しくなることだが…………もはやそのようなことを考えている余裕はなくなった」
そう言ってグラントはふーっとため息をついた。
彼にとっては、計画が何にも邪魔されずにすべてうまくいっていれば、王都に住む罪なき一般人や、行政にかかわる役人に被害を最小限にできたはずだった。
クーデターという外科手術で、治すはずの王国に取り返しのつかない傷を残してしまうのは本末転倒だからだ。
しかし、物事はなかなかうまく進まないもので……これが単なる嫌がらせとかならまだしも、どうも第三王子とその周辺が邪神教団の残党と手を組んでいるとなると話は別だ。
「それにしても、いまだに信じられませんね…………リーズ様が命懸けで戦って倒した魔神王が王都で復活するかもしれないなんて」
「ああ、クーデターそのものには大きすぎる障害だが、ある意味事前に知ることができてよかったかもしれん。もし、アーシェラがリーズ様をあのまま村で引き止めず、予定通りにこの国に帰ってきてしまっていたら、今頃世界は再び滅亡の淵にあっただろうな」
「ひえぇ……そう考えると、アーシェラさんには感謝してもしきれませんね!」
「結果論ではあるがな…………」
そもそも、グラントがクーデターを起こそうと考えたきっかけを作ったのはアーシェラがリーズを庇ったからであり、彼が動かなかったら今頃グラントたちは王国の現状に何の疑問も抱かず、のうのうと過ごした挙句、魔神王再臨の災禍に飲まれていた可能性がある。
もちろんアーシェラがそこまで考えているわけはないのだが、アーシェラが見せた勇気は結果的に大勢の命を救うこととなったわけだ。
「そのようなわけでマリヤン、数日以内に王都を脱せよ。これ以上はそなたの身が危ない」
「はい……あたしはもう少しお役に立ちたかったですけど、この辺りが潮時ですね。なんだかんだ言ってものすごく稼がせてもらいましたし、リーズ様のご家族が全員無事に王都から脱出できた以上、あたしの役目はほとんどありませんから」
グラントはマリヤンに王都から脱出するように通告した。
グラントが表立って動けない中で各地でスパイをしていた彼女だったが、クーデター計画がほとんど軌道に乗った以上、できることが少なくなりつつあった。
第三王子陣営からの視線をある程度引き付けておくという役割もあったが、最近ではマリヤンを監視してきたアイネも別件で動いているらしく、マークが外れてきている。
王都という危険地帯から脱出するタイミングは今しかない。
「…………本当に、いよいよなんですね。これからこの巨大な街で、大勢の人の血が流れるなんて。ずっと、先のことだと思っていたのに」
「どうした? 今更この国に愛着でも沸いたか?」
「そうなのかもしれませんね。あたし、元々商人じゃなくて傭兵だったんですけど、それでもあっちこっちの貴族のお屋敷で商売してると、顔見知りも何人かできて、今まで知らなかった面がいろいろと見えたんです。前までは、貴族なんて威張ってばかりのいけ好かない雲上人くらいにしか思ってなかったのに、意外といい人もたくさんいました」
「だろうな。それは王族だろうと貴族だろうと、庶民だろうと変わらない。公人としては立派でも家族仲が冷え切っている者もいれば、賄賂や横流しを平気でする奴でも、気を許した相手には気前がいいなんてのもいる。だが、もはやわれらも敵も、計画は大詰めを迎えている。転がりだした大岩を止めることはできんよ」
「わかってます。だから、せめてグラントさんたちは無事でいてくださいね」
「うむ、すべてが終わった暁には、王都の復興をそなたに手伝ってもらうとしようか。帰ったら建材を買い集めておくことだな」
「えへへ、さっそく癒着ですね♪ 腕のいい大工さんもたくさん集めてきますから!」
こうして、マリヤンは屋敷を出ていった。
彼女は準備が整い次第、王都から脱出することになるだろう。
そして、脱出方法もグラントが手配済みだ。
「やけに王都の事情にいろいろ詳しかったのは、あの人のおかげでしたか。商人を密偵に仕立て上げるなんて、グラント様は思っていた以上にやり手ですね」
「それほどのことはない。あの娘はあくまでリーズ様の為に働いているのだから、あくまで協力関係に過ぎん。それよりシロン、結局顔を合わせなんだがよかったのか?」
「未来の諜報員が顔と存在を知られるのは嫌ですからね」
マリヤンが帰った後、別の部屋から会話を聞いていたシロンがひょっこりと顔を出した。もちろん、幼馴染の青年もセットだ。
「今後はマリヤンを頼れない以上、そなたには今まで以上に働いてもらうことになりそうだ」
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれますね。こいつともども、存分にこき使ってくださいね」
「うへぇ、勘弁してくれよ」
いつも金魚の糞のようにくっついている青年は、げんなりとした顔でそうぼやいたが、それでもシロンから離れないあたり彼も筋金入りのようだ。
「それにしても意外だった。まさか君が、かつて没落した名家にして、リーズ様の母方の一族だったとはな」
「まったくです、世間は狭いものですね」
「勘弁してください……」
以前からシロンのついでであちらこちらについてきた男性騎士――――名をブランウェンといい、かつてはその日の暮らしにすら困窮する貧乏な騎士家の出身だったのだが、彼の素性を調査したところ、驚くことにリーズの母方の親類であることが判明した。
リーズの母は名家の出身ではあったが、実家は困窮しており、戦で手柄を立てたリーズの父親を婿入りさせたことで没落を免れたという経緯がある。
ブランウェンの家は、リーズの母マノンの更に父親の弟から続いており、彼がシロンに連れまわされているのも、騎士としてそれななりに実力があるのとともに、いざとなれば古い貴族家の名前を利用できるかもしれないと考えたからである。
なにより、いまグラントがいる小ぢんまりとした屋敷はブランウェンの実家であり、密談の場として無理やり提供させられて困惑しっぱなしであった。
「さて、そうとなればこれから忙しくなりますね。今まで疎かだった第二王子周辺の動きについて、できる限り掴んで見せますとも。ここで手柄を上げれば、お家復興ですよ」
「俺……そこまで家系とかにこだわりはないんだけど……まぁ、お前ばかりに危ない真似はさせられないしな」
(ふむ、単なるおまけかと思っていたが、意外と胆力は備わっているな。叩きあげれば、この男も化けるかもしれん)
あまり無茶をしたくない幼馴染の青年騎士だったが、思惑に反してグラントに目をつけられてしまったようだ。




