茶番劇
第三王子の企みがある程度明るみになってから数日もしないうちに、グラントは国王の命令で王宮に出仕した。
呼び出された理由は、王国辺境領主のいくつかが王国に叛意を示したため、その対応を協議するためだった。
「各大臣よ、そなたたちも知っての通り、いくつかの領主が愚かにもわが王国に逆らおうとしている。早急に叩きのめさねばならない」
王宮の大広間――――
その最奥に位置する立派な玉座に腰かける国王が言葉を発すると、出席しているグラントをはじめとする政府高官たちが深々と頭を下げた。
「まずグラントよ、そなたから提案があるようだな」
「はっ」
ここでまず、国王はグラントに発言を促す。
グラントは会議が始まる前から、貴族や官僚たちに自らの「提案」を根回ししており、会議でスムーズに発言できるよう取り計らっていたのである。
「某の調査によりますと、裏で糸を引いていたのは大陸中部諸国の合議体のようです。彼らは今はまだ表向きは別々の国家ではありますが、昨年末より統合の動きが加速しており、その過程で辺境領主たちを囲い込んだものと思われます。現に、彼らの家族らが中部諸国連合に合流しており、関与は確定的に明らかです」
「あの連中め…………我が国が復興のための金を出してやったというのに、恩を仇で返そうとは」
「下賤な忘恩の輩共にはしかるべき罰を下さねばなるまい」
グラントの言葉を受けて、背後に控える貴族たちが口々に中部諸国同盟に悪態をついた。
彼らにしてみれば、せっかく王国が戦災復興のための資金や物資を供給しているというのに、そのことに感謝するばかりか反乱を煽るというという不義理に憤慨するのは無理もない。
もっとも…………
(どちらかと言えば中部諸国はとばっちりでしかないのだがな。その上、お前らが援助に送っている金や物資を半分以上横流ししているのは知っているのだぞ)
グラントはあえて知らんぷりしているが、そもそもロジオンたち中部諸国同盟は何も知らずに一方的に巻き込まれた形であると同時に、受け取れるはずの復興援助はいくつかの貴族たちによって中抜きされてしまい、十分な量が届いていない。
こういったしょうもない食い違いから戦争になるのだなと、グラントは心の中で所在なく感じたが、それはそれとして引き続き会議を進めていく。
「単なる領主たちの反乱であれば、5000人程度の兵力で十分対処できます。しかし、中部諸国が背後についているなら話は別でございます。少なくとも3万の兵と、1年以上行動できるだけの物資が必要になるかと思われます」
「3万だと? 我が国の戦力の半分を用いるというのか?」
「もちろん、準備にそれなりに時間は要しますが、中途半端な動員では、かえって鎮圧が長引きましょう。また、圧倒的な力を誇示することで、将来的な反乱の芽を抑える必要もあります」
「なるほど…………そなたの申すことはもっともだな」
「その上、まだ勇者様の行方が追えておりませんが、この件に関しましても中部諸侯が何かしらの情報を隠していると思われます。このことを問いただしに行く必要もあるかと」
こうして、グラントの意見がスムーズに通る…………かのように思われたが、途中で別の大臣が意見を申し出てきた。
「恐れながら陛下、反乱鎮圧の動員を行うこと自体は某も異論はございませぬが……それをグラントに任せるのはいささか早計かと存じます」
「フリム侯爵か、私の話はまだ終わっておらぬぞ」
「よい、続けよ」
「しからば……陛下、すでにご存じかと思われますが、この男は勇者様の所在をあえて隠し、反乱を企てようとしたとのうわさがあります」
「それがどうしたというのだ。根も葉もない誹謗中傷であることは、先日証明済みではないか」
「グラント、そなたは今は控えよ」
「陛下、確かに先日の噂話は根も葉もない中傷の可能性が高いものですが、一方で火のない所に煙は立たぬとも申します。万が一、この男が国軍の半数とともに反乱軍側に寝返るのなら、我が国は一転して危機に陥ります」
「ふむ、確かに……」
フリム侯爵はグラントと同じく武官大臣であると同時に、グラントと常に権力争いを繰り広げているライバル……ということに《《表向き》》はなっている。
彼はグラントが反乱を起こすといううわさが存在したことを利用し、遠征軍を率いる将として信用が欠けることを具申した。
「グラントの代わりに、某が現地に赴き、反乱を鎮圧して御覧に入れましょう。兵力も2万あれば十分でございます」
「そなたは相変わらずあてつけがましいな。陛下、この者は他人の功をかすめ取ろうとしているだけにすぎません。信用ならないのはどちらであるか、明白でしょう」
「ふん、今更取り繕おうと無意味だ。私は勇者様を全く探し出せぬ無能な男とは違うのだよ」
こうして、しばらくの間大の大人二人が国王の前で言い合いをするという不毛な時間が流れたが、最終的に国王はフリム侯爵に反乱鎮圧を任せることにした。
「グラントのことを信用していないわけではないが……そなたも他にやるべきことが多い。ここはフリムに一任しよう」
「はっ、承知いたしました、お任せくだされ。それと陛下、いざという時に備え、王都に残った兵のさらに半数は、ローエン侯爵に率いさせましょう。もし中部諸国が直接攻めてきた際にすぐに迎撃できるうえ、仮に王国内部で裏切り者が出た時にも対処が可能です」
「うむ、それももっともだ。やはりそなたは智慧者だな」
そういってフリムはわざとらしく視線を向け、グラントはむすっとした顔をしている。
ローエン侯爵もまた、グラントよりは格が落ちるものの、軍部内ではグラントに対抗できる勢力として目されており、国内に残るグラントへの牽制を画策したのだった。
国王はフリム侯爵の微に入り細に入りの動員計画を称賛するが、武官三名は内心でほくそえんでいた。
(よし、これで最後の準備は万全だな。軍の分割と、第三王子の勢力への警戒、すべての用意が整った。感謝するぞ、二人とも)
(グラント、これで貸し一つだ。ぬかるなよ?)
(この歳になってこのような茶番をする羽目になるとは……しかし、これも国のため、陛下も悪く思わんでくださいな)
そう、グラントとフリム、そしてローエンは表向き軍部内で別々の派閥を形成して対立しているように見えるのだが、実は裏で結託していたのだ。
彼らは王国貴族たちが重税で私腹を肥やす上に、軍需物資を横領して軍の弱体化が進んでいることを苦々しく思っており、密かにグラントが立てたクーデター計画に参画していたのである。
何も知らない国王と貴族たちは、軍内部で行われるみみっちい権力争いを嘲笑の目で見ているが、それこそ彼らの思うつぼだということは知る由もなかった。
このままいけば、すべてが完璧に進む………そのはずだったが、ここで意外なところから信じられない妨害が入ることになる。
「ははは……お前たち、随分としょうもないことで仲間割れしているようだな。次期国王として、未来の重臣がそのような情けない有様では悲しいぞ」
「!! …………セザール殿下!?」
突然、第二王子セザールが御前会議に乱入してきたのだった。
2024年、新年あけましておめでとうございます。(出遅れ)
更新間隔があいてしまってごめんなさい!




